ダニエル王子との婚約②
王宮はいつもより人が少なかった。
何故だろうかと思ったが、その理由がすぐにわかった。
今日からセドリック王子とヴィクトリア様が新婚旅行へ出掛けているからだ。
侍女や侍従、護衛が数人、新婚旅行のお供に着いていっているのだろう。
まさかセドリック王子の弟と婚約することになるとは、少し複雑な気持ちだ。
ヴィクトリア様とは義理の姉妹になるし、セドリック王子は義兄。
夫婦になった二人を今以上に近い位置で見守っていかなければならない。
二人の間にお世継ぎが生まれたら、私はその子を抱くことがあるかもしれない。
耐えられるのだろうか。
いや、耐え抜くしかないだろう。
モヤモヤと複雑な思いを抱えながら、私はカイル様の後に続いた。
カイル様に案内されてたどり着いたのは、王宮の宮殿からずっと離れた小さな離宮だった。
小さなと言っても、王都に建っている貴族たちのタウンハウスより遥かに大きくて立派なお城だ。
王宮は本当に広い。普段本殿くらいしか行くことがないから、本殿の奥にもっと敷地があって、いくつか離宮があるなんて知りもしなかった。
カイル様の後に続いて離宮に入り、一階の奥の部屋へ案内された。
先にカイル様が中に入り、私は部屋のドアの前で少し待つように言われた。
どうやらこの部屋はダニエル王子の寝室のようなので、私を通す前に色々と準備があるのだろう。
それにしても、婚約者とは言え初めて会う男性の寝室に入ってもいいものだろうか。
直接寝室で会わなくても、応接間でお茶を飲みながら話した方が健全ではないか。
「お待たせしました、聖女様。どうぞお入りください」
いろいろと腑に落ちなくて考え事をしていると、カイル様がドアを開けてくれた。
せっかくここまで来たのだし、婚約者の顔だけは見て帰りたい。
私は意を決して部屋の中へ入った。
お城の主寝室というだけあり、部屋はとても広く、大きな窓があるので開放的だった。
窓の近く、天蓋付きの大きく立派なベッドに、白髪の小さな男の子がいた。
彼がダニエル王子だろう。
カイル様に促されてベッドへ近づくと、ダニエル王子がとても痩せ細っているのがわかった。
青白い肌の頬は痩けてしまっていて、血色のない唇は乾燥していて痛々しい。
ブランケットから出ている手は骨と皮だけに見えるし、白髪も相まってとても若々しく見えない。
今にも死んでしまいそうなダニエル王子に驚いていると、セドリック王子と同じ青い瞳と目が合い、我に返った。
「お初にお目にかかります、ダニエル王子様。聖女の任を賜っております、ララ・エールでございます」
つい不躾に見つめすぎてしまったのが申し訳なくて、必要以上に深く頭を下げる。
気分を悪くされていないだろうか。
「顔を上げて」
優しく柔らかい声だった。
怒ってはいない声音に安心して顔を上げると、ダニエル王子は青い瞳を細めて微笑んでいた。
「よく、来てくれたね。さあ、こちらへ……」
いつの間にか、カイル様がベッドのすぐ近くに椅子を用意してくれていた。
ダニエル王子に促されてその椅子に腰かけると、丁度ダニエル王子と同じ目線になった。
やはり顔色が悪く覇気がないが、彼は嬉しそうに微笑んでいる。
「わざわざ来てくれてありがとう。本来なら、僕があなたのもとへ行くのが筋だったのに、今日は本当に申し訳ない」
「いえ。こちらこそ、お体の調子が優れないところにお邪魔して、申し訳なく思っております」
「そんな、とんでもない。今日は会えないと思っていたから、あなたが来てくれて本当に嬉しい」
ダニエル王子の細くか弱い手が、私の手を取った。
両手で包み込むようにされ、その手の冷たさにゾッとした。
まるで死人の手のようだ……。
「僕の婚約者になってくれた聖女殿に、早く会いたかったんだ。父上や王宮が勝手に決めた婚約だけど、僕はこの通り体が弱くて、ベッドを出るのも一苦労で……。そんな僕が聖女殿の婚約者になれるなんて、とても光栄だよ」
痩せこけていてとても弱々しいけれど、ダニエル王子の瞳はキラキラと輝いていて、私に会うのを本当に楽しみにしてくれていたのだなあと感じた。
「……私の方こそこの上ない光栄です、殿下」
「そうだ、あなたの事を名前で呼んでもいい?」
「はい、もちろんです」
「ララ、あなたの事をもっと知りたい」
「私の事などでよければ、何でもお話し致します」
心から私を歓迎して、私に興味をもってくださるダニエル王子が可愛らしく思えてきて、ついつい頬が緩んでしまう。
「じゃあ……ララは何歳なの?」
「今年18になりました」
「そう。じゃあララはもう大人だね」
「殿下はおいくつなのですか?」
「僕は15歳だよ」
「そうですか、ではセドリック王子とは六つ違いなのですね」
15歳と聞いて、内心驚いた。
ダニエル王子は小柄で痩せているせいか、12、3歳くらいの子供に見える。
体が弱いせいで、栄養がきちんと行き渡らないのだろうか。
「……年下の男は嫌だったかな?」
ダニエル王子は眉を下げて困ったように笑った。
まだ子供のようなダニエル王子がそんなことを言うので、危うく吹き出してしまいそうになった。
「年齢は気にしたこともありませんでした」
「それならよかった」
「殿下こそ、年上の女性はお嫌ではありませんか?」
「僕は構わないよ。年上でも年下でも、僕と一緒にいてくれるのなら……」
私の手を包んでいる冷たい手に、少しだけ力が入った。
なんだかダニエル王子が寂しそうに見えて、私は両手でダニエル王子の手を包み返した。
少し驚いたように、ダニエル王子が顔を上げて私を見た。
「それなら、一緒にいさせてください」
「ほんとう? 僕と、一緒にいてくれるの? ずっと?」
「はい、私はダニエル王子の婚約者ですから。お側でお支えしたいです」
この婚約は王宮からの命令だから決定事項だし、王宮に支える聖女の立場にある私から婚約を断る事はできない。
だから、これから一緒にいるのは自然なことだ。
私の返事を聞くや否や、ダニエル王子は青い瞳から涙を流した。
突然泣き出してしまった王子に、私はぎょっとした。
「……嬉しい……。ララ……、僕とずっと一緒にいて……っ……う……」
「ダニエル王子!?」
嗚咽混じりに、苦しそうに呻くダニエル王子の呼吸は徐々に浅くなっていき、片手で私の手を握りしめながら、もう片方の手は胸の辺りを押さえている。
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