ダニエル王子との婚約
セドリック王子と大聖女ヴィクトリア様の盛大な結婚式と披露宴から一夜明け、まだどこかお祝いムードが残しつつも、神殿はいつも通りの一日を迎えていた。
昨日まで神殿で共に暮らしていたヴィクトリア様は、皇太子妃となったので王宮に引っ越してしまい、みんな少し寂しそうだ。
そんな中、私は神官長様に呼び出されていた。
昨日、披露宴の時に話していた、私に来ている縁談についてだろう。
結局、披露宴から戻った後は式典の片付けや掃除があり、私も神官長様もへとへとに疲れてしまったので、話を聞けずじまいだった。
ようやく縁談の詳しいお話しが聞ける、とまだ見ぬ縁談のお相手に私は期待を膨らませた。
神官長様の執務室のドアをノックすると、少ししてドアが開いた。
「よく来ましたね、さあお入りください」
神官長様に迎え入れられ中に入ると、見たことのない若い男性が立っていた。
男性は長い茶髪を後ろで一つに束ね、上等な服を来ていて背が高かった。
男性は私が部屋に入ると、左手を胸に添えて深く一礼した。
「初めまして、聖女様。お会いできて光栄でございます」
「……初めまして。ようこそ、神殿へお参りくださいました」
神官長様へお客様が来ているとは知らなかったので、少し驚いてしまったが何とか決まり文句を返した。
神官長様に促されて、執務机の前に設けられた応接間のソファーに座ると、テーブルを挟んだ向い側のソファーに茶髪の男性と神官長様が座った。
「ララ、紹介します。こちらの方はエイマス伯爵家の三番目のご子息、カイル様です」
「カイル・エイマスと申します、宜しくお願い致します」
カイル・エイマス様は律儀なことに、座ったまま軽く一礼しながら名乗ってくれた。
とても真面目そうな人だ。
もしかして、この人が私を妻に望んでくれている人だろうか。
優しそうな顔立ちで真面目そうで、とても素敵な人じゃないか。
「カイル様は、王宮からあなたへ来ている婚約の話について、正式にご挨拶へきてくださったのですよ」
「え、王宮からですか……?」
「はい、そうです」
初めて聞いた話に驚いて神官長様を見るが、どこか物憂げに下の方を見ている神官長様と目線がどうしても合わなかった。
今まで私に黙っていたから、罰が悪いのかもしれない。
王宮から直々に話が来ていると言うことは、私に拒否権はなさそうだ。
まあ、お相手がこんなに素敵な人なのだし、拒否する気はないけれども。
「聖女様へ、第二王子ダニエル様と婚約するよう、王宮から書状が来ています」
「えっ」
下ばかり見ている神官長様の隣で、カイル様はまっすぐ私を見てそう言った。
私はてっきりカイル様が縁談のお相手かと思っていたので、拍子抜けしてしまった。
少し恥ずかしい。
「第二王子……ダニエル様ですか……?」
セドリック王子に弟がいると言う話は聞いたことがあった。
生まれつき体が弱く、公の場に出たことは一度もないから誰も彼の顔を知らない。
「私はダニエル様の侍従として、護衛や身の回りのお世話をさせていただいているので、今日は聖女様に直接婚約の件をお伝えする役目を賜りました」
「そうだったのですね。わざわざありがとうございます」
ダニエル様の事は体が弱いと言うことしか知らないが、王宮からの縁談は要するに命令だ。
断るつもりはないけれど、顔も合わせていない相手との婚約は、何と言うか実感がわかない。
何故、この場にカイル様しかいないのだろう。
カイル様を従えて、ダニエル王子が直々に来るのが筋ではないのだろうか。
「本当は陛下も聖女様にご挨拶をしたがっていたのですが、お体の調子が優れず……」
ちょうど疑問に思っていたことを、カイル様が説明してくれた。
生まれつき体が弱いと言う話だったし、体調が悪かったなら仕方がないだろう。
顔を合わせるのは少し先になりそうだ。
しかしカイル様から、思わぬ提案がされた。
「聖女様、どうか陛下に会いに来てはくださいませんか?」
「え? ですが……お体の調子が優れないところにお邪魔しては……」
「少し会ってお話しするくらいなら、お体には障りません」
カイルの必死に訴えかけるような返答に、私は少し気後れしてしまう。
「陛下は、聖女様との婚約が決まり、とても喜んでおられ……。聖女様とのお顔合わせの日を、指折り数えて待っておられたのです。今朝も目眩がする事を必死に隠して……」
俯いてダニエル様の事を語るカイルを見ていると、彼がいかに主を慕っているのかよくわかる。
「どうかお願いします。一目お会いしていただくだけでいいのです……」
静かに私たちのやり取りを聞いていた神官長様にそっと目を向けると、神官長様も探るように私を見ていたので漸く目が合った。
「神官長様、ダニエル王子へお会いしてきてもよろしいでしょうか?」
「……ええ、こちらは問題ありません。あなたのしたい通りに」
神官長様は何故か困ったような笑みで承諾してくれた。
何故そんな浮かない様子なのだろう。
少し気になるが、カイル様もいるこの場では切り出しにくいので、帰ってきてから聞くことにした。
「わかりました。カイル様、ダニエル王子の元へ案内してください」
「よろしいのですか?」
「もちろん。私も殿下にお会いしたいです」
ここまで必死に乞われては、誰でも断れないだろう。
今日は特に仕事もないし、少しくらいなら神殿を離れても問題ない。
それに、私も自分の婚約者をきちんとこの目で見ておきたい。
相手の顔を見れば、少しは婚約した実感がわくかもしれないし。
素敵な人だといいなと、まだ見ぬ婚約者に想いを馳せながら、神官長様に見送られカイル様と神殿を出た。
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