皇太子と大聖女の結婚式③
私が聖女となり半年が経った頃。
ヴィクトリア・サンプトン侯爵令嬢に、大聖女の印が現れた。
大聖女は、歴代の聖女様の中にほんの数人いた、限りなく女神様に近い強い力を持つ聖女だ。
聖女の印として現れる痣は三日月型だが、大聖女の印は満月の形で、痣の色が三日月型より濃い。
大聖女についてはかなり古い文献に記録が残っているのが最後で、大聖女の誕生は歴史的に見て極めて珍しい事だった。
しかも、ヴィクトリア様のように生まれつきではなくある日突然痣が現れたと言うのは前例がなく、国中が震撼した。
満月の印が現れたヴィクトリア様は神殿に入り、大聖女として私と一緒に聖女の勤めをする事になったのだが、ヴィクトリア様に対して良い印象を持っていなかった私はかなり複雑な想いだった。
もちろん憧れのセドリック王子の婚約者だからと言う理由もあるが、とても厳しく冷たい性格で、自分の侍女や屋敷の使用人を何人も解雇する冷酷無慈悲な令嬢だと貴族たちの噂で聞いていたからだ。
何故女神様はそんな人を大聖女に選んだのかと、疑問に思っていたくらいだ。
しかし実際にお会いしてみるとヴィクトリア様はとても優しく穏やかな方で、たくさんの侍女と使用人に囲まれて暮らしていた侯爵家から、たった一人で神殿に来て大変な不便を強いられていると言うのに、彼女は何一つ不満を漏らさなかった。
自分の身の回りの事は自分できちんと自分でなさるし、それどころか掃除や炊事に洗濯など神官見習いの仕事にも積極的に参加し、神殿の皆と直ぐに打ち解けていた。
確かに、キリッとした紫色の瞳は最初こそ冷たい印象を受けるけれど、彼女は微笑む時、その目を細めてとても柔らかく笑うのだ。
その微笑みを見ると、胸に暖かい春風が吹き抜けたように心が暖かくなるのだった。
共に生活をして、ヴィクトリア様の人となりを知れば知るほど、彼女が女神様に大聖女として選ばれた事に納得した。
ヴィクトリア様の大聖女としての力は、聖女である私など比べ物にならないほど、とても強くて神聖だった。
ヴィクトリア様がお祈りを始めるとたちまち空気が浄化され、雨乞いをすれば数時間も待たずに潤沢に雨が降り注ぎ、強い浄化の力で汚れた川や池を浄化して飲み水に変える事もできる。
更に凄いことに、彼女は死者の魂の声を聞く事ができ、この力で怪奇現象に悩む人を何人も救っていた。
私も聖女として、多少の穢れを浄化することならできるが、それは人の心の闇を晴らす程度で、汚れたものを浄化して綺麗な状態に戻すまでの力はない。
雨乞いもできるけれど、雨が降るまで一日はかかる。
私の力は聖女として申し分ない程度の強さで、三日月の痣は確かに私が女神様に選ばれた聖女であることを証明している。
けれど、ヴィクトリア様の強大な力を間近で見ているうちに、私は自分の存在意義に悩むようになった。
大聖女であるヴィクトリア様がいるのだから、私は必要ないのではないか。
女神様は何故、既に私が聖女の地位についているのに、今になってヴィクトリア様を大聖女に選んだろうか。
私が聖女として力不足だったのか。
私はお祈りの度に、聖女様へ懇願していた。
お願いです、私を聖女のままでいさせてください。
生まれてからずっと聖女になるために修行をしてきました。
私には聖女として生きるしか術がありません。
聖女としてグランジアの役に立ちたいのです。
お願いです、女神様。
祈りが届いているのか、ヴィクトリア様が大聖女として就任して一年が過ぎたが、私は未だ聖女として大聖女様の後ろに控えていることが許されている。
披露宴の主役である二人は、出席者たち一人一人の元へ挨拶してまわらなければならないので、とても忙しそうだった。
けれど二人ともとても楽しそうに幸せそうに話していて、お互いに愛し合っている事が手に取るようにわかる。
そんな仲睦まじい姿を見ていると、どうしても羨ましいと思ってしまう。
ふと、不安になった。
歴代の聖女様方は、みんな王子様と結婚している。
ヴィクトリア様も例に漏れず、今日王子様と結婚した。
私はどうなるのだろう。
異性の知り合いは神殿の神官長様と神官様しかいないが、神殿に仕える神官様は結婚出来ない。
もし結婚するならば、神殿を辞めなくてはいけないのだ。
神殿の外の異性の知り合いはセドリック王子だけで、その王子が結婚してしまった。
となれば、私は自分で結婚相手を探さなければならない。
どうやって?
遠征先で男性と知り合う?
知り合ったとして、どうやって仲を深める?
……私は結婚出来るのだろうか?
「あの、神官長様」
「はい?」
「私は結婚出来るのでしょうか?」
考えれば考えるほど不安になった私は、隣で静かにお茶を飲んでいる神官長様に、思いきって聞いてみることにした。
私が訪ねると、神官長様は難しい顔になってティーカップをソーサーへ置いた。
言葉を選ぶように暫く沈黙した神官長様に、私は不安を煽られた。
「心配はいりません。まだお話ししていませんでしたが、あなたに縁談が来ていますよ」
「え、本当ですか?」
よかった。
私にも縁談が来ていると聞いて、一先ず安心した。
大聖女様の影に隠れてしまっている私にも、目を向けてくれる人がいるのだと思うと、少し嬉しかった。
私を妻にと望んでくれた人がどんな人なのか、すぐに気になった。
「どなたからの縁談ですか?」
「この事はまだ公にはなっていませんので、ここではお話しできません。神殿へ帰ったら改めてお話しします」
「そうなんですね、わかりました」
喜ばしい話だと言うのに、神殿長様は金色の瞳をどこか悲し気に歪めて私を見ていた。
セドリック王子への私の想いを気にしてくれているのだろうか。
確かにずっと憧れていたセドリック王子への気持ちを諦めてすぐに、別の男性へ目を向けなければいけないのは複雑な想いだが、私は自分で結婚相手を探す技量はないし、縁談が来るのはありがたい。
「私を望んでくれる方がいるなんて、とても嬉しいです。どんな方なのでしょうか」
神官長様にあまり心配をかけすぎてもいけないし、私は少し上機嫌なふりをした。
「……ララ」
神官長様は眉間にしわを寄せると、まっすぐ私の目を見つめた。
「故郷へ帰って、家族のもとで暮らすつもりはありますか?」
「えっ?」
「つまり、故郷で結婚して所帯を持つと言うことです。そうすればいつでも家族に会えるし、厳しいしきたりのある神殿での生活から解放されて、自由に生きることが出きます」
「……ええと、ですがそれだと、聖女の仕事はどうなるのですか?」
私の故郷は王都からずっと離れた田舎で、馬で三日はかかる距離だ。
そこから王都にある神殿に通うというのは無理がある。
「もちろん、聖女の任は辞すのです。大聖女様がいますから、不可能ではないでしょう」
「……それって、私はいらないってことですか?」
頭が真っ白になった。
確かに、ヴィクトリア様の力は強く、私がいなくても問題ないだろう。
聖女として生きることしか脳がない私は、聖女の任を解かれたらこの先どうしたらいいのだろうか。
故郷に帰ったとして、結婚相手を見つけられずに家族に迷惑をかけてしまうのではないか。
「そうではありませんよ、貴方は必要な存在です。ただ、家族が恋しくないのかと思ったのです」
「それは、恋しくないと言ったら嘘になりますが……。でも、聖女としてこの国の為になりたい気持ちの方がずっと大きいです。だって、私はその為にずっと神殿で修行していたのですから」
確かに家族と離れ離れに暮らしているのは寂しいけれど、会えないわけではない。
遠征で故郷の村へ行くこともあるかもしれないし、手紙のやり取りをして月に一度は顔を会わせている。
それに、一緒に暮らすのは聖女の役目が終わってからでもいい。
とにかく聖女であると言うことは私の誇りで、それを奪われたくなかった。
「……そうですか。わかりました。変なことを聞いてすみません」
神官長様は何故か悲しそうに微笑み、優しく私の頭を撫でてくれた。
王宮のガーデンで開かれた結婚披露宴は、終始和やかな雰囲気で、予定通り夕刻に終わった。
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