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皇太子と大聖女の結婚式②

 披露宴会場である王宮のガーデンは、沢山の貴族たちで賑わっていた。

 ガーデンの中央のテーブルには豪華な料理が所狭しと並べられ、色とりどりのスイーツは見ているだけでも楽しい。

 一流の楽団が奏でる美しい音楽を楽しみながら、貴族たちは酒の入ったグラス片手に優雅なお喋りを楽しんでいる。


 煌びやかな会場を眺めながら、神官長様と私は用意された席に座り、用意されたお茶とお茶請けのお菓子を嗜んだり、時々挨拶に訪れる貴族と取り立てて中身の無い会話をしたりしていた。


 王族の結婚披露宴に出席するのは、聖女としての仕事の一環だから仕方がないが、沢山の人に囲まれて落ち着かないし、慣れない場はとても疲れるし、意外と暇だ。

 早くお開きにならないだろうかと思っていると、本日の主役である二人が私たちの席に歩いてきた。

 神官長様と私は静かに立ち上がると、姿勢を正して二人に声をかけられるのを待った。


「神官長殿、聖女殿、よく来てくださった」

「セドリック王子、ヴィクトリア様、本日はおめでとうございます」

「おめでとうございます」


 神官長様に続いてお祝いを言うと、セドリック王子とヴィクトリア様は優しく微笑んでくれた。

 セドリック王子と腕を組んで寄り添っている今日のヴィクトリア様は特別に美しく、近くで見ていると眩しく思えるくらいだった。

 そんなことを思っていると、ヴィクトリア様と目があった。


「聖女様、今日は一層お美しいですね」

「と、とんでもない……。ヴィクトリア様こそ、本当にお美しいです」


 予想もしていなかった褒め言葉がとんできて、私は一瞬たじろいでしまった。

 美しい、だなんて……。

 ヴィクトリア様の事だからお世辞ではなく、本当にそう思ったからそれをそのまま伝えてくれたのだろうが、私にはその言葉を素直に受けとることができなかった。

 周りの貴族令嬢たちはみんな煌びやかなドレスと宝石で着飾っているのに対し、私は聖女が式典で着用する白いローブ。

 聖女の仕事は美しく着飾る事ではないけれど、女として生まれたのだからやっぱりドレスや宝石には憧れる。

 年頃の令嬢はみんなドレスアップしているのに、私だけローブ姿なのが恥ずかしくなって俯いていると、ヴィクトリア様の白くしなやかな手が私の右手を取った。


「とても神々しくて、輝いていますよ」


 私の手を両手で包み込むと、ヴィクトリア様は優しくそう言ってくれた。

 ヴィクトリア様の美しい紫色の瞳に真っ直ぐ見つめられると、吸い込まれてしまいそうだ。

 彼女は見た目が美しいだけではなく、心優しくて温かく、人徳がある。

 しかも大聖女様として、強い力も持っている。

 聖女である私が足元にも及ばないほど、強く大きな力だ。




 広大な大陸の殆どを国土とする、私たちの国グランジア。

 この国では数十年に一度、三日月の形の痣を持つ女児が生まれる。

 三日月形の痣は女神様に選ばれた証で、痣を持つ女児は天候を操る力と人の心の闇を晴らす力を持っている。

 痣を持って生まれた女児は神殿で育てられ、神官や神官見習いたちと共に修行に励み、やがて17歳の成人を迎えると聖女として就任するのが習わしだ。


 私は左手の甲に三日月型の痣があり、生まれてすぐに神殿へ預けられた。

 それ以来17歳の誕生日を迎えるまで、一度も神殿を出ることなく育った。

 家族とは月に一度、数時間の面会が許されていて、私の家族は毎月必ず会いに来て、故郷の事や外の世界の事を色々教えてくれたり、本や食べ物を差し入れてくれた。

 食べ物は制限が厳しいのであまり許可が下りなかったが、本は物語ならだいたい許されたので差し入れの定番になった。

 姉たちが選んで持ってきてくれる恋愛小説は心が踊ったし、兄たちが持ってきてくれる図鑑は見たことがない物がたくさん書いてあって眺めるだけでも楽しかった。

 外に出られない私にとって、本は唯一の娯楽で、次はどんな本を持ってきてくれるだろう、と毎月楽しみにしていた。

 面会時間が終わって家族と別れると、幼い頃の私はとたんに寂しくなって、記憶にない筈の家へ帰りたがって泣いていたらしい。


 退屈な修行の日々の中で、私の支えになったのはもう一つ、セドリック王子の存在だ。

 毎月お祈りにやってくるセドリック王子は、私を見かけると必ず声をかけてくれた。

 修行の日々はどうか、辛いことはないか、不便なことはないか、色々と話を聞いてくれるのだ。

 私はいつも緊張して、上手に受け答えが出来なかったが、そんな私に対して、立派な聖女になってください、と王子は毎回励ましの言葉をくれた。

 立派な聖女になって、セドリック王子の期待に応える事が、私のモチベーションになっていた。

 私が立派な聖女となって国のために尽くせば、セドリック王子は婚約者であるヴィクトリア様よりも私を見てくれるに違いない、そして歴代の聖女様方のように王子様と結婚して、白薔薇をたくさん飾った神殿で素敵な式をあげるのだと、そう思っていた。


 神官長様始め神殿で共に修行した仲間たち、毎月会いに来てくれる家族、セドリック王子への気持ちに支えられ、私は17歳の誕生日を迎え、無事に聖女として就任する事ができた。

 先代の聖女様から聖女の任を受け継ぎ、正式に聖女に就任すると、ようやく神殿の外に出ることが許された。

 各地の神殿を回ってお祈りして、そこに住まう人たちと交流して、しばらく雨が無いようなら日照りになる前に雨乞をして、嵐が来そうになれば太陽を呼んで……。

 聖女の仕事はなかなか忙しい。

 神殿に籠って育った私にとって、遠い町や村への遠征は苦にならなかった。

 長い移動時間も景色を眺めているとあっという間だったし、海や山、川に池、始めてみるものばかりで退屈しなかった。

 何より、皆が私を必要としてくれる事にやりがいを感じていた。

 

 まさか、聖女としての立場を揺るがされる事になるなんて、思ってもいなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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宜しくお願い致します。

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