皇太子と大聖女の結婚式
皇太子と聖女の結婚式を盛大に執り行うため、美しい白い薔薇をふんだんに使い、華やかに飾り付けされた神殿。
数えきれない程のキャンドルを使ったシャンデリアに、国一番の楽団が奏でる神聖で美しい音楽。
そしてなんと言っても、花嫁衣装の豪華なこと。
腰の括れを美しく見せるために、スカートがふんわりと広がったボールガウンスタイルのシルエットで、トップは繊細なレースの装飾が袖まで施されていて美しい。
ドレス全体に宝石が散りばめられているので、動く度に宝石が光を反射してキラキラと輝いているし、トレーンとヴェールもとても長くてとにかく豪華だ。
だけどそれを着ているのは、私じゃない……。
私はララ・エール。
正真正銘、女神様に選ばれたこの国の聖女である。
今日結婚するのは、皇太子セドリック様と、“大聖女”であり侯爵令嬢のヴィクトリア・サンプトン様。
私は聖女として二人の結婚式に参列している。
サンプトン侯爵にエスコートされ、祭壇の前にいるセドリック様の元へ辿り着いたヴィクトリア様は、お召しになっている豪華なドレスに負けないほど美しく、殿下を見つめる瞳は輝いている。
ヴァージンロードを歩いてきたヴィクトリア様を見つめるセドリック様の表情は、花嫁への愛が此方にまで伝わってくる程優しくて甘い。
幸せそうに微笑み合う二人を見ているのは、正直なところ複雑な想いだ。
豪華な挙式はつつがなく行われ、二人は神官長の前で永遠の愛を誓い、晴れて夫婦になった。
神殿での挙式を終えると、二人は王宮で行われる披露宴に移動するために、これまた豪華で立派な馬車に乗り込んだ。
二人の乗った馬車が神殿の敷地を出ると、外で待っていた大勢の国民たちが祝福の声を上げて馬車を見送っていた。
二人の馬車の後に、参列者の貴族たちの馬車が続々と続いて王宮へ向かうので、まるで大がかりなパレードのようだ。
「ララ」
貴族たちが馬車に乗り込むのを何となく眺めていると、背後から名前を呼ばれてはっとした。
振り向くと、仕事を終えて祭壇から降りてきた神官長様が、手を振りながらこちらへ歩いて来るところだった。
神官長様はかなりの長身で、他の人より頭ひとつ分は飛び出ているので、人がたくさんいてもよく目立って見つけやすい。
長い足で歩く度に、束ねられている長く艶のある黒髪がサラサラと揺れている。
顔立ちも美しい方で、身長が高いが細身で華奢なので、遠くからだと女性に見える。
神官長様と私は神殿を代表して披露宴にも出席するので、一緒に馬車に乗ることになっている。
先に外に出て神官長様を待っていた私は、一人きりで手持ち無沙汰になっていたところだった。
周りは話したこともない貴族たちばかりで緊張していた私は、これ幸いと神官長様の元へ向かった。
「私たちは皆さんを無事に見送ってから、一番最後に出発しますよ。順番が回ってくるのはまだ先なので、少し歩きませんか?」
特にすることもないので、私は素直に神官長様の提案に頷いた。
貴族たちでごった返す正門から離れて、神殿の人間しか立ち入りが許されていない中庭まで来ると、そこはいつも通りしんと静まっていた。
いつもと違うことと言えば、中庭の周りを埋め尽くすほど大量に咲き誇っていた白薔薇が殆どなくなっていることだ。
神殿では、女神様が身に付けていたと言われる白薔薇を中庭で大切に育て、挙式があると神殿で育てた神聖な白薔薇を飾り付けに使うのだ。
結婚式に白薔薇を飾ると、花嫁が生涯幸せに暮らせると言い伝えがあるからだ。
白薔薇がなくなり、寂しくなってしまった中庭を見るのは初めてではないけれど、今日はいつもより余計に寂しく、悲しく感じてしまう。
「ララ、元気をお出しなさい」
殺風景な中庭を眺めていると、神官長様が気遣うように優しく声をかけてくれた。
「おめでたい祝いの席に、悲しい顔でいてはいけませんよ」
「あ……、申し訳ありません」
神官長様は私の気持ちを知っている。
私が幼い頃からずっと、セドリック様を密かに想っていることを。
私が初めてセドリック様と会った時、セドリック様は10歳で、既にヴィクトリア様との婚約が決まっていた。
そんなことも知らずに、当時7歳だった私は初めて会った王子様に一目惚れした。
光を浴びてキラキラと輝くふわふわの金の髪に、海のような深く美しい色の瞳。
まるでおとぎ話の王子様が絵本から飛び出してきた様な、完璧な王子様。
しかも彼はとても優しく、10歳にして動作の一つ一つがとても優雅で洗練されていた。
神殿の外の世界を知らない7歳の少女が、彼に憧れを抱かないわけがなかった。
それに、歴代の聖女はみんな王子と結婚していて、中には皇太子と結婚し王妃となった聖女もいた。
だから、私の結婚相手はセドリック王子なのだと思い込んでしまったのだ。
しばらくして、セドリック王子に婚約者がいることを知った時はさすがにショックを受けた。
お相手がヴィクトリア・サンプトンと言う侯爵家のご令嬢だと知って、もっとショックを受けた。
いくら私が聖女とは言え、平民出身の私と生まれながらの貴族である彼女とでは分が悪い。
しかし、ヴィクトリア様はとても厳しく冷酷で、少しでも粗相をした侍女や使用人を問答無用で何人もクビにしているとか、お茶会で自分より身分の低い令嬢のドレスをわざと汚して笑い者にしただとか、何かと悪い噂が絶えない人だった。
もちろん今では、そんな噂は誰かが美しいヴィクトリア様を妬んででっち上げた嘘だとわかっている。
でも当時、私はヴィクトリア様に会ったことがなかったので、神殿にお祈りにやって来る貴族たちの噂を鵜呑みにしてしまっていた。
家柄が良いとは言え性格に難がある婚約者よりも、私の方がセドリック王子に相応しい、と思い込んでしまった。
修行に励んで、立派な聖女になって国のために尽くしていたら、きっとセドリック王子は私を見てくれる、と──。
神官長様は私が神殿に入った時からずっと私付きの教育係をしているので、唯一私の片想いを知っているのだ。
「あなたも辛いでしょうが……。披露宴ではお二人にご挨拶するのですから、笑顔で祝福して差し上げなくては。ララ、出来ますね?」
「はい、神官長様」
「さすがララ。強い子ですね」
頭を撫でられ、神官長様の優しい手つきに思わず涙腺が緩みそうになった。
「披露宴では、ずっと側にいますから。一緒に頑張りましょうね」
「神官長様……」
感極まって神官長様に抱きついてしまうと、彼は優しい腕で包み込んでくれた。
物心つく前から神官にいる私にとって、教育係の神官長様は親のような存在だ。
育ての親と言っても過言ではない神官長様には、ついつい甘えてしまう。
神官長様は女性とそう変わらないほど華奢だけれど、包み込んでくれる腕の中は昔からいつだって温かい。
「こらこら、泣いては可愛い顔が台無しですよ」
「……泣いてません」
「もう成人したというのに、ララはいつまでも子供のようですね」
そう言えば昔、挙式のために白薔薇が摘み取られていくのを初めて見たとき、悲しくて大泣きしたのだった。
大泣きする私を抱き締めてあやしながら、神官長様は白薔薇が花嫁を祝福するために育てられていることを教えてくれた。
『ララが大きくなって結婚式をするときも、この白薔薇があなたを祝福してくれるのですよ』
大きくなったらセドリック王子と結婚できると信じていた幼い私は、その話を聞いて以来、白薔薇がどこかの花嫁のために摘み取られる度に、王子との素敵な結婚式を想像して幸せな気持ちになっていた。
だけど今日は、幸せな気持ちにはなれそうになかった。
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