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突然の別れ③

 足音でこちらに気付いたダニエル王子は、私を見るといつもの笑顔を浮かべたが、私の背後にぴったりくっついて歩くエイブリー副団長様を見ると、緊張した面持ちになった。

 カイル様は私たちから充分に距離を取った場所で控えているが、エイブリー副団長様は私の護衛兼監視役なので離れずに着いてきている。

 後ろに感じるエイブリー副団長様の気配が少し煩わしいなと感じながらも、彼も仕事なのだし仕方がないと我慢して、ダニエル王子の元へ跪いた。

 エイブリー副団長様も私の隣に跪いたのを視界の隅で確認し、私はダニエル王子を見上げた。


「ララ、遅かったね。今日はドレスに着替えないの? それに、その人は?」

「ダニエル様、遅くなってしまい申し訳ありません。こちらは第一騎士団副団長のギルバート・エイブリー様です」

「お初にお目にかかります、殿下。本日は聖女様の護衛としてお側につかせていただいております」


 エイブリー副団長様がそう言うと、ダニエル王子は首を傾げた。


「護衛? ララ、何かあったの?」


 早くも話を切り出すチャンスが訪れ、私は自分を落ち着かせる為に深く呼吸をした。

 順を追って簡潔に、分かりやすくお話ししなければ。


「実は、今日はダニエル様にお話があって参りました」

「……話? 何かな」

「ダニエル様、私は……国王陛下の命を受け、エトルリアへ行く事になりました」


 回りくどい言い方をしている暇はない、私はまず本題を伝えることにした。

 恐る恐るダニエル王子の表情を伺うと、彼はとても傷ついた表情で私を見つめていた。

 私は思わず、ダニエル王子から視線を外した。

 切なくて胸が痛くて、これ以上見ていられなかった。


「……どういう、こと? エトルリアって、隣の国だよね? 結婚式を控えているのに、どうしてそんな遠いところへ行くの? 帰国はいつなの?」


 ダニエル王子の声は震えていた。

 泣くのを堪えているのかもしれない。

 釣られて泣いてしまわないように、私はもう一度深く呼吸をしてから口を開いた。


「ダニエル様、私はエトルリアで聖女として生きていく事になったのです。グランジアには、もう帰ることが出来ません」

「……っ、……う、嘘だ。あなたは僕の婚約者だ。お父様が、そんなことを命令するはずないっ、そんな命令嘘だ……!」

「国王陛下のご命令なのです。お許しください、ダニエル様」

「嫌だ……嫌だ、嫌だ! そんなの信じない! お父様が僕からあなたを遠ざけるなんて、そんなこと絶対しない!」

「恐れながら殿下」


 話を聞き入れず癇癪を起こしかけているダニエル王子に、どうしたら話を続けられるかと困っていると、隣に跪いているエイブリー副団長様が突然声を上げた。

 叫んでいるわけではないのに、エイブリー副団長様の声は芯が太く、その場に響いた。


「ヴィクトリア様がエトルリアに誘拐されたのです。セドリック王子との新婚旅行の最中、突然の事でした……」

「え、ヴィクトリア様が……?」

「はい。エトルリア側はヴィクトリア様を返す代わりに、ララ様を差し出すよう要求しており、国王陛下が苦渋の決断を下し、ララ様をエトルリアへ引き渡す事となったのです」

「……そんな」


 私の代わりエイブリー副団長様が淡々と事のあらましを話してくれた。

 ダニエル王子はヴィクトリア様が誘拐されたことに心を痛めている様子で、起こしかけていた癇癪が治まった。


「遠いエトルリアの地で恐ろしい想いをしているヴィクトリア様を救うため、ララ様は快くその役目を引き受けてくださったのです。ヴィクトリア様の為であり、セドリック様の為であり、このグランジアの為、勇気を持って決断してくださったのです。尊い行いをなさったララ様を、どうか笑顔で送り出して差し上げてください」


 エイブリー副団長様は、彼にしては珍しく熱を混めてそう語った。

 私はただ、命令に逆らえないから従っているだけに過ぎないのに、何だか大仰にほめそやされて居心地が悪くなった。


 エイブリー副団長様の熱弁に、ダニエル王子は俯いて言葉を失っていた。

 ダニエル王子にとってもヴィクトリア様は大切な人だ。

 大好きな兄、セドリック王子の妻、義理の姉なのだ。

 つまりは家族。

 大切な家族を救う為なら、婚約者を失うのは仕方がないと思うだろう。

 それに、今の健康体のダニエル王子なら、きっとすぐに新しい婚約者が出来るはずだ。


 エイブリー副団長様の方を伺うと、彼は静かに頷いた。

 恐らく、時間が迫っていると伝えたいのだろう。

 私は、最後のお別れを言うことにした。


「ダニエル様、本当にお世話になりました。ダニエル様と添い遂げられないのはとても残念ですが、ヴィクトリア様の為に参ります。どうかお体に気をつけて、お元気でお過ごしください」


 ダニエル王子は俯いたまま、何も言わない。

 最後にお顔を見てお別れしたくてダニエル王子が何か言うのを待っていたが、隣にいるエイブリー副団長様に声をかけられた。

 そろそろ戻らなければならないらしい。

 仕方なく私は腰を上げ、ダニエル王子に背を向けた。

 その時だった。


「ヴィクトリア様がこのままエトルリアにいればいいじゃないか」


 今まで聴いたことがない、冷たく感情のない声だった。

 信じられないことに、その声はダニエル王子が発したものだった。

 振り返った先にいるダニエル王子の瞳には、光がなかった。


「何を仰いますか。ヴィクトリア様は大聖女様であり、皇太子妃殿下であらせられるのです。このグランジアに無くてはならない存在。エトルリアの手に渡すわけには参りません。殿下にとっても、家族ではありませんか」


 ダニエル王子の発言に、ヴィクトリア様を密かに想うエイブリー副団長様が真っ先に反応した。


「聖女ならララがいる! それに僕とララだって数ヵ月後には結婚して、家族になるんだ。だからララを行かせられない!」

「殿下、国王陛下はヴィクトリア様がこの国に必要であると判断したのです」

「あなたちはララよりヴィクトリア様が大事だから平気なんでしょう!? でも僕にとってはララの方が大事なんだ! 僕はずっとララを待っていたんだ……、僕の世界の全てなんだ……! お願いだから、僕からララを取らないで……」


 冷たい声音から一変して、ダニエル王子の声はどんどん細く消え入りそうな程小さくなっていった。

 絞り出したような切ない声に、私は涙が出そうになった。


 私だって、ダニエル王子のお側を離れるのは辛い。

 私を必要としてくれて、婚約者というだけで無条件に愛してくれるダニエル王子の暖かい愛にずっと浸っていたかった。

 でも、命令には逆らえない。


「殿下、国王陛下のご命令なのです」


 切なさで胸がつかえて声が出せない私の代わりに、エイブリー副団長様がそう言った。

 それがいけなかった。

 ダニエル王子を刺激してしまった。


「うるさいっ! だいたい、あなたにこの離宮に立ち入る許可を出した覚えはない! 今すぐ出ていってくれ!」

「私は聖女様の護衛として、お側を離れるわけには参りません」

「出てけ! これは僕の命令だ、出てけ!」


 ダニエル王子が興奮して叫んでいる。

 最近は健康体になり発作を起こすこともなくなったが、こんなに興奮していては過呼吸になってしまうかもしれない。

 私はダニエル王子が心配になり、これ以上彼を興奮させないようにエイブリー副団長様に席をはずして貰うことにした。


「副団長様、先に離宮の外で待っていていただけませんか。私もすぐに参りますので」

「ですが、聖女様のお側を離れるわけには……」

「護衛なら私が変わりましょう、エイブリー副団長様」

「エイマス様……」

「私が責任を持ってララ様をお連れします」


 セドリック王子からきつく言われているのか、頑なに私から離れないエイブリー副団長様に困っていると、先程まで後ろで控えていたカイル様が助け船を出してくれた。

 カイル様も、ダニエル王子の興奮具合に心配になったのだろう。


「カイル様もこう言ってくださっていますし、大丈夫です。すぐに行きますから」

「……わかりました。では、離宮の外でお待ちしております。聖女様、どうかお急ぎください」


 エイブリー副団長様は渋々と言った様子で中庭を後にした。

 彼が姿を消すと、ダニエル王子は少し落ち着きを取り戻したようで、私とカイル様はひとまず安堵した。

 私はダニエル王子の前に戻った。

 車椅子から私を見上げると、ダニエル王子は私の腰に抱きついた。

 彼は美しい青い瞳から涙を流していた。


「ダニエル様、申し訳ありません、もう行かなくては……」

「いやだ……、行かないで……、お願いだよ……」


 泣いて縋るダニエル王子を見て、胸が張り裂けそうだった。

 私は国王陛下の命令に逆らえず、ダニエル王子に辛い想いをさせてしまった自分が不甲斐なくて、やるせなかった。


「どうして……結婚式はどうするの? ずっと側にいると言ってくれたじゃないか」

「……申し訳ありません殿下。ですが、国王陛下はヴィクトリア様を失うわけにはいかないとお考えです。……私もそれが正しいと思います。大聖女であるヴィクトリア様は、聖女の私よりもずっと力が強い。その力がこの広い国には必要だと思います」


 もし私が大聖女に匹敵するほどの力を持っていたら、それ以上の力を持っていたら……。

 こうはならなかったかもしれない。

 このままグランジアで生き、ダニエル王子と夫婦となって結ばれたかもしれない。

 あったかもしれない別の未来を想うと、変えようのない現実が余計に厳しく感じて、また胸が締め付けられた。


「僕にだって、あなたが必要だよ。あなたがいないと、僕はダメなんだ……、生きていけないよ……」

「私がいなくとも、殿下は今まで強く生きていらっしゃったではないですか。それに、殿下の回りには支えてくれる人がたくさんいます」

「違うよ、そうじゃない……。あなたが好きだから、離れたくないんだよ」

「ダニエル様……。私もあなたが好きです。短い間でしたが、あなたの婚約者になれてとても光栄でした」


 ダニエル王子と過ごした時間は短かったけれど、ダニエル王子の婚約者として過ごしたこの数週間、今まで生きてきた中で一番幸せな時間だった。

 愛し、愛される幸せを知り、たった一人のためを想って祈りを捧げる歓びを知った。

 この幸せな数週間の記憶があれば、エトルリアに渡っても頑張って生きていけそうな気がした。

 ダニエル王子は激しく首を振り、私を抱き締める腕の力を強めた。


「やめてよ、そんなお別れみたいに言わないで!」

「……ダニエル様、兵が待っているのです。そろそろ行かなくては……」

「いやだっ! 絶対に行かせない! 行かないで、行かないで……!」


 名残惜しいけれど行かなくては、エイブリー副団長様が離宮の外で待っているし、そろそろ出発の準備も終わる頃かもしれない。

 けれど、ダニエル王子は私を離すまいと強く抱き締めているので動けない。

 どうしよう……。


 困り果てていると、近くに控えていたカイル様がこちらに近づいて来た。

 カイル様はそのままダニエル王子の背後に回ると、私の腰に巻き付いているダニエル王子の腕を掴み、包容をとかせた。


「やめろっ! 離せ、離して!」


 ダニエル王子はカイル様の拘束から逃れようと、車椅子の上で激しく身を捩った。

 車椅子から落ちてしまわないか心配になるほどだ。

 けれどカイル様はそんな抵抗を物ともせず、しっかりとダニエル王子を押さえ込んでいる。

 その表情は、主人の命令に逆らわなければならない罪悪感からか、暗く曇っていた。


「……申し訳ありません、殿下」

「カイル様……」

「ララ様、お行きください。どうかお気をつけて……」


 カイル様がダニエル王子を押さえてくれている内に、この場を去るしかない。

 私は二人から距離を取った。

 すると、ダニエル王子の抵抗が更に激しくなった。


「ダメだ、行かないで! ララ、僕の妻になってくれると言ったじゃないか! 僕と結婚してくれると言ったじゃないか!!」


 後ろからカイル様に押さえ込まれながら、ダニエル王子は必死に叫んでいた。

 私を引き留めようと叫び、カイル様の拘束から抜け出そうと激しく暴れるダニエル王子を、私は見ていられなくなった。

 胸が苦しくて、呼吸がどんどん浅くなっていく。


「……ダニエル様、私……遠いエトルリアの地から、あなたの幸せを願っています。さようなら、ダニエル王子」


 遂に私は、ダニエル王子に背を向けて中庭を後にした。

 後ろから聞こえてくるダニエル王子の悲痛な声に、涙が溢れて止まらない。

 私だって、本当はダニエル王子と離れたくない。

 ダニエル王子が、ヴィクトリア様より私が大事だと、世界の全てだと、そう言ってくれた時、全身が喜びで震え上がった。

 それほどまでに私を愛してくれているダニエル王子の側に、妻として永遠に寄り添っていたいと強く思った。

 もし許されるなら、このまま踵を返してダニエル王子の胸に飛び込みたい。

 自分の心のままに、正直に、本能に体を預けて、ダニエル王子の側に戻ってしまいたかった。

 ダニエル王子を求める心を抑え込んで、私は泣きながら離宮の中をを駆け抜けた。


 泣きながら離宮を出てきた私を見て、エイブリー副団長様は少し狼狽えていた。

 泣いたりしてエイブリー副団長様を困らせてはいけないと思ったが、どうにも涙が止まらなかった。


「ララ様、戻りましょう」


 私に気を使ってか少しゆっくり歩くエイブリー副団長様に、私は啜り泣きながら着いていった。

 宮殿に着くまでには涙を止めようと、心から溢れてきそうなダニエル王子への気持ちを、私は必死に抑えながら歩いた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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