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突然の別れ②

王宮まではアラン様と馬車に二人きりで、重い沈黙の時間を過ごした。

 アラン様は殆どと言って良いほど喋らない寡黙な人だし、私は神殿とのお別れを引きずっていてとても楽しくお喋りなんてする気分ではなかったし……。

 そもそもアラン様と何を話して良いのかさっぱりわからない。

 無表情で何を考えているかわからないアラン様が、私は昔から苦手だった。


 アラン様が神殿入りしたのは6年前。

 当時17歳だったアラン様は王都の学校を卒業した後、神官を志して神殿に入ってきた。

 神殿に入って数年間は、見習いとして修行に励む。

 私はその時12歳で、聖女になる為の修行を続けていたので、見習い時代のアラン様とは一緒に過ごすことが多かった。

 神殿では私の方が先輩であるはずなのに、アラン様の無表情は何だか圧があり、私はその圧に負けてしまっていた。

 アラン様の全く変わらない顔色を伺いながら、恐る恐る仕事を教えるのは大変骨が折れた。

 そんな訳で、私たち二人の間に会話がないのは、寧ろ正常なことだった。


 無言の馬車が王宮に着くと、ようやくアラン様と二人きりの気まずい時間が終わった。

 王宮の門では、沢山の兵たちが忙しなく動き回っていて、ただならぬ雰囲気だった。

 常日頃から着飾った貴族たちが幾人も出入りする賑やかな場所ではあるが、兵士たちが長旅に備えて食料や物資、武器を馬車に積み込む為に忙しなく動き回っている王宮は、明らかに非常事態だ。

 歴史の本で見た、戦地へ向かう騎士たちの絵を彷彿とさせる。

 まるで他の国と戦争をしている時のようだ。

 長年平和を保ってきたグランジアだが、百年以上前にはエトルリアと戦争をしていた時期があった。


 そうか、皇太子であるヴィクトリア様を誘拐されている今この状況は、戦争勃発寸前とも言えるんだ。


 そう思うと、とても怖くなった。

 戦争になれば必ず犠牲は出てしまう。

 それだけは絶対に回避しなくてはいけない。

 だから私がエトルリアへ渡って、向こうで立派に聖女の勤めを全うし、二国間の平和を守る必要があるのだ。


 王宮に着いて停止した馬車の中からしばらくその異常な光景を見ていると、向かいに座っていたアラン様が突然立ち上がった。

 どうやら外に誰かの姿を見付けたらしい。

 扉を開けて馬車から降りると、アラン様は誰かと話し始めた。

 私は座ったまま、アラン様が開けた馬車の扉の外を覗き込んだ。


「アラン、来てくれてありがとう。とても心強いよ」

「……いえ、私もヴィクトリア様が心配ですから」


 親しげにアラン様の名前を呼んだのは、セドリック王子だった。

 アラン様は貴族の生まれらしいので、神殿に入る前にお茶会や夜会などで面識があったのかもしれない。

 外にはもう一人、セドリック王子に付き添うように立つ軍服を着た男の人がいるようだ。

 誰だろうか。

 覗き込むようにして外を見ていると、アラン様と目があってしまった。


「……ララ様、一度降りましょう」

「え? あ、はい……」


 アラン様の手を借りて馬車を降りた。

 このまま出発するのではないのだろうか。


「聖女殿、ご足労ありがとうございます。この馬車は短距離移動用なので、あちらの長距離移動用に乗り換えていただきます」


 セドリック王子が手で示した方を見ると、大きくて立派な馬車が二台もあった。

 確かに港までの四、五日もの間、狭い馬車での移動は辛い。

 あれだけ大きければ、もし途中で野宿することになっても、馬車の中で眠れそうだ。


「中も広くて快適ですよ。長旅になります、馬車の中ではゆっくりと寛いでください」

「お気遣い感謝致します」


 私はセドリック王子に深々と頭を下げた。

 あんな立派な馬車、今までの遠征でも乗ったことがなかった。

 私の為にここまでしていただいて申し訳ないと思ったが、帰りは皇太子妃であるヴィクトリア様が乗るのだし、あのくらい立派な馬車を用意するのは妥当かもしれない。


 姿勢を元に戻すと、セドリック王子の隣に立つ軍服の男性と目があった。

 彼の事は知っている。

 第一騎士団の副団長、ギルバート・エイブリー様だ。

 私が聖女の仕事で遠征に出る時、護衛の一人として一緒に来る事が何回かあった。

 歳は知らないがまだ若いのに第一騎士団の副団長に抜擢されるほどの実力があり、実家は伯爵家と家柄も良く、おまけに容姿端麗。

 ヴィクトリア様の話では、年頃の貴族令嬢が結婚したい紳士として一番人気らしい。


「聖女殿、ギルバートの事は知っていますよね? 彼も今回、エトルリアまで聖女殿を護衛します」

「そうでしたか……。エイブリー副団長様、どうぞ宜しくお願い致します」

「我が兵と共に誠心誠意お守りし、必ずや聖女様を無事にエトルリアへお連れ致します」


 胸に手を当て、深く頭を下げたエイブリー副団長様は軍服を凛々しく着こなしていて文句無しに素敵な騎士だ。確かに年頃の貴族令嬢たちが放っておかないだろう。

 でも私は知っている。

 彼は、ヴィクトリア様に道ならぬ恋をしているのだ。


 それを知ったのは半年ほど前の事。

 私はふと、エイブリー副団長様が毎回護衛として遠征に参加している事に気づいた。

 以前は三回に一度くらいの頻度で参加していたのに、気付けば毎回必ず顔を見るようになった。

 何故だろうと不思議に思っていたが、遠征先の町の市場でヴィクトリア様と腕を組んで歩くエイブリー副団長様を見て、その謎は解けた。

 彼は普段のお堅い態度からは想像が出来ない程柔らかい表情で微笑み、ヴィクトリア様を慈しむように見つめていた。

 エイブリー副団長様はヴィクトリア様に片想いしているのだ。

 けれどヴィクトリア様は皇太子様と婚約している身で、大聖女として神殿入りしてからはおいそれとお目にかかる事すら出来ない方。

 護衛として遠征に参加すれば、ヴィクトリア様と数日間共に旅をすることが出来る。

 しかも、婚約者であるセドリック王子の目の届かない所で……。

 となれば、毎回遠征に参加するのも頷ける。

 第一騎士団副団長様ともなれば仕事も多いだろうが、彼はヴィクトリア様と過ごす数日間のため、遠征の為に山のような仕事を片付けているのだろう。

 そんな大変な思いをして手に入れたヴィクトリア様との時間を大切に過ごしてほしいので、私は遠征先で自由時間が出来ると、ヴィクトリア様に外出に誘われる前に一人で散策へ出掛けるようになった。

 当のヴィクトリア様は、エイブリー副団長様の気持ちに気付いていないようだ。

 ヴィクトリア様にはセドリック王子がいるので仕方がない。


 エイブリー副団長様もエトルリアに捕らえられたヴィクトリア様が心配でたまらないのだろう。


「聖女殿、出発の準備が整うまでまだ少しだけ時間があるので、その……」


 セドリック王子が少し言い難そうに切り出した。

 彼が何を言いたいのかわからないが、出発まで時間があるのなら、ダニエル王子に挨拶にいけないだろうか。

 これが最後なのだし、ちゃんと会ってお別れを言いたい。


「あの、時間があるようでしたら、ダニエル様の離宮へご挨拶へ行ってきてはいけませんか? 実は私たちはつい先日、婚約致しまして……」

「ええ、婚約の事は国王陛下からの手紙で聞いております。せっかく婚約が決まったばかりなのに、本当に申し訳ありません」

「いえ、非常事態ですから仕方のないことです。ただ、出発前にダニエル様とお会いして、直接私の口から国を出ることをお伝えできたらと思ったのです」

「もちろんです。私も今、そう言おうと思っていたのです」


 セドリック王子は快く、この場を離れることを許可してくれた。

 ダニエル王子やカイル様、ヘレナさんにお別れを言える事に私は安堵した。

 お世話になった人たちにお礼も言わずに去る事にならなくてよかった。


「離宮へはギルバートがお連れします。あまり時間がなく、ゆっくり話をすることは出来ないと思いますが……」

「お会いできる時間をいただけるだけで充分です、ありがとうございます」


 私はセドリック王子に本心から感謝した。

 ダニエル王子と私の婚約が決まったのはつい最近の事で、初めてお会いしたのもつい最近だ。

 長年ヴィクトリア様と愛を育んでこられたセドリック王子からすれば、私たちの仲はつい最近始まったばかりの浅い関係で、私たちの間にさほど気持ちがあるとは思わないだろう。

 それなのにダニエル王子と私に気を回してくださるなんて、本当に優しい人だ。

 婚約期間は短くともダニエル王子を真剣に想っていた私にとって、セドリック王子の心遣いはありがたかった。


「聖女様、参りましょう」


 私はセドリック王子に一礼し、エイブリー副団長様に促されて離宮へ向かった。




 離宮までの道のりは、二人とも無言で歩いた。

 ダニエル王子に何と言って話を切り出そうかと、私は歩きながら頭の中でずっと考えていたが、結局正解がわからないまま離宮に着いてしまった。

 離宮へ着くと、いつも通りカイル様とヘレナさんが出迎えてくれた。

 二人は私と、私の後ろに立つエイブリー副団長様を見ると驚いた表情になった。


「ララ様……それに、エイブリー副団長様?」

「突然の訪問で申し訳ありません、カイル・エイマス様」

「いえ、それは構いませんが……」


 カイル様はエイブリー副団長様から視線を私に移すと、心配そうに言った。


「ララ様、こちらにいらっしゃってよろしいのですか? エトルリアへ出発されると聞いたのですが……」

「出発まで少しだけ時間がかかるとの事でしたので、ダニエル様にご挨拶をと思いまして……。カイル様、もうご存知だったのですね」

「はい……。今朝早く、国王陛下からの伝達で知りました。今ヘレナにも伝えたのですが、ダニエル様にはどう話したらよいのか、二人で話し合っていたのです……」


 カイル様は少し後ろで控えているヘレナさんと目を合せ、二人して困りきった表情になって俯いた。

 どうやらダニエル王子は、まだ何も知らないらしい。


「……私から直接お話しします。ただ、あまり時間がないので、すぐにお暇することになるのですが……。私の想いをダニエル様にしっかりお伝えし、きちんとお別れしたいです」

「……そうですね。では、急ぎましょう。殿下は中庭でお待ちです」

「わかりました」


 カイル様に中庭の方へと促されて、私はそちらに足を進めた。

 私の後ろにぴったり着いて歩くエイブリー副団長様に、一瞬訝しげな表情をしたものの、カイル様はその後ろに続いたようだった。


 背後に男性を二人引き連れて中庭へ入ると、ダニエル王子はいつも通り車椅子に乗ってガーデンテーブルの前にいた。

 ガーデンテーブルにはリングピローが二つ、あれはきっと注文していた結婚指輪だ。

 ダニエル王子は口許に笑みを浮かべて、テーブルの上の二つのリングピローを眺めていた。

 その姿を見て、早くも胸が痛くなった。

 今から私たちの婚約が解消された事と、エトルリアへ行く事を話さなければならないと思うと逃げ出したくなる。

 ちゃんと気持ちを伝えてお別れを言うと決めたのだ、私は自分に喝を入れてダニエル王子の元へ歩を進めた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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