表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/19

永遠の夫婦でいるために

 立ちくらみで倒れた日、私は神殿に帰ってすぐベッドに入った。

 帰りの馬車の中で突然倦怠感を感じ、馬車の揺れで気分まで悪くなってしまったからだ。

 ベッドに入ると途端に意識が途切れて、目が覚めたら次の日のお昼だった。

 とんでもない寝坊だ。

 こんなに眠りこけてしまうとは、よっぽど疲れがたまっていたようだ。

 たっぷり寝たと言うのに、その日はいくら寝ても眠気が来て、無限に眠れてしまうくらいだった。

 寝坊なんて子供の頃以来だったので、神官長様は私をかなり心配し、神殿の仕事を休むように言ってくれた。

 お言葉に甘えてその日は仕事を休ませてもらい、一日中ベッドの上で自堕落に過ごしてしまった。

 そのおかげで、翌日には倦怠感がましになっていた。

 いまいちスッキリしなかったが、それは過度に睡眠を摂ったからだろう。

 普段通りの生活をしていれば、そのうち眠気も倦怠感もなくなると思っていた。




 すっかり通い慣れた、ダニエル王子の離宮。

 離宮へ着くと、そこで働く使用人たちが笑顔で歓迎してくれる。

 ヘレナさんと一緒に、着替えのためにいつもの客間へ入ると、そこはもうすっかり私専用の部屋だ。

 仕立ててもらったドレスと、それに合わせる靴、帽子、一式を置かせてもらっているからだ。

 ドレッサーにはヘレナさんが用意してくれた化粧道具一式と、髪飾りにアクセサリーまで。

 私物を一切持っていなかった私が、こんなに物に囲まれているなんて、未だに信じられない。


 ヘレナさんに手伝ってもらってドレスに着替え、髪を結って化粧を施してもらい、ダニエル王子が待っている応接間へ行って、いろんなことをお話しながらお茶とお菓子をいただいて、天気が良ければ中庭を散歩する。

 いつもならそんな風に午後を過ごすけれど、今日は特別な日。


 国王陛下と王妃陛下がダニエル王子に会いに離宮を訪れる日だ。

 そして私たちは二人に、結婚の報告をするのだ。

 国王と王妃に会うのは初めてではないけれど、会う機会は滅多にないのでやはり緊張した。

 それに、もし結婚に反対されたらと思うと、朝から緊張でまともに食事ができず、いつも以上に手が冷たくなっていた。


 神官長様に結婚の報告をした時のことを、どうしても思い出してしまう。

 ダニエル王子との結婚を決めた事を報告すると、神官長様は怒っているのか悲しんでいるのか良くわからない表情になり、黙り込んでしまった。

 とても祝福してくれている様子ではない。


「……本当にそれで良いのですか? あなたはそれで幸せになれると?」


 しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた神官長様はそう言った。


「もちろんです。それに、ダニエル様と結婚すればセドリック王子の側室になる話はお断りできます」


 神官長様の問いかけに間髪いれずにそう答えると、神官長様はあろうことか頭を抱えて俯いてしまった。

 おめでたい報告にあるまじき態度だ。


「……神官長様? 私、神官長様の言う通りちゃんと行動しました。ちゃんと行動し、セドリック王子の側室の件を回避しました。……だから……」


 一言、おめでとう、よくやったと、そう言って欲しかった。

 それなのに神官長様は、執務机に肘をついて頭を抱えたまま、顔を上げてくれなかった。


「……国王陛下や王妃にはもう報告したのですか?」

「……いえ。近々お二人がダニエル様に会いにいらっしゃる予定なので、その時にお話しします」

「そうですか、幸運を祈ります」


 涙が出そうだった。

 神官長様はどうして喜んでくれないのだろう。

 育ての親も同然の神官長様には、一番に結婚の報告をしたかった。

 きっと喜んで、おめでとうと祝福してくれると思っていた。

 私の幸せを一緒に喜んでくれると思っていただけに、神官長様の予想外の反応に傷ついた。


 その後も、神官長様は決して祝いの言葉をかけてくれなかった。




 国王と王妃は、一月ぶりに会うダニエル王子が見違える程元気になった姿を見て、とても驚いていた。

 すぐに二人はダニエル王子を抱き締めて、何度も彼の頬に口付けをした。

 二人とも感動のあまり涙を流して喜んでいた。

 特に王妃は私のこともきつく抱き締め、息子を元気にしてくれて本当にありがとう、と何度も感謝の言葉を口にした。

 私は何もしていないのだけど……。

 触れることすらためらってしまう程高い身分である王妃に抱き締められ、緊張で体が固まってしまったが、公務の時には決して見せない、お二人の柔らかい表情が私の緊張をほんの少しだけ解いてくれた。

 家族団欒の時間を楽しむ二人は、すっかり父親と母親の顔になっていて、国王や王妃も同じ人間なのだとしみじみ感じた。


 国王と王妃に結婚の報告をすると、思いの外二人は喜んでくれた。

 国王と王妃は、王位継承者を増やすため、セドリック王子の側室にと私を望んでいるのだから、ダニエル王子との結婚は反対されるかもしれないと思っていたのだ。

 私もダニエル王子も、二人が反対しなかったことに安堵した。


「僕と結婚したララは、永遠に僕の妻ですから、兄さんの側室にはしないと約束してください」


 ダニエル王子が国王と王妃に向かってはっきりとそう言うと、二人は顔を見合わせた。

 国王が王妃に向かって小さく頷くと、王妃が席を立ったので、王妃よりも身分の低い私は慌てて立ち上がった。


「ララさん、私と二人で少しお話ししましょう」

「はい、陛下」


 心配そうなダニエルに見送られ、王妃の後に続いて席を離れた。

 あまりの緊張で足が縺れそうになりながらも、なんとか王妃に着いていき、国王とダニエル王子がいる応接間を出た。

 廊下に出ると、王妃が歩みを止めてこちらを振り返った。


「ララさん、あなたには感謝してもしきれません。ダニエルが歩く姿をまた見られるなんて思ってもみなかったわ。本当にありがとう」

「い、いえ、私は何も……」


 王妃に手を取られて両手で包まれながら感謝され、私はぎょっとした。

 さっき抱き締められた時も思ったが、こんな高貴なお方と触れ合って許されるのだろうか。


「それにダニエルとの婚約を受け入れてくれ、結婚の約束までしてくれたこと、本当に感謝しているのです。あの子の望みを最後に叶えてあげられたことは、私たちの心の支えです」


 死を待つダニエル王子の望みを、できるだけ叶えてあげたいと思う国王と王妃は、心から息子を愛しているのだろう。

 私はその願いを叶えるために、国王と王妃の役に立てたのだ。

 ダニエル王子の婚約者として、国王と王妃が私を必要としてくれたことが、純粋に嬉しい。


「だからこそ、あなたに恩返しがしたいの。セドリックの側妃にあなたを据えるのは、私たちからの恩返しのようなものなのですよ」

「恩返し……でございますか……?」

「セドリックの側妃になれば、あなたはこの国のどのご令嬢よりも高い身分。この王宮にあなた専用の離宮を用意させて、自分の気に入った者だけを側に置いて、好きに暮らすことができます。それに、どんな殿方とだって懇意になれますわ」

「……そんな」

「もちろん、王家の血を引く子供が必要であることも事実。まずはセドリックの子を生んでいただきたいですが、それさえ果たしていただけたら、あなたは恋心さえも自由なのです。セドリックも自分の妻にしか愛が向かないでしょうし、あなたも気兼ねなく好きになさればいいのですよ」

「で、ですが……」

「誰もあなたを咎めたりはしませんわ。あなたが人生の大半を神殿で過ごして、愛や恋の喜びを知らずに生きてきたことは、皆が知っています。更には王子の側妃となり、立派に役目を果たしたあなたが愛に目覚めて女としての幸せを知るのを、誰が咎められましょう」


 王妃は私の目から視線をはずすことなく、私に力説した。

 国王と王妃が、私をセドリック王子の側室にさせようとしているのは、ただ一重に王族の子供を増やす為だと思っていた。

 国王と王妃は、私のためを思って側室に収まることを提案してくれたのだと初めて知った。

 セドリック王子の側室として役目を果たしさえすれば、私は恋愛を楽しむことができる。

 姉たちが貸してくれた恋愛小説で読んだような、貴族の見目麗しい紳士と恋をして、私専用の離宮に招いて楽しく過ごす。

 それはきっと素敵な日々だろう。


 けれど私はもう、ダニエル王子を知ってしまった。

 死の淵に立たされながらも、その運命を受け入れて生きる逞しさ。

 死を恐れない強さ。

 自分の環境を差しておいて、誰かの心配をするほどの優しさ。

 ダニエル王子の素晴らしい、尊敬できる所をたくさん見つけてしまった私は、他の男の人と恋に落ちることができるだろうか。

 どんなに見目麗しい貴族の紳士でも、私の心を占領しているダニエル王子を打ち消すことはできないような気がする。

 やはり私は、ダニエル王子を永遠の夫として生涯を捧げる運命なのだ。


「どうですか、悪い話ではないでしょう? ダニエル亡きあと、セドリックの側妃に来てくれますね?」

「……王妃様、私のためにそこまで考えてくださり、光栄です。ですが私は、ダニエル王子の妻として、あの方に生涯を捧げたいのです」

「ララさん……」


 せっかく国王と王妃が、私のためを思って進めてくれていた話を断るのは申し訳ないけれど、私はもう心を変えるつもりはない。

 それに、結婚式でヴィクトリア様をとても愛おしそうに見つめていたセドリック王子が、側妃を受け入れるとは思えない。

 私も、幸せそうな二人を第二の妻として見ていなければならないのは、少し辛い。

 だからきっとこれでよかったのだ。


「……わかりました。あなたがそこまで言うのなら、無理強いするつもりはありません」


 私の意思が変わらないと悟ったのか、王妃は小さくため息をつくと、両手で包んでいた私の手を解放した。


「実のところ、セドリックも側妃を迎えることに反対なのです。我が子の気持ちを無視してまで進めることではなかったのだわ。初めから上手く行かない運命だったのですね」


 王妃は少し悲しそうに微笑んだ。

 セドリック王子も国王や王妃がわからないわけではないはずだ。

 きっと二人の想いに報い、ヴィクトリア様と二人でたくさんお子を誕生させてくださる事だろう。




 側室の件は立ち消えになり、その後は四人で結婚式の日取りについての話し合いになった。

 話し合いの結果、私のウェディングドレスをオーダーし、出来上がりの時期に合わせて挙式の日取りを設定することにした。

 まだオーダーしていないので確実ではないが、三ヶ月から半年が目安らしい。

 そのくらいあれば、神殿の白薔薇の開花にも間に合うだろう。


 ダニエル王子と私の結婚式の話し合いだと言うのに、私は国王と王妃を前にしての緊張と、ひどい目眩でろくに話に参加できなかった。


 あの日立ちくらみで倒れてから、体の不調が悪化している。

 立っていられないほどの目眩が一日に何度も襲ってきたり、頭が上手く働かないほどの倦怠感が続いていた。

 神殿の中にいる時はいくらかましにはなるのだが、王宮に来ると途端に身体が重くなる気がする。

 それから、日常生活に支障を来すほどの眠気に、私はほとほと困っていた。

 あんなに得意だった朝が苦手になった。

 毎日決まった時間に目が覚めていたのに起きられなくなり、ベッドから出るのがとてつもなくしんどくて、午前中をベッドの上で過ごしてしまうこともあった。

 神官長様は、王宮に通うようになって心と体の疲れが出たのだと言っていたが、そうだろうか。

 そんな私を気遣って、午前中は起こしに来てくれないので、私は際限なく寝てしまう日々が続いていた。

 こんなに寝ているのに、起きている間も眠気と倦怠感が良くならない。


 結局、話し合いが終わって、国王と王妃が帰るまで、眠気と倦怠感と戦うので精一杯だった。

ブックマークありがとうございます!

とても嬉しいです!

よろしければ評価もお願い致します。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ