忍び寄る影
ダニエル王子の涙がおさまり、どちらからともなく包容を解いた。
ダニエル王子の泣き腫らした目と視線が合うと、急に彼の妻になったことを自覚して恥ずかしくなった。
まともに目を見られない……。
「ダニエル様、そろそろお座りになられますか?」
「う、うん、そうだね」
ダニエル王子も私と同じ気持ちらしく、顔が真っ赤だ。
きっと私の顔も同じくらい真っ赤なんだろう。
「そうだ、ララ。結婚式の日取りを話し合わないとね」
「えっ、結婚式ですか?」
「うん。ララのおかげで僕も元気になってきたし、式を挙げられると思う。それに、あなたの花嫁姿が見たいんだ。結婚式、してくれる?」
「もちろんです!」
プロポーズと同じくらい憧れていた結婚式。
ついに私も、白バラをたくさん飾った神殿で結婚式を挙げるんだ。
「よかった。ララはどんなウエディングドレスを着たい?」
「そうですね、私には検討もつきませんが……。でも、ヴィクトリア様のウエディングドレスがとても素敵でした!」
「そうなの? どんなドレスだった?」
「スカートがとても膨らんだシルエットの豪華なドレスで、ドレス全体に宝石が散りばめられていて、なんと言っても長いトレーンが──」
突然、目の前が真っ暗になった。
体から力が抜けて、音が遮断され、右も左もわからない。
何が起きているのだろう。
ふと、靄がかかった様にくぐもった声が、私の名前を読んでいることに気づいた。
その声はだんだんとクリアになっていき、ダニエル王子の声だとわかった。
「──ララ……ララ!」
急に光と音が戻ってきて、私はあまりの眩しさに呻いた。
「ララ!? 気がついたね? よかった……」
「……でん、か……?」
正面に青空が見えていて、車椅子に座ったダニエル王子が私を覗き込んでいる。
どういうわけか、私は地べたに仰向けに倒れているようだった。
「しっかりして、僕がわかるね?」
「……殿下、私はいったい……?」
「話していたら突然倒れたんだよ」
「えっ……」
倒れた……?
私が?
健康だけが取り柄のこの私が?
もう数年風邪すら引いていない私が?
「ララ様!」
「あ、カイル!」
離宮の中で待機していたカイル様が、こちらに走ってきた。
視界にカイル様の心配そうな顔が入ってきたと思ったら、ヘレナさんの心配そうな顔も入ってきた。
カイル様が私の背中に腕をまわして状態を起こしてくれた。
頭に上っていた血が全身に巡っていくように、漸く意識がはっきりした。
多分立ちくらみだったのだろう。
大騒ぎになってしまって申し訳ない。
「ララ様、大丈夫ですか?」
「あ、はい、立ちくらみだったみたいです」
カイル様に手を貸してもらい、立ち上がった。
すかさずヘレナさんがドレスと髪を軽く整えてくれた。
「倒れたとき、頭は打ってなかったけど、お医者に見てもらった方がいいかな?」
「いえ、そんな! ダニエル様、ただの立ちくらみですから、心配なさらないでください」
ダニエル王子お抱えのお医者様に、立ちくらみごときで診察してもらうなど、申し訳無さすぎる。
「もう何ともないですから」
「……そう? ララがそう言うなら……」
「ララ様、気付けにハーブティーをお持ちしましょうか。気分がスッキリしますよ」
「あ、はい。ではお願いします」
「かしこまりました」
「さあ、ララ様。お座りください」
ヘレナさんの親切に甘えることにして、私は椅子に腰かけた。
「急に倒れるから、驚いたよ。心臓が止まるかと思った」
「ダニエル様、驚かせてしまい申し訳ありません」
いまにも泣き出しそうな表情のダニエル王子に、いたたまれなくなる。
普通に話していた相手が、話の途中で突然倒れて、さぞ驚いただろうし、怖かっただろう。
不安な気持ちにさせてしまって本当に申し訳ない。
お体に障らないといいけれど……。
「謝らないで。だけど、急にどうしたんだろうね?」
「ええ、本当に。私にもさっぱりです」
「……もしかして何かの病気じゃないかな。やっぱりお医者に診てもらおうよ」
「殿下、ララ様は恐らく疲れがでたのでしょう」
ただの立ちくらみなのに、ダニエル王子は不安を捨てきれない様子だった。
何と言って彼を安心させようか懸命に言葉を選んでいると、見かねたのか後ろに控えていたカイル様が、ダニエル王子を安心させるようにそう言った。
「このところ離宮へ通い詰めでしたし、慣れない王宮通いで心労が溜まっていたのでは? 少し休めば、きっと回復なさいますよ」
「そうか、確かに、ララは毎日僕に会いに来てくれているものね。きっと疲れが溜まっていたんだね」
カイル様のフォローのおかげで、ダニエル王子が納得してくれた。
もし私の心配をするあまり、ダニエル王子が体調を崩されたらと思うといたたまれない。
「ララ、明日はここには来ないで、一日安静にしていて?」
「ダニエル様……」
「あなたの体が心配なんだ。ゆっくり休んで欲しい」
「……かしこまりました。ダニエル様、お気遣い感謝します」
確かにここ最近は休みなく離宮に通っていたから、毎日馬車に揺られていたのもストレスだったのかもしれない。
ここはダニエル様の言う通り、ゆっくり休んで体を回復させよう。
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次回更新は明日19時です。
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