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変化していく関係③

 ダニエル王子とヘレナさんは、さっそく次の日には仕立て屋を離宮へ呼んでくれた。

 仕立て屋が幾つか持ってきた既製品のドレスを試着して、気に入ったデザインを私のサイズで作って貰うことになり、その日は一日中着せかえ人形に徹していた。

 深い色味の大人っぽいドレス、淡い色味の可愛らしいドレス、ビビットカラーの華やかなドレス、いろんな色のいろんなデザインのドレスを試着しては、ダニエル王子とヘレナさんに見て貰う。

 二人はどのドレスを着ても、とても似合うと褒めてくれたし、楽しそうに、こういう色はどうかこういう飾りはどうか、こういう形はどうかとたくさん提案や意見も出してくれた。

 そのうち、二人がどんな風に褒めてくれるのかが次のドレスを試着する楽しみになってきた。

 コルセットで銅を締め付けられて苦しいし、ドレスは重くて動きづらいしで、試着は相当体力を使うけれど、二人が喜んでくれるのが嬉しくて、何着も試着した。


 もう何着目のドレスだったか、姿見に映るドレス姿の私は、見慣れないせいか違和感がすごい。

 ドレスを試着するので、それに合うようにヘレナさんが髪を結って、簡単に化粧もしてくれたのだが、いつもの私とは別人だ。

 ドレスは見事な物だけど、着ている私がドレスに負けているような感じだ。

 これは本当に似合っているのだろうか。


 鏡越しにダニエル王子と目があうと、彼は優しく微笑んでくれた。


「とても綺麗だよ、ララ」


 ダニエル王子にそう言って貰えると、今まで感じていた不安がたちどころに消えてしまった。

 彼のたった一言で、このドレスが最高に似合っている気がして、自信がわいてくるのだから不思議だった。


 長い試着がようやく終わり、ダニエル王子とヘレナさんの提案で、アフタヌーンドレスを三つと夜会用のボールガウンを一つ作って貰うことになった。

 ボールガウンを着る機会が訪れるのかわからないけれど、ダニエル王子もヘレナさんもボールガウンを一つは持っておいた方がいいと言うので素直に従うことにした。

 仕上がるまでしばらく時間がかかるので、それまでは仕立て屋から買い取った既製品のアフタヌーンドレスを着ることになった。

 一つはパステルブルーの可愛らしいデザイン、もう一つはミルクティの様な色味の上品なデザインで、二つともダニエル王子とヘレナさんが大変気に入ったものだった。


 ドレスを持って帰るのは大変だし、神殿に私物を持ち込まない方がいいだろうと思い、買って貰ったドレスは離宮に置いて貰うことにした。

 ヘレナさんは快く了承してくれて、離宮でドレスに着替える時は、着替えの手伝いと髪結いと化粧をすると言ってくれた。


 試着と採寸で午後を過ごしたその日も、ダニエルはとても調子が良さそうだった。

 ベッドの上じゃなく車椅子に乗っていたし、寝間着すがたじゃなくシャツとパンツ姿で髪もセットしていたし、ヘレナさんと興奮気味にドレスの感想を話していた。

 そんな楽しそうなダニエル王子を、カイル様はどこか感慨深そうに見つめていた。


 カイル様やヘレナさんが喜んでくれるのが嬉しくて、そして何よりダニエル王子が日に日にお元気になっていく姿を見るのが楽しみで、私はダニエル王子のために祈りを捧げた。

 私の祈りがダニエル王子の体調に直接関係するとは考えられないけれど、ヘレナさんが言ったように、私の真心が女神様に届いているのだとしたら、ダニエル王子のために真心を捧げたかった。


 離宮から戻ってはダニエル王子のために祈りを捧げる私を、神官長様はとても気遣ってくれた。

 食事だけはしっかりとるようにと、神官長様もお忙しいのに毎日必ず一緒に食事をして、私が食事するのを忘れないようにしてくれた。




 宮殿から離宮までの道のりを覚えて一人で離宮へ行けるようになったころ、ダニエル王子は中庭を散歩できるようになった。

 まだほんの少ししか歩けないので、車椅子が必須ではあるが、つい数日前までベッドから出られなかった事を思えば、これは目覚ましい進歩だ。

 カイル様と私の補助で車椅子から立ち上がったダニエル王子に、ヘレナさんは感動して泣いていた。

 隣でダニエル王子を支えていたカイル様も、涙を流していた。

 そして支えられながら一歩二歩と足を出すダニエル王子は、とても楽しそうだった。


「僕の体は、まだ歩くことを忘れていなかったんだね」


 ダニエル王子は楽しそうに、嬉しそうに、どんどん足を進めるので、私とカイル様はこんなに歩かせてしまってお体に障るのではないかと不安になった。

 しかし、その不安は杞憂に過ぎず、次の日もダニエル王子は大変お元気だった。

 もともとダニエル王子は体を動かすのが好きなのか、彼は毎日中庭に出て散歩をしたがった。


 どんどん元気になっていくダニエル王子を見て、離宮で働く人々も大喜びだった。

 みんな、まるで私がダニエル王子を元気にしたと思っているようで、私が離宮へ行くと大歓迎してくれる。

 ダニエル王子の離宮は、私にとってとても居心地のいい場所になっていた。


 離宮の中庭は神殿の中庭よりも広く、そんなに大きくはないが立派な噴水があり、二十近い種類の花が咲き乱れていて眺めているだけでも楽しい。

 今日は天気がよかったので、中庭でお茶をすることになった。

 今日もダニエル王子は元気そうで、艶を取り戻した美しい銀の髪は、外に出ると日光を浴びて室内にいるときよりキラキラ輝いている。

 噴水で水浴びをしている小鳥を、楽しそうに眺めている青い瞳もキラキラしていて微笑ましい。


「あの二羽は番なのかな?」

「そうかもしれませんね」


 噴水の縁にとまって水を飲んでいる二羽の小鳥は、仲良く体を寄り添わせ、時折嘴を突き合わせたりしていてとても可愛らしい。

 確かに番の様に見える。

 水を飲んで満足したのか、二羽は揃って飛び立っていった。


「番だから、永遠に一緒にいるんだね。どちらかが先に死んでしまうまで」

「きっとそうですね」


 飛んでいった小鳥を見送りながら、ダニエル王子がそう言った。

 二羽は青い空に小さくなっていき、やがて見えなくなった。

 ダニエル王子の言う通り、二羽は命つきるまで寄り添って生きていくのだろう。


「……ララは、僕が死んだあと、どうするの?」


 唐突にそんなことを聞かれ、ギクリとした。

 あまりにも重すぎる質問だ。

 晴天で気持ちのいい午後に、花が咲き乱れた美しい中庭で、お茶を楽しみながらするような会話ではない。


「別の人と結婚しても、あなたを恨んだりしないから、正直に答えてほしいな」


 ダニエル王子は、気遣うように私を見つめていた。

 婚約者がこの世を去った後の私の行く末を、純粋に心配しているらしい。


「……実は、セドリック王子の側室として迎え入れていただけるそうです」


 弟君であるダニエル王子には言いづらくて少し悩んだが、正直に伝えることにした。

 ダニエル王子に嘘はつきたくない。


「そっか……、兄さんの……。それなら、安心だよ」


 私の答えにダニエル王子は一瞬ショックを受けた表情を見せたが、すぐに笑顔で取り繕った。

 少し悲しそうな笑顔が痛々しい。


「でも本当言うと、あなただけを愛する人と一緒になってほしかったなあ。……だけど兄さんはいずれ国王になるんだものね。国王のお妃になったら、ララはきっと幸せに暮らせるよね」

「……はい、私には身に余る光栄です」

「兄さんはとても優しい人だから、きっとララを大切にしてくれるよ」

「……あの、ダニエル王子」

「うん?」


 ダニエル王子の無理をして作った笑顔があまりにも痛々しくて、見ていられなかった。

 私は席を立ち、ダニエル王子のもとに跪いて彼の手を握った。

 驚いて私を見ているダニエル王子の目を、下から真っ直ぐ見つめ返した。


 自分の婚約者が、兄の二人目の妻になるなんて話を聞かされて、複雑な気持ちになっただろう。

 その気持ちを晴らせる事なんてできないかもしれないけれど、私の素直な気持ちだけは伝えておかなければと思った。


「セドリック王子の側室になっても、あなたを決して忘れません」


 忘れない。

 決して。

 今にも死んでしまいそうなくらいボロボロに弱っていた彼が、運命を受け入れてその時がくるのを待っていた彼が、唯一私を欲しがってくれたこと、側にいて欲しいと言ってくれたこと。

 私はとても嬉しかったのだから。


 ダニエル王子の青い瞳が大きく見開かれ、少しずつ涙で潤んできた。


「あなたが私を必要としてくださったこと、私に居場所を与えてくださったこと、生涯忘れません。いつか、セドリック王子のお子を産んだとしても、私の真心だけは、あなたに捧げたままにしておきます」

「……そ、んな……、ダメだよ。そんな事は……言わないで……。あなたには、幸せになって欲しいのに……、そんな風に言われたら僕は……、あなたを永遠に縛り付けたくなってしまう……」


 ダニエル王子の瞳から、ついに涙がこぼれ落ちた。

 私から視線を反らし、苦しそうに顔を歪めて、歯を喰いしばって、彼は自分の感情をなんとか抑え込もうとしているように見えた。

 私の幸せを思って、その独占欲を抑えてくれているのだ。


 なんて健気で、いじらしい人なんだろう。


 私はダニエル王子の涙に濡れた頬に、そっと両手を添えた。

 反らされていた視線が戻ってきて、不思議そうに私を見つめていた。


「永遠に縛り付けてくださいませ、ダニエル様」


 セドリック王子の側室になろうとも、ダニエル王子に捧げた心は変わらない。

 だから縛られても構わなかった。

 この先、ダニエル王子以外の人にこんな気持ちを抱くことはないだろう。


「……それなら、兄さんの側室にならないで。僕が死んだあと、あなたが兄さんのものになるなんて耐えられない」

「……それは、私からお断りする事はできないのです。どうかお許しください」


 せっかくダニエル王子が本当の気持ちを話してくださったのに、それを叶えられないのが心苦しい。

 何もできない立場にいる自分が悔しかった。


「兄さんの側室にならない方法ならあるよ」


 ダニエル王子ははっきりとそう言うと、車椅子から立ち上がろうとした。

 私も慌てて立ち上がり、ダニエル王子の腕を持って彼の補助をした。

 ありがとう、と小さくお礼を言うと、ダニエル王子は私の両手を取った。

 ダニエル王子が立てるようになってわかったのだが、私たちはほとんど背の高さが変わらない。

 だから立った状態で向かい合うと、ちょうど目線の先に彼の青い瞳がある。

 涙を流している青い瞳に、私の顔がはっきり映っている。


「ララ、あなたを兄さんには渡さない。お願い、僕と結婚して」

「ダニエル様……」

「僕と結婚して妃になれば、僕が死んでもあなたは王子妃のまま、その後別の誰かと添い遂げる事は許されない。……でも婚約者のままでいれば、僕が死んだ後あなたは自由だ。そう思ってた……」


 夫婦が死別した場合、残された方が新しいパートナーと再婚する事はよくある話だ。

 しかりそれは平民と貴族に限った話。

 王族と結婚した女性はパートナーと死別した場合でも、再婚は許されていない。

 生涯王族の妻として生きていくのだ。


 確かに、婚約者の立場のままダニエル王子と死別したとしても、私はダニエル王子の元婚約者となるだけで、他の人と結婚する事もできる。


 けれど私の場合、セドリック王子の側室になることが決められている。


「僕に幸せをくれたあなたが幸せになるなら、それでよかったのに……。だから婚約者のままでいようと思っていたのに、その先にあなたの幸せがないのなら、僕はもう我慢しない」


 ダニエル王子の手に力が入り、ぎゅっとてを握られる。

 さっきから、心臓がの音がうるさいほど大きい。


「ララ、あなたを愛してる。僕と結婚して、僕が死んだ後も永遠に僕の妻でいて」

「……はい。永遠にあなたの妻でいさせてください」


 迷う事なくそう答えると、優しく腕の中に包まれた。

 ダニエル王子の鼓動が私と同じくらい早くなっているのが、密着しているからよくわかる。


「ありがとう……、ありがとう……」


 耳元ですすり泣くダニエル王子の背中に手をまわし、慰めるように優しく撫でた。


 幼いころから憧れていたプロポーズとは少し違うけれど、それでも幸せな気持ちだ。

 生涯この人の妻として生きる事が出来て、私は間違いなく幸せだ。

お読みいただきありがとうございます。

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