変化していく関係②
「まあまあ、お二人とも本当に仲がおよろしいこと。お二人の周りに白薔薇が咲き乱れそうですわ」
ヘレナさんにそう言われて、二人してまた顔を赤くしてしまった。
そんな様子を、ヘレナさんとカイル様が微笑ましいと言わんばかりに見ているので、更に恥ずかしくなってくる。
仕切り直す様にダニエル王子がこほん、と一つ咳払いをした。
「そうだ、ララ。あなたのプライベートな装いも見たいな。デイドレスやもっと気軽な装いでもいいし……」
そんな話題を振られて、私は困った。
何故なら私は普段着と言うものを一着も持っていない。
式典や儀式の時に着る聖女の礼服、神殿の制服、掃除や洗濯や炊事をする時ようの神殿の作業着のみで事足りてしまう。
今着ているのも、神殿の制服だ。
作業着以外はローブで、首から足首までたっぷりした布で覆われるので、肌はもちろん体の線すら見せない。
貴族の令嬢たちが着ている、鎖骨と手首を露出しバストとウエストがピッタリしたドレスなんて、生まれてこの方着たことがなかった。
そもそも聖女である前に私は平民の出身だ。
ドレスと無縁なのは仕方ない。
「申し訳ありません、殿下。私は私用の服は持っていないのです」
「……へ? そうなの? 一着も?」
「はい。ほとんど神殿におりますので、必要ないのです」
「でも、お休みの日はどうしてるの? 町へ買い物へ行ったりする時、神殿のローブでは目立ってしまわないの?」
「……? 休みの日は、神殿でお祈りしたり、同期の神官たちや時には神官長様と中庭でお茶をするくらいで、神殿の外には出る事はほとんどありません」
神殿では持たない事が美とされていて、余計に持ちすぎていると思ったら人に分け与えて、決して私有化しない事が教えの一つだ。
なので神殿で働く者は、ほとんど私物を持たずに身軽に生きている。
聖女である私も勿論、その教えに従って生活しているので、私物と言えば下着くらいだ。
ダニエル王子は神殿の教えを知らないのか、とても驚いている。
「とても謹み深い暮らしをしているんだね。辛くないの?」
「物心ついた頃からこの暮らしをしておりますので、これが当たり前なのです」
「そう……。でも、大聖女であるヴィクトリア様はいつもドレスを着ているよね?」
「ヴィクトリア様は大聖女である前に、皇太子妃殿下であらせられますから、妃殿下に相応しい装いをしなければならないのです」
それにヴィクトリア様はもともと侯爵家のご令嬢で、大聖女の力に目覚める前は侯爵令嬢として暮らしていたのだ。
どれだけ持たずに生活するかが重視される神殿とは正反対、どれだけ持っているかが重視される貴族社会で生まれ育ち、幼い頃からたくさんのドレスや靴、宝石に囲まれていた方だ。
ある日突然、その一切から引き離されて神殿に入れられて、身一つで生きる事を強制され、とてもお気の毒だった。
けれど彼女は決して折れず、不満一つ言わなかった。
それどころか、持たない美に感銘を受けた彼女は、実家の侯爵家にある私物をほとんど病院と孤児院に寄付してしまったのだ。
何て尊い行いだろう。
もし私がヴィクトリア様の立場なら、同じ行いは出来ない。
ヴィクトリア様の勇気ある尊い行いは、平民たちの信仰心をより強いものにした。
しかし、ヴィクトリア様が皇太子妃になると話は別で、王族の高貴な威厳を示すために、皇太子妃の立場に見合ったそれなりの装いをするのも、立派な仕事らしい。
せっかく身軽になったのに、と密かにヴィクトリア様はぼやいていた。
「それなら、第二王子の婚約者になったララも、ドレスを持っていいことになるよね?」
「え……そう……で、しょうか……?」
「そうですとも、聖女様! ダニエル様の言う通りですわ。立派なお立場なのですから、相応しい装いをしませんと」
ダニエル王子の予想外の提案に、ヘレナさんが身を乗り出す勢いで同意した。
確かに、王族の婚約者となったからには、王宮に出入りするときくらいそれなりに着飾らないと、ダニエル王子が恥をかくことになるかもしれない。
王子の婚約者がドレスどころか服を一着も持っていないのでは、貴族社会では笑い者になってしまう。
私はどう思われても構わないが、ダニエル王子が変な目で見られたら申し訳ない。
「そうですね。今度、神官長様に相談して、幾つか用意してもらいます」
「それなら僕が用意するよ」
「用意していただくなんてそんな、申し訳ないですよ!」
「僕はあなたの婚約者なのだから、ドレスを贈ってもいいでしょ?」
「で、ですが……」
「それに、ララにドレスを着て欲しいって言うのは、僕の我が儘なのだし」
ダニエル王子の提案は願ってもないことだった。
神官長様にドレスが欲しいなんてお願いをするのは、正直かなり気が重い。
幼い頃、面会に来てくれた姉たちがお揃いのワンピースを着ていて、それがとても羨ましくて神官長様にワンピースをおねだりした事があった。
神官長様はそんな私に持たない美の教えを語り、私もその説得力のある教えに納得したので、それ以来何かをねだったことはない。
それに、ドレスに関しては全くの素人なので、どんなドレスがいいのかさっぱりわからない。
ここはダニエル王子にお任せするべきかもしれない。
「お願いだよ。あなたにドレスを贈る喜びを、僕にくれないかな?」
決めかねていると、ダニエル王子がまっすぐ私を見つめてそう言った。
あんまり熱いまなざしだったので、もうなにも考えられず「はい」とだけ答えてしまった。
「そうと決まれば、明日にでも仕立て屋を呼びましょう! 聖女様、よろしいでしょうか?」
「え、あ、はい」
「ララにはどんなドレスが似合うかな?」
「そうですわねえ……。聖女様は小柄でいらっしゃいますから、繊細なデザインのドレスがお似合いになりそうですね」
「この前ヴィクトリア様が着ていた流行のドレスなんかどうかな? 花の装飾とビーズがたくさんで、とっても豪華だったなあ」
「きっとお似合いになると思いますが、もう少しボリュームと装飾を抑えた、シンプルなドレスもよいと思いますわ」
「そうだね。ララならきっと何でも似合うだろうなあ」
ダニエル王子とヘレナさんが楽しそうにドレスについて話しているのを、カイル様も笑顔で聞いていた。
二人のドレス談義は白熱していて、当事者である私はおいてけぼりだが、話を聞いているだけで楽しかった。
平民出身の私が貴族の令嬢のようなドレスを着せてもらえるなんて……。
王宮の式典で、煌びやかなドレスを着た貴族の貴婦人や令嬢をたくさん見ては、心の内で密かに憧れていたのだ。
どんな素敵なドレスを着せて貰えるのだろうと考えると、胸がはずんだ。
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