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変化していく関係

「聖女様、本日もようこそお越しくださいました」

「こんにちは、カイル様」


 今日も迎えの馬車に乗って王宮へ入り、宮殿の前で待っていてくれたカイル様の案内でダニエル王子のいる離宮へ向かう。

 宮殿は人の出入りが多く、貴族や城で働く人たちで賑わっているが、離宮へ近づくにつれて閑散とした長閑な景色に変わってくる。

 ダニエル王子が静かにのんびり療養に集中できるように、配慮されているのかもしれない。


 そんな美しい景色を進みながら、カイル様と話すのはやはりダニエル王子の事だ。

 カイル様はとても上機嫌で、今日もダニエル王子の体調がとても良い状態であることを話してくれた。

 季節の変わり目で天気が安定しないせいで、ここのところダニエル王子の体調は最悪な日が続いていて、食事をすらままならなかったそうなので、少しでも長く体調の良い日が続いてくれることを願うばかりだ。


 離宮に到着して、やけに楽しそうなカイル様に案内されたのは、主寝室ではなく応接間だった。

 昨日、一昨日とどちらも主寝室に案内されていたので、初めての事に戸惑ったが、応接間に招き入れられ、そこで待っていたダニエル王子の姿を見て、私はその場に立ち尽くしてしまった。


「こんにちは、ララ。今日も来てくれてありがとう」


 ダニエル王子は車椅子に乗り、広い応接間のソファーとテーブルの前で私を出迎えてくれた。

 白髪だと思っていた髪には昨日まではなかった艶が出ていて、窓から入ってきた日の光にキラキラと反射して、美しい銀色の髪に見えた。

 しかも髪はしっかり整えてあり、長めの前髪は緩くカーブさせてセットまでしている。

 昨日よりも更に顔色が良く、頬は痩せこけてはいるが血色があり、唇も潤っていて健康的に見えた。

 それに昨日までの寝間着姿ではなく、今日はきちんとした服を着ていた。

 流石に正装ではないけれど、白いシャツにチャコール色のパンツ、更に革の靴まで履いていて、中庭を歩けるくらいの格好だ。

 昨日まで床に臥せっていた人とは思えない。


「驚いた? こっちへ来て欲しいな」


 ダニエル王子の姿に驚き、立ち尽くしていた私は、声をかけられてようやく不躾に彼を見つめていた事に気がついた。

 我に返ってダニエル王子の車椅子の前に跪くと、彼が右手を差し出したのでその手を取る。

 するとダニエル王子が私の手を引き寄せて両手で包み込んだので、私ももう片方の手を彼の手に重ねた。

 そう言えば昨日も一昨日も、私たちはこうして手を取り合っていた。


「殿下、今日はベッドからお出になられたのですね、驚きました」

「そうなんだ。ベッドから出られたのは数ヶ月ぶりだよ。それに、最後に寝間着じゃない服を着たのはいつだったかな……」

「殿下、お洋服をお召しになられたのは二年ぶりですよ」

「そんなに前だった? どおりで落ち着かないわけだ」


 ダニエル王子の後ろに控えていたカイル様がそう言った。

 数ヶ月床から出られなかったと言うのも驚いたが、二年もの間を寝間着で過ごさなければならなかったと言うことは、相当身体が辛かったはずだ。

 一昨日初めてダニエル王子と会ったときの、今にも死んでしまいそうな姿を思い出した。

 あの時、あの発作で命を落としてしまう可能性もあったんじゃないかと思うと、とても怖くなった。


「朝起きたら、身体中どこも痛くないし、違和感もなくて、とても清々しい気分だったんだ。それで、あなたとちゃんと応接間でお茶を楽しみたくて、ヘレナの手を借りて寝間着から着替えてみたんだ。ヘレナがとっても喜んで、髪も整えてくれたんだよ。その、どうかな……」


 少し照れ臭そうにはにかんだダニエル王子は、車椅子に座っていることを除けば、どう見ても間もなく死期を迎えようとしている人には見えない。

 それどころか、美しい銀色の髪と青い瞳に整ったかんばせを持つ彼は、とても魅力的な青年だった。

 私も釣られて照れ臭くなってしまう。


「はい、殿下。とても素敵です」

「ありがとう」


 二人で照れながらも微笑み合っていると、ヘレナさんがお茶とお菓子を乗せたワゴンを押して応接間へ入ってきた。

 ダニエル王子に促されて、応接間のソファーに座らせて貰い、ヘレナさんとカイル様にお茶の準備をしてくれるのを眺めていると、カイル様がにこやかに話しかけてくれた。


「聖女様、もしや昨日もダニエル様のためにお祈りしてくださったのでしょうか?」

「あ、はい。私に出来るのはお祈りくらいですから」

「まあ。では殿下が久しぶりにベッドから出ることができたのは、聖女様のお力なのですね」


 ティーカップにお茶を注ぎながら、ヘレナさんが嬉しそうにそう言った。

 聖女に病気治癒の力なんてないし、大聖女にだってそんなことはできない。

 聖女の力を過大評価されて、私は焦った。


「聖女にそんな力はありませんよ。私はなにもしていません。きっと殿下のお力です」

「まあ。ではきっと、聖女様の真心ですわね。聖女様の殿下を思う気持ちが、殿下のお力を引き出してくださったのですよ」

「真心?」

「きっとそうですわ。聖女様、本当にありがとうございます。ダニエル様がベッドから出て、お元気そうにしていらっしゃる姿をまた見られるなんて、夢のようです」


 ヘレナさんは瞳に涙を浮かべながらそう言った。

 その隣で、カイル様も嬉しそうに微笑んでいる。

 真心、と言われると何だか照れ臭いが、ダニエル王子を想って祈りを捧げていたのは本当の事なので、その気持ちこそが真心なのかもしれない。


「……真心か。そうだったら嬉しいな、まるであなたの真心を貰ったようだもの」


 頬を赤く染めたダニエル王子がそんな事を言うので、私は自分の顔どころか耳まで赤くなっているのを感じた。

 ダニエル王子は、ご自分の素直な気持ちを伝えるのが直球過ぎるような気がする。

 恥ずかしいけれど、私も素直な気持ちをそのままお返しするべきだろう。


「私はダニエル様の婚約者なのですから、私の真心はあなたのものです」

「……わあ」


 ダニエル王子は両の手で顔を覆い隠してしまった。

 手の平に隠れきらない耳は、可哀想なくらい真っ赤になっていた。

 ──かわいい。


「あ、ありがとう、ララ。あなたは、どうしてそんなに僕の言って欲しいことばかり言うのだろう……。どうしようもないくらい嬉しいよ」


 顔から手をどけたダニエル王子は、とても幸せそうな笑顔を見せてくれた。

 私の言動一つで、本当に幸せそうな表情を見せてくれるダニエル王子を見ていると、何だか胸がくすぐったい。


お読みいただきありがとうございます。

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