94 サンタさん、ちょっとだけ無双する(1)
いつの間にか、紹介を待っていた他の男爵たちもやって来て、何事って聞き耳を立てている。
「そう言えば、天才的な頭脳?とか仰っていましたが、とてもそうは見えませんが」
禿げ頭のツルリ子爵の後ろに立っていた60代くらいの男が、下卑た笑顔を作って私をジロジロ舐めるように見る。
丸顔で小太りオジサンの上着のボタンが、今にも飛びそうでガン見しちゃった。
『サンタさん、この男も△で、名前はハチキーレ男爵よ。嫌だ嫌だ、こういう好色そうな男は大嫌いなのよ私!』
昔、王妃の食事を担当していたマーガレットさんは、こういういけ好かない貴族をたくさん見てきたから、言動や態度で嫌な奴かどうか直ぐに分かるらしく、大嫌いだと容赦ない。
今日も女性陣は辛口だ。好色そうってどういう意味だろう?
『サンタや、ここで舐められると後々面倒なことになるぞ』
珍しいことに、サーク爺からやってしまえとお許しが出た。
「魔術師以外の職業の者でも、魔力を持っていることは魔力学会で証明されていますが、そのことは当然ご存知ですよね?
私が天才かどうかは人によって見方は変わるでしょうけど、私とアレス君は、つい先日までガリア教会大学で学んだり教えたりしていました。
これはガリア教会本部から発行された身分証ですが、見られますか?」
私はそう言って、売られた喧嘩をにっこり笑って買うことにした。
大賢者なんて大仰なことが刻印されている身分証ではなく、ガリア教会大学名誉教授という身分証の方をウエストポーチから取り出し、ホロル様に手渡して皆に見せてもらう。
「冗談かと思ったら、本当にガリア教会大学の教壇に立っていたのか・・・まあ、サンタさんだからなぁ・・・」
ホロル様、相変わらず私の扱いが雑だ。まあ7歳の子供だからこのくらいが丁度いいのかもしれないけどさ。
「サンタさんは高位職持ちですから父上。それに王立能力学園の教授にも、学生ではなく講師として来て欲しいと懇願される天才ですよ?」
私がバカにされていると思ったアレス君が、禿げ頭とむっちりオジサンを軽く睨みながら、ずいっと前に出てホロル様に言う。
「こ、高位職だと!」
驚きの声を上げたのは、長男レイノルドと△コンビだけじゃなく、聞き耳を立てていた全員だった。
「いったい何の騒ぎだ?」
今度は驚きの声を聞いたアロー公爵がやって来て、△コンビを軽く睨んで問う。
公爵と一緒に、アルモンド侯爵までもが興味を示し寄ってくる。
主である公爵やナンバー2の侯爵の登場に、△コンビは一歩後ろに下がって、ちょっと目を泳がせるけど、私とアレス君には敵意に近い視線を向けたままだ。
この2人は、ヒバド伯爵と繋がっている可能性が強いから、アレス君に敵意を向けられるのは避けたい。
だから私が単独で喧嘩を買う。
7歳の子供だと見下したことを、後悔させてあげましょう。フッフッフ。
「どうやら私が男爵になったことが・・・いえ、私を叙爵してくださった公爵様の御言葉が信じられないと仰るので、私の能力の一端でもある魔術師の未来についてお話しし、知能についてもお疑いのようでしたので、教会本部発行の身分証をお見せしていたのです」
シロクマッテ先生から習った通り、ドレスをちょこんと摘み、公爵様に礼をとりながらゆっくりとした口調で説明していく。
「それだけではなかろう! アンタレスはその方を高位職だと言ったではないか」
あちゃー、レイノルド坊ちゃん、ここでアレス君の名前を出すのは止めて。
そんな言動だと、魔術師に対して嫉妬しているとか、高位職に対して妬んでいるって思われちゃうわよ。
まあ、祖父も父親も高位・魔術師だから、自分もそうなりたかったんだろうけど、今のままじゃ尊敬される高位貴族には成れないわ。
……確かに職業は自分で選べないけど、仕事は自分で選べばいいじゃん。
『そうだなサンタさん。俺の時代には職業選別魔術具なんて無かった。
オヤジは鍛冶の仕事をしていたから、俺も鍛冶職人になるのが当然だったんだけど、俺はどうしても魔術具が作ってみたくて、一生懸命独学で図面を描いていた。
この時代は職業選別という枠に拘り過ぎて、やりたいことをやるという意思が欠けていると思うぞ』
『確かにそうだねダイトンさん』
ダイトンさんの話を聞いて、なんだか坊ちゃんが可哀想になった。
私の説明と坊ちゃんの話を聞いた公爵様が、どう切り出すのだろうかと様子を窺っている皆をまるっと無視して、公爵様は私の前で眉を寄せて質問する。
「サンタさん、いつの間に高位職になったんだ? ガリア教会本部で、仕事内容が判明したのか?」と。
仕方ないので、私は公爵様にしゃがんでもらって、耳元で正式な職業選別身分証を受け取ったけど、誰彼なく見せれるものじゃないと思いますと断りを入れてから、他の者には見えないようにして、ウエストポーチから金属のカードを取り出して見せた。
「うっ・・・」と唸った公爵様は、カードをまじまじと見ながらハーッと大きく息を吐きだした。
いったい公爵様は何を見たのだろうと、皆の視線が私たちに集中するけど、公爵様はホロル様を手招きして、私の身分証のカードを見せてから、私に返してくれた。
「これは・・・王様に報告が必要ですね。束の間の男爵となりそうだ」
ホロル様はそう言って、公爵様以上に深く息を吐きだし、何故か肩を落とした。
……はて? どういう意味?
『サンタさん、大賢者が男爵じゃあ、他国から常識を疑われるわ』とパトリシアさんが言う。
『せやな、最低でも侯爵、他国なら王族に喜んで迎え入れてくれると思うぞ。成人したら学園長が妥当だぜ』
トキニさんが、それが世間の常識だと教えてくれた。
『まあ大賢者はそれが役職みたいなものじゃ、爵位など関係なく堂々としておればよい』
サーク爺は、聖人や賢者は国王と同等に扱われるのが、どの時代でも当たり前じゃったぞと怖いことを付け加えて言った。
『いや、私は世界を巡るトレジャーハンターになるのよ。大賢者はおまけでいいわ。みんなだって、世界中を旅してみたいでしょう?』
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