92 サンタさん、男爵になる(1)
7歳の誕生日の朝、新しい守護霊様が現れなかったから、マーガレットさんで最後かと思ったら、2日遅れでやって来た。
名前はダイトンさんで年齢は42歳。
職業は千年前の文明紀の発明家で、王立能力学園工学部・発明学科創設に大きな影響を与えた先駆者だった。
ダイトンさんは古代文明紀の魔術具を、先ずは模倣し、類似品を作り、古代文明紀の魔術具からヒントを得て、新しい魔術具を作るという研究を行った第一人者として、今も名が残っている。
魔力学会の時に閉じ込められた資料倉庫で、何度もダイトンさんの名前を見ていた私は、思わず発明系キターーーー!って叫んじゃったもんね。
『サンタさん、俺の知識は今では時代遅れだ。だが、俺はもっと新しい魔術具を作りたくて作りたくて、まだ見ぬ魔術具の謎を解明したくて、輪廻の輪でこの日をずっと待ち望んでいた。
2日遅れたのは、苛烈な守護霊選抜戦で勝利を収めるのに時間が掛ったからだ』
ダイトンさんは、ちょっと疲れた感じで遅れてきた理由を説明をする。
……輪廻の輪には、そんなに守護霊になりたい人が居るんだ。
……しかも、私の職業や魔力、能力や性格に合うと輪廻の輪に判断される必要まであるらしい。
『そうなのよね、私の時も凄い数の希望者が居たけど、昨年は500年以内の現代紀に生きていた者から選ばれて、これまでサンタさんの守護霊になっている先輩方とは違う職種の希望者で競い合ったのよ。
7歳の今回は、千年前の文明紀で、確か次の8歳の時は、1万年前の高度文明紀の人が来るって決まってたはずよ」
6歳の時に来たマーガレットさんが、しみじみと苛烈な競争だったわって、当時を振り返って教えてくれた。
そして10歳の誕生日まで、あと3人の守護霊が来てくれるらしい。
サーク爺、トキニさん、パトリシアさん、マーガレットさん、ダイトンさん、そしてあと3人の合計8人もの守護霊が知識を授けてくれたら、確かに大賢者って仕事内容にも頷けるかも。
ちょっと苦労も多いけど、凄く幸運なことだと思う。感謝感謝。
昨日は下位・魔術師合格祝いの予定だったけど、急遽男爵位授与が翌日に決まったので、同伴する母様も兄さまも大騒ぎになり、お祝いは後日に見送られた。
爵位授与式の今朝は、新しい守護霊様は現れるし、朝から髪のセットだドレスの着付けだと、もう大忙しで目が回りそうだった。
てんやわんやで支度して、午後3時になんとかアロー公爵屋敷に到着した。
爵位授与式は午後4時からだけど、最低でも1時間前には到着しておくのが礼儀らしく、兄さまは始めての公爵屋敷に緊張している。
私は到着後直ぐに、アレス君、家令のコーシヒクさんと一緒に、新たな呪術が仕掛けられていないかを確認して回る。
大事な日に死にたくないし、家族に害が及ぶのは嫌だもん。
「サンタさん、大師匠、あそこの戸口に何かないですか?」
厨房や風呂や屋敷で働く人の宿舎にもなっている別館の勝手口を指さし、アレス君が緊張した声で私とサーク爺に問う。
「煙突があるってことは厨房かな? あれは勝手口だよね」
「はい、あそこは厨房ですね。まさか呪術が?」
コーシヒクさんの顔色が一瞬で悪くなる。
私たちの後ろに居た屋敷の警備隊長が「どこですかアンタレス様!」と言って、厨房の勝手口まで走っていく。
『確かに呪符じゃな。これはこの勝手口を通る者全てに、ケガや病気などの負の災いが降り掛かるようにする、結構高度な呪符じゃ』
サーク爺が先に見にいって私に教えてくれる。
『なんですって! 調理人に呪符を仕掛けるなんて許せません』と、王宮料理人だったマーガレットさんは怒り心頭だ。
「アレス君、コーシヒクさん、警備隊長、これは勝手口を通る人全てに、災いが降り掛かるよう呪った呪符のようです」
私の話を聞いたアレス君が、教会本部で習った通りに呪符の解除作業を始める。
先ずは隠ぺいの魔術を消すための魔法を使い、勝手口の側に貼ってある呪符の姿を露わにし、教会で貰った聖水を振り掛けてからベリベリと剝がした。
「へ~え、転ぶ、切る、火傷する……これって何だろう? サンタさん分かる?」
「う~ん、爆ぜるかな? それと、腐らせるだね」
私とアレス君は剝がした呪符を地面に置いて、記号を読み解きながら呪符の内容を声に出し他の人に教えていく。
「なんですと、爆ぜる!?」と、大声を出したのはコーシヒクさんだ。
「コーシヒク殿、先月突然夜中に爆発したかまどは、これが原因でしょうか?」
警備隊長は、先月の事故のことを説明し、呪符のせいかもと言い出した。
完全に火を落とした後の爆発だったので原因が分からず、今は本館のかまどを使っているが、昨日改修工事が完了し、明日から別館のかまどを使うことになっていたらしい。
……危ない危ない。また同じことが起こるところだったよ。
「そう言えば、料理長は火傷を負い、賄い調理人は2人も転んでケガをしていた。メイドの何人かは食事にあたり体調を崩した。
全ては、あの呪術師が来た半年前から始まったことだ」
コーシヒクさんは低い声で言いながら、悔しそうに顔を歪めた。
もっと確認をしたいところだけど、私の爵位授与式の時間になったので、呪符探しは明日以降に行うことにした。
アロー公爵屋敷の1階には大広間があり、母様と兄さまは末席に立って私の入場を室内で待っている。
コーシヒクさんによると、王都内で暮らしているアロー公爵家の家臣一同が集められているらしい。
アロー公爵領からも、伯爵や子爵が参列しているけれど、ヒバド伯爵家は呼ばれていない。
「どうぞお入りください」
コーシヒクさんが、豪華な装飾が施された大きな白い扉を開ける。
一歩二歩と進んでいくと、正面の壇上にアロー公爵が立っていて、右隣にホロル様、左隣にはアロー公爵家の分家筋で、アロー公爵領内で最も爵位の高いアルモンド侯爵が立っていた。
部屋の中央に敷いてある深紅の絨毯の右側には、公爵夫人やホロル様のご家族(アレス君を含む)と伯爵が立っていて、左側には子爵や男爵たち8人と母様と兄さまが立っていた。
……ううぅ、なんか緊張する。
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