84 魔力学会(5)
誰かが探しに来たら、見張りをしてるトキニさんが知らせてくれるから、退屈な私は倉庫の中の資料を読んでいく。
この倉庫が在る北エリアは、幸運にも工学部と鑑定士学部の教室や実験棟がある場所だから、資料の多くは鍛冶技術や魔術具に関するものだった。
「へ~っ、エイバル王国が大国と言われ、他国より技術が優れているのは、全て古代都市ロルツから採掘された遺物のお陰なんだ」
『そうね、私が生きていた星の再生紀でも、古代都市ロルツは大陸で一番文明が進んでいて、次に文明が発展していたのはシャングラだけど、言語も違うし私が冒険者として訪れた時は、多くの文明の利器が地殻変動で失われていたわ』
「ああ、そう言えばガリア教会大学の遺物の多くは、隣接する古王国シャングラから採掘されたものだと言ってたな。古王国シャングラ、行ってみたいかも」
監禁された場所が資料倉庫で良かったと、危機感の欠片もない私は、午後2時くらいまで資料を読み漁っていた。
『サンタさん、最速踏破者のリーダーとリヤカー担当のカンパーニが近くに来てるぞ。準備はいいか?』
見張りをしていたトキニさんが、リーダーが来たと教えてくれた。
私は直ぐに、魔法で書棚を高窓の下に移動させ、ひょいひょいと上に登り、鉄格子の小窓から外を見ながら紙飛行機を投げ始めた。
もちろん、風魔法を使ってできるだけ遠くへ飛ばすわ。
小窓からじゃ見える範囲が狭いけど、私には最強守護霊のアシストがある。
『サンタさん、リーダーの位置まであと10メートルよ。次の紙飛行機はもう少し風に乗せて』
という具合にアシストを受けて、10回紙飛行機を飛ばしたところでリーダーに拾われ、どの倉庫か特定できるよう、小窓から紙飛行機を飛ばし続けた。
「サンタさん、大丈夫かー!」
「大丈夫だよリーダー。今から手紙を書くから、大至急母様に届けてくれるー?
今日はお休みで家に居るからー。
それから私を発見したことは、アレス君以外には絶対に教えないでねー。
犯人は魔術師協会の者で、ハンター協会にも犯人の仲間が居るかも知れないからー」
私の元気な声を聞いたカンパーニさんは安堵のあまり泣き出し、犯人が魔術師協会の者だと聞いたリーダーは「やっぱり身内の犯行か!」って憤った。
私は鉄格子を両手で握って、高窓から下に居るリーダーに重要なお願いを幾つかして、手紙を窓の外に落とした。
◇◇ ユーフラス王太子 ◇◇
この手紙を5歳の子供が書いただと?
とても信じられないが、母親であるルクナが持ってきたのだから嘘ではないだろう。
だが、手紙の内容があまりに荒唐無稽な気がして、直ぐには決断できない。
「あなた、明日は魔力学会に行かれるのでしょう? もしも王様の魔術具が起動しないなんてことになれば、王室の威信にも影響するのではないかしら?」
懸命な表情の親友ルクナに同情した妻が、どうか幼い娘を助けてあげてと、王族の威信という言葉まで出してルクナに助力する。
「アロー公爵は学会の主催者だから、今頃はまだ王立能力学園だな・・・直ぐに手紙を書くから届けてくれ。返事を待って決断する」
私はそう言って側近のバリウスに、火急の知らせをアロー公爵まで届けるよう指示を出し、妻ライラとルクナを執務室から下がらせた。
幼女を攫った犯人は、魔術師協会の者だと手紙に書いてあるから、上司でもあるアロー公爵が、部下と幼女のどちらを選ぶか聞いておかねばならない。
幼女を助けるにしても、事件にするかどうかは政治的判断になる。
それにしても・・・【タダでとは言いません。助けていただくお礼として、王太子様と王子様に魔力循環と魔力操作をお教えします。それで足りなければ、簡易空間魔術具の魔核の充填を1回サービスいたします】とは何だ?
王太子である私に対して、5歳の幼女が交換条件のつもりか?
普通は、どうかお願いです助けてくださいって書かないか?
か弱い幼女を殴って気絶させ攫った悪人は許せないけど、王太子様に犯人を罰して欲しいわけじゃないです?
王様と交わした契約通りに義務を果たしたいのですって、う~ん、こんなことを言う子供が本当に居るのだろうか?
しかも初日の学会終了後、悪人たちが帰った後で倉庫まで来てくださいってことは、極秘に救出されたいってことだ。
今すぐにでも助けて欲しいと何故書かない?
は~っ、あれこれ考えてもしょうがない。アロー公爵の返事を待とう。
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王太子様
サンタさんは、嫡男を死の淵から助けてくれた恩人です。
また、学会で使われている2台の魔術具はサンタさんが採掘したものであり、魔力属性判別魔術具は現在もサンタさんが所有しています。
重要機密事項ですが、カラ魔核に魔力充填できることを発見したのもサンタさんです。彼女は、この国の宝です。 シブルス・ダグラ・アロー
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フーッ、いろいろ規格外だったな。
アロー公爵の妹である母上は、甥のホロル殿が毒に倒れてから、ずっと心を痛めてこられた。
私にしても、従兄を助けようと医師や薬師を派遣したりしたが、これ以上打つ手がないとの診断だった。
……そうか、ホロル殿は助かったのだな。それ故の準男爵。7歳で男爵に陞爵させるのも当然のことか。
「学会終了後、極秘で救出する。その後は王宮で保護しよう。安心していい。
是非会ってみたいと思っていた子だ。ルクナはこのまま待っていればいい」
執務室に再びやって来たライラとルクナに救出することを伝え、側近バリウスに少人数で救出に向かう手配を命じた。
薄暗くなった午後7時、学会会場の王立能力学園は、門番と警備の者以外、人の姿は見えない。
私は学園正面の正門側ではなく、北エリアに近い裏門から馬車で入る。
本来なら馬車置き場に馬車を回すところだが、立ち入り禁止区域とはいえ人目に付くのは避けたい。よって、倉庫まで馬車で乗り付ける。
幼女の仲間であるトレジャーハンターが持ってきた地図を確認し、3棟ある倉庫の内、最奥にある倉庫前で馬車を止めて降りる。
……ん? あれは歌声か?
♪レタス、ハム、パンに挟んで、サ・サ・サンドイッチを作りましょう♪
……フッ、危機感も悲壮感もないな。
「おい、助けに来たぞサンタさん」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。