72 困惑するファイト子爵(1)
調査団がゲートルの町から撤退し、いつもの平和な時間が戻ってきた。
私の魔術具は現在魔術師協会にレンタル中で、王宮魔術師団から早速横槍が入ったと、アロー公爵がホッパー商会経由の手紙で教えてくれた。
でも、魔核の魔力充填について纏めた論文を王様に提出し、研究発表するまでは使用を許可しない方針らしい。
王様には根回し済みで、カラ魔核に魔力充填できることと、魔力属性判定魔術具という世紀の大発見は、魔力学会で正式発表するまで、国の重要機密事項として扱われるそうだ。流石アロー公爵だ。
魔力学会の主催はエイバル王国であり、魔術師協会と王立能力学園の共同研究成果として発表される。
アロー公爵の暗殺にしか興味のなかったヒバド伯爵は、部下を調査団に参加させていたにも関わらず、重要な情報を得られなかった無能と、王宮魔術師団の中で微妙な立場になっているらしい。
情報源はアロー公爵家の家令コーシヒクさんで、ヒバド伯爵が単独でアロー公爵に文句を言いにきたらしい。
「兄弟なのに、何故重要な情報を教えてくれなかったのですか兄上! 私の立場も考えてください」って・・・びっくり。
厚顔無恥もここまでくると、頭が悪いとしか思えない。
ホロル様の容態も確かめたかったと思うけど、とても面会できる状態じゃないと家令のコーシヒクさんは面会を断ったらしい。
ホロル様は自室で魔力操作を頑張り、次の調査団に加わる予定なんだって。
コーシヒクさんの手紙には、ヒバド伯爵に美味しいお茶を飲ませましたと、最後の行に書いてあった。
……グッジョブ! あと3回くらいは飲ませなきゃね。
最速踏破者は、研究の協力者として報告書に名を連ねてある。
魔力学会は10月頃の予定で、ガリア教会大学を始め友好国から多くの学者や研究者を招く予定だとか。
最速踏破者は、遺跡の発見者であり協力者なので、魔力学会にも招待されるだろうとチーフが言っている。
暫くは王都に近付きたくないから、我が家の家具購入は、ホッパー商会に依頼した。【聖なる地】の講座で別途白金貨3枚貯まったので、今頃は家具が増えているだろう。
魔力学会が終わったら、アレス君とシリスを連れて一緒に王都に行ってみよう。
◆ ◆ ◆
秋めいてきた9月、私は一週間の内3日をアレス君と一緒に勉強したり魔法の練習をして、最速踏破者メンバーとして【イオナロード】に3日潜っている。
トレジャーハンター協会と国王は、【聖なる地】を立入禁止のままとし、イオナロードの2キロ地点までの採掘しか許可していない。
「昨日も1.5キロ地点で大蛇が出たらしい。金級パーティーでも討伐は難しいって話だ。俺たちじゃ、1キロまでがせいぜいだな。
それでも未発見の側道や部屋もあるから、運が良ければ魔術具も出る。この際、ロード使用料を月払いにしよう」
アレス君と一緒にハンターが多い食堂の隅っこで昼ご飯していたら、お隣の領地モエナ伯爵領から来たハンターたちの会話が聞こえてきた。
「【イオナロード】は、他領のハンターが押し寄せるくらい有名になったねサンタさん。僕も明日は一緒に潜ろうかなぁ」
「うん、そうしようアレス君。来週お爺様も来るみたいだから、何か新しい魔術具でも発見しなきゃ。伯父が王都から戻ったみたいで、先月は来なかったから」
3食限定ブラックワームの煮込みを食べながら、2人で明日の計画を立てる。
最速踏破者は特別に2.5キロまで進むことができるし、最近2.5キロ地点のセイフティールームを拡張したから、お泊りだって安全にできる。
今日はお爺様がやって来る日だ。
今日こそは、秘密にしていた叙爵のことを言わなきゃ。
小型魔術具を発見したから、お爺様のショックが小さくなったらいいな。
今はゲートル支部に預けて、鑑定だけチーフにお願いしてある。
お爺様にプレゼントしたいから、競売にはかけないと言っておいた。
いつものようにホッパー商会の前に馬車が到着し、私はホッパーさんとアレス君と一緒に店先で出迎える。
最初に困った表情のお爺様が降りてきて、もう一人見知らぬ男性と、何故かクソババアが降りてきた。
……はあ? なんでシンシアおばさんが一緒なの?
「あらサンタナリア、商人見習いご苦労様。そんなに短く髪を切って、すっかり平民の生活に馴染んでるのね。
トレジャーハンターのような服装も、貴女にはとてもお似合いだわ。フフフ」
「・・・・・」
私もお爺様もホッパーさんも、堂々と私を見下し満足そうなオバサンに絶句し、一緒に降りてきた男性は、大きな溜息を吐いた。
アレス君は下を向いてチッて舌打ちした。公爵家の貴公子なのに、最近トレジャーハンターぽくなっちゃったな。私の影響かも・・・ごめんね。
「はじめましてだね。私は伯父のアイガーだよ。王都の仕事を終えて領地に戻ってきたんだ。
商人を目指してるって聞いてるけど、家族と王都で暮らさなくていいのかい?」
……ああこの人、アイガー伯父さんなんだ。そう言えばお爺様に似てるかも。
「はい、わたしはしょうにんか、トレジャーハンターになって、まじゅつぐをみつけます」
ぼんやりっ子が、ちょっとだけ成長しましたって感じで答える。
「相変わらずの間抜けね。あなた、私、先に買い物をしてきます。・・・嫌だわ。買い物後はホテルに向かってもいいかしら?」
機嫌良さげに如何にも貴族でございますってドレスを着たオバサンは、私を間抜け扱いし、店内に居るトレジャーハンターを見て、嫌だわって嫌悪感を隠しもせず、この場から立ち去ろうとする。
「ああ、私も後程ホテルに向かうよ。ゆっくり買い物すればいい」
アイガー伯父さんは、すっかり諦めたって顔で許可を出した。
「気分を悪くさせてしまったな、ホッパー殿。元気だったかサンタ?」
オバサンが少し離れたところで、お爺様はホッパーさんに詫び、私にも微妙な表情で声を掛けた。
アイガー伯父さんは、可愛そうな子を見るような眼差しを向け、優しく私の頭を撫でた。
「相変わらずね。お爺様、私、準銀級ハンターに昇格したの。それから、アロー公爵様が後見人になってくださって、準男爵に叙爵されたわ」
「なんだと!」って、お爺様と伯父さんの声が揃った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。