67 魔術具の謎(1)
アロー公爵たちと呪術の話をした翌日、ヒバド伯爵ご一行はゲートルの町から撤退した。
まあ、王宮魔術師団が参加を拒否されたんじゃ仕方ないよね。
おまけに選ばれし勇者のリーダーが、ケガ人が出たから追加料金を払えと迫ったらしく、それを回避するためか明け方には町から出ていったとか。
昨夜、王宮魔術師団ラースクの様子を探っていたトキニさんによると、ラースクは上司であるヒバド伯爵に虚偽の報告をしたらしい。
『1回はアロー公爵に毒を飲ませ、残りの茶葉も受け取り、必ず調査の合間に飲むと喜んでいました。もしかしたら、他の者にも飲ませる可能性があり、致死量に至らないかもしれません・・・なんてことを言うとったで』
「へ~っ、あの図々しい男も、ヒバド伯爵には叱られたくなかったのね。
でもヒバド伯爵がその嘘を信じれば、暫くは様子見するはず。時間は稼げる。
うちのリーダーも釈放されるから、明日から仕事再開だね。ありがとう」
ゲートル支部3階の特別室の窓を開け、朝の爽やかな風を入れながら、私はトキニさんにご苦労様でしたとお礼を言う。
敵が撤退したから今日からホッパー商会に戻る私は、鼻歌を唄いながら荷物をリュックに収納する。
『シリス、待っててね。直ぐに戻るよー』
お留守番をしている光猫のシリスのことを考えながら、足取りも軽くホッパー商会へと向かう。
途中、噴水前広場の屋台でパンを買う。
この町に初めて来た時、置き去りにされた私に親切にしてくれたパン屋のマーサお婆ちゃんは、うちのサブリーダーのお母さんだった。縁って不思議。
「あらサンタさん、王都に行ってたんだって? この前も他のハンターから孤児院にパンを届けてくれって注文を受けたよ。いつもありがとね」
元気なマーサお婆ちゃんから朝食用のパンを買って、新作の菓子パンが出たって聞いたから、孤児院に人数分届けてねとお願いしてお金を払った。
この町のハンターの多くは、大金が入った時は何某かの善行を積む習慣がある。
そうすることで、神様がピンチを救ってくださるって信じてる。いい習慣だ。
いろいろあったけど、これでアレス君もファイト子爵領から戻ってこれる。
今日は明日に備えて買い出しして、王都で買ったお土産を皆に配ろう。
なんて考えながら歩いていたら、私の側に豪華な馬車が止まって、中から高位・鑑定士で副団長でもあるボルロさんが降りてきて、そのまま拉致られた。
馬車の中には、なんと、トレジャーハンター協会の会長が乗っていた。
なんでもボルロさんは、私が王都に向かった翌日、同じく王都に向かい、たった今戻ったらしい。
私とシリスが発見した魔術具は、協会長立ち合いの元で検証が必要だと、調査団の鑑定士チームと工学者チームが判断したそうだ。
「君が発見した魔術具は、とんでもない代物の可能性がある。
はじめましてだなサンタさん。私は協会長のシルゾ・バスラン・ハウエン。次期ハウエン辺境伯の予定だ。
私は高位職の学者・歴史持ちで、3年前まで王立能力学園で古代都市学者として教授をしていたが、前協会長から推薦されトレジャーハンター協会に移った」
珍しい黒髪に黒い瞳のハウエンさんは現在46歳で、次期辺境伯らしい。
なんで公爵とか次期辺境伯みたいな雲上の人と、5歳の幼女が知り合ってるんだろう? もう面倒ごとの予感しかしないんだけど・・・
「はじめまして。つい先日サンタナリア・ヒーピテ・ファイトアロに名前が変わったサンタです。よろしくお願いします。あの魔術具、何か問題でもあったんですか?」
次期辺境伯だけど優しい感じの協会長に、私は新しい名を名乗って質問する。
「あれ、まさかもうアロー公爵に取り込まれたのかサンタさん」
「うん、王都でちょっと色々あって・・・でも、義務は何も負ってないし、私はこれからもトレジャーハンターですボルロさん」
しまった!って厳しい顔をしたボルロさんに、私はハンターは続けると苦笑しながら答えた。
「詳しいことはゲートル支部に行ってから話すが、あの魔術具は魔術師の属性を調べる物である可能性が高い。
もしも本当にそうなら、職業選別の魔術具に並ぶ大発見となる可能性がある。
これから調査団の魔術師チームに、最終検証をしてもらう予定だ」
瞳をキラキラ輝かせ、歴史的大発見かもしれないなんて、とんでもないことを協会長が言う。
……あぁ、そう言えば職業選別の魔術具みたいに、なんか色のついたパネルみたいな部分があったな。
「それじゃあ、魔核の色の変化も解明できる可能性があるってことね」
「サンタさん、そういうことを簡単に口にしてはいかん。
前回の調査で君は、凄い大発見をポロポロと皆に教えていたが、私も魔術師のファーズも生きた心地がしなかったぞ。
ハンター協会なら絶対に秘密にするようなことまで、あっさりと見返りもなしに・・・は~っ、幼女に大人の常識を期待してはいかんが、あまりにも無防備で危険だ」
ボルロさんは大きな溜息を吐きながら、私のうっかりに頭が痛いと愚痴る。
私の稀有な才能を、様々な権力から懸命に守ろうとしているのに、自分から危険地帯に飛び込んでいくので、どんどん守れなくなっているらしい。
『サンタや、何度も言うようじゃが、思ったことを喋る前に、わしらに相談せい』
『ううぅ、分かったよサーク爺。口に出す前に念話する』
『そのうっかりは、ただの癖では済まない危険を生むで。特に権力者の前ではな』
トキニさんも心配そうに注意する。
『そうは言ってもサンタさんは5歳よ。失敗を重ねながら誰だって大人になるんだから、失敗を恐れて縮こまってたら、成長を阻害することにも繋がるわ』
グスン、やっぱりパトリシアさんは優しい。
そうこうしているうちに、立ち去ったばかりのゲートル支部に馬車が到着してしまった。
……なんだろう・・・協会トップとトップ2を従えて馬車から降りる幼女って、もう完全に目立ちまくってる。
慌てて出迎えに出てきたチーフに、何やってるんだサンタさんって、叱るような視線を向けられ、私はいろいろ諦めて大きく息を吐いた。
……なんか理不尽。
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