61 調査の行方(5)
バルコニーに出た私は、サーク爺の呪術という言葉を聞き、アレス君にも呪術が掛けられていたことを思い出した。
『個人じゃなく屋敷に呪術を仕掛けるとは、相当な自信家じゃな。
わしの時代には呪術師はそれなりに居ったから、直ぐに見破れる罠じゃが、この国には呪術師がおらんから、見破られることはないと慢心しておるようじゃ』
『それじゃあ、呪術のことをホロル様に教えた方がいいよね』
バルコニーで隣の部屋の様子を探りながら、サーク爺と念話する。
『サンタさん、家令が屋敷の騎士を連れてきたで。今から隣の部屋に入るみたいや。おっ、外にも人員を配置したな。絶対に逃がさん気やろう』
再び偵察に出ていたトキニさんが、家令のコーシヒクさんが騎士を連れてきたと報告し、私は隣のバルコニーに視線を向け聞き耳を立てる。
すると危険を察知した若いメイドが、慌てた様子で隣のバルコニーに出てきた。
そして地上に配置された騎士の姿を見た途端、慌ててしゃがみ身を隠した。
……いや~、さすがに3階から飛び降りないよね。
「こんにちは、メイドのお姉さん」
ちょっと大きな声で、私はバルコニーに隠れているメイドに挨拶する。
メイドはギョッとした顔で私を見て、チッと舌打ちした。
それと同時くらいに、誰かが隣の部屋のバルコニーのガラス戸を開けた。
「こんな所で何をしている! 3階以上は立ち入り禁止だ。命令を無視して潜入するとは誰の差し金だ!」
怒気の籠った声で、騎士隊長みたいな人が大声で恫喝する。
「も、申し訳ありません。わ、わた、私は3日前に採用されたばかりで、3階が立ち入り禁止だと知りませんでした」
言い訳しながらバルコニーの端まで身を寄せ、なんとか逃げようとするけど、後ろ手に短剣を隠し持ってる時点で完全にアウトだよね。
騎士隊長が短剣を叩き落とし、素早く女の首に剣を当てた。
「ど、どうかお許しを」と懇願しているメイドを、騎士隊長が怖い顔で引き摺って行く。
私はガラス戸を閉め豪奢な客室の中に戻ると、大きな溜息を吐いているホロル様を見て、どこの貴族家も大変だなぁって同情した。
ファイト子爵家だって、後継者の座を巡って醜い策略を巡らすクソババアが居るけど、屋敷で働く者にまで気を配る必要はなかった。
直ぐに家令のコーシヒクさんが戻ってきて、ホロル様に何か耳打ちした。
「サンタナリア殿、見えない隣の部屋の状況を、どうやって知ったのでしょう? どうしてメイドの行動を怪しいと思ったのですか?」
メイドを捕らえたコーシヒクさんが、ホッパーさんを軽く睨み、怪訝そうな視線を私に向け質問してきた。
……それりゃ怪しいか・・・普通の幼女は、隣の部屋にメイドが入ったことを心配したりしないし、それを小声で報告なんてしないよね。
……【過去・輪廻】なんて誰も知らない職業だし、先程の説明を聞いたくらいじゃ理解できないかぁ・・・信じられないのは無理ないかも。
「ホロル様、コーシヒクさん、私、アロー公爵家の事情はだいたい聞いてます。
私とホッパーさんは、アンタレス君を守るため協力関係にあります。
一緒に暮らすアンタレス君を必ず守ると、私は自分に誓いました。
だから私は魔法を伝授し、自分自身を守れるよう鍛えています。
私は見た目も実年齢も5歳ですが、中身は25歳くらいだと思ってください」
自分を信じてもらうため、秘密を知っていることを正直に話す。
年齢は18歳じゃ無理があると皆に言われていたので、最近25歳に引き上げた。
もしかしたらホッパーさんの立場を悪くするかもしれないけど、疑われたままでは呪術の話しなんかできない。
「ホロル様、現在アンタレス様は、ヒバド伯爵の手の者から身を守るため、サンタさんの祖父ファイト子爵に保護していただいています。
サンタさんは、誰よりもアンタレス様を思い、アロー公爵家に尽くしておられます。だからこそ、公爵様は後見人を申し出られたのです。
公爵様が調査なさっているゲートルの町には、あの男の次男や部下が潜入しており、公爵様の毒殺を目論んでいるのです」
「なんだと!」と、ホロル様とコーシヒクさんが驚きの声を上げる。
「その危機を未然に防ぐことができているのも、サンタさんを守っている3人の守護霊様のお力添えがあったからです。
サンタさんは、今回の調査団メンバーである魔術師学部のエバル教授や歴史学者のターンキュウ教授に、直ぐにでも学園に講師として来て欲しいと懇願されるほどの逸材であり天才です。見誤ってはいけません」
今度はホッパーさんが、ちょっと怖い顔をしてコーシヒクさんに私という人物について説明していく。
「普通の人には、守護霊という存在が理解できないんだと思います。
コーシヒクさん、隣の部屋に行って何かを触り、メモ紙に簡単な文章を書いてください。
私を守りアンタレス君を守り、アロー公爵様を守るために協力してくれている、最強の助っ人の力を証明してみましょう」
私はそう言って、再びトキニさんにお願いする。
5分後、コーシヒクさんは隣の部屋から戻ってきて、ホロル様に自分が触った物を耳打ちし、文章を書いたメモ紙を渡した。
「触ったのは花柄の大きな花瓶。そしてメモ紙には、主の命を救ってくださった恩人ですが、疑うことも家令の仕事ですと書いてあります」
真剣な表情で私を見ているホロル様に、トキニさんから聞いたことをドヤ顔で回答した。
信じられないという気持ちと、本当に?という驚きが入り混じった表情のコーシヒクさんは、「申し訳ありませんでした」と言って、私の前で跪き頭を下げた。
ホロル様は「素晴らしい能力だ」と驚きながら、安心したように微笑まれた。
「私には、超古代紀の王族だった大魔法使いの師匠と、王国紀に地質学者をしていた開拓者、そして、星の再生紀に天文学や薬草学を学んだ冒険者の3人が、師として仲間として、私を守る者として共に居ます。
私は魔術師ではなく魔法使いですが、アンタレス君と一緒に、中位・魔術も習得中です。百聞は一見に如かず。魔法をお見せしましょう」
私は極上の笑顔で、テーブルの上の美味しそうなクッキーを1枚、魔法で頭上に上げクルクルと回し、エアーアタックで天井に手をついてみせた。
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