60 調査の行方(4)
家を購入した私は、午後からホッパーさんと一緒にアロー公爵屋敷に向かう。
上流地区に入る時は、ハンター協会発行の魔術師資格証を見せて通過した。
表向きの訪問理由は商談だけど、アロー公爵が私の後見人になったから、その旨を国王に届け出るよう、お預かりしている嫡男ホロル様宛の指示書を持って行くのだ。
まあ、それも重要な訪問理由だけど、本当の狙いはイオナの葉でホロル様が解毒できているかを確認することである。
会いたくても父親に会えないアレス君に代わり、容態を確認してアレス君に伝えるのは私の使命。
王都に出発する前日の夜、私はホッパーさんと一緒にアロー公爵と面談した。
アロー公爵がゲートルの町に到着する前、王都のアロー公爵屋敷の家令宛に、ホッパーさんが解毒作用のある薬草を届けていると教えた。
もしかしたら効果があるかもしれないから、容態を確認して効果が認められれば、追加で薬草を渡したいとも伝えた。
「ホッパー、本当に世話になるな。サンタさん、君には驚かされてばかりだ。
多くの知識をはじめ、アンタレスと父親のことまで・・・感謝する。
どんな名医も匙を投げた毒だ。少しでも効果があれば、返しきれない恩を受けたことになる。例え効果がなくても、決して責めたりはしない。
家令宛に一筆書くので、ぜひ容態を確認してくれ」
最上位貴族であるアロー公爵様に、頭を下げさせて恐縮したけど、ちゃんとアレス君と一緒に採取した薬草だと伝えておいた。
ということで、やって来ました公爵屋敷。
分かっていたけど大きい。自分の買った家と比べてはいけない。
まあいいのよ、私が目指すのは男爵だから、あのくらいが理想よ。部屋数だって6つもあるんだから。
ホッパーさんは御用商人だし、事前に連絡済みだったらしく門番さんは笑顔で通してくれた。
出迎えてくれたのは、家令のコーシヒクさん56歳だった。
屋敷内は使用人の数が少なく、凄く静かなことに違和感を覚えたけど、きっと敵のスパイを排除したからだろうと、勝手に納得しながら歩く。
そして案内されたのは3階の豪奢な客室で、壁には美しい景色の絵画が掛けられ、えんじ色の絨毯はふかふかで、凝った彫刻を施されたテーブルや椅子の値段は見当もつかない。窓の外にはバルコニーまであった。
4階建の大きなお屋敷だけど、3階の階段を上ってからは誰にも出会ってない。
「ホッパー様、こちらのお部屋で暫くお待ちください」
家令のコーシヒクさんは用意してあったお茶をカップに注ぎ、お菓子をどうぞと言って何処かへ行ってしまった。
……メイドさんがお茶を淹れるんじゃないんだ・・・
見たこともない高級そうなお菓子に、ちょっとだけ顔が緩む。
「待たせたね。まだ痺れが残っていて、移動するのに時間が掛ってしまった」
なんと、生死の境を彷徨っていたというホロル様が、コーシヒクさんが押す車いすに座り笑顔で現れた。
ベッドルームに案内されると思っていた私とホッパーさんは、慌てて立ち上がり礼をとる。
「もう起き上がられても大丈夫なのですかホロル様?」
「ホッパー様、本当にありがとうございました。頂いた葉を指示通りに煎じてお飲みいただいてから、僅か3日で起き上がれるようになり、今では車いすで移動できるようになりました。貴方様はアロー公爵家の恩人でございます」
家令のコーシヒクさんは、膝をついてホッパーさんに礼を言った。
「コーシヒクさま、実はあの薬草の存在を教えてくださり、採取して渡してくださったのは、此処にいるサンタナリア様でございます。
採取の際にはアンタレス様もご一緒でした。ああ、良かった。本当に良かった」
ホッパーさんは心底安堵した表情で、薬草を見付けて採取したのは私だとコーシヒクさんに教える。
私は教えなくていいって言ったんだけど、もしも回復していたら、追加でイオナの葉を渡す必要もあるからって・・・
「この幼女が?」
「はじめましてホロル様、サンタナリア・ハーシルン・ファイトです。
私は準銀級トレジャーハンターで、偶然解毒作用のある葉を発見しました。
アンタレス君とは一緒に勉強したり、魔術の練習をしています。
今はアロー公爵様と一緒に、【聖なる地】の遺跡調査に参加しています」
私は【準銀級 サンタ 魔法使い(中位・魔術師)】と刻印された銀色の身分証を取り出し、テーブルの上に置いた。
「はあ?」って、ホロル様とコーシヒクさんの声が揃った。
取りあえず座って、私はアロー公爵から預かっていた書類をホロル様に渡す。
私がトレジャーハンターだと信じられないホロル様は、アロー公爵の手紙と指示書を読み、「信じられない。まさかこの幼女が中位・魔術師以上とは」と呟き、家令のコーシヒクさんは「過去・輪廻とは何でしょう?」と首を捻った。
『サンタさん、なんや怪しい動きをしとるメイドがおるで。辺りの様子を窺いながらこっそり隣の部屋に入ったで』
『了解トキニさん。偵察ありがとう』
「コーシヒクさん、隣の部屋にこっそりメイドさんが忍び込んだみたいですけど、そんな指示を出してますか?
私の職業【過去・輪廻】は、偉大な先人の知恵や技を、現世で具現化する仕事なんです。
また先人は、守護霊として私を守ったり、見張りをしてくれたりもします」
私はホロル様とコーシヒクさんを手招きし、小声で怪しい動きをする者が居ると教え、自分の職業について説明した。
コーシヒクさんは凄く驚いた顔で私を見て、ホロル様は直ぐに指示を出した。
コーシヒクさんは頷くと、静かに部屋を出て行った。
残ったホロル様は、テーブルの上に置いてあったメモ帳に【私は臥せったままの病人を演じているので、この場に居ると知られたくありません】と書いた。
私とホッパーさんは大きく頷き、わざとらしい会話を始めた。
「お爺様、家令のコーシヒクさんは魔術具を買ってくださるでしょうか?」
「そうだなぁ、とても高額だから、家令の一存では決められないのだろう」
「私、待っている間にバルコニーに出てもいいでしょう? 誰も居ないから」
小芝居をしながら、私はバルコニーに出る大きなガラス戸を開けて外を見る。
『サンタや、この屋敷には呪術がかけられておるようじゃ』
『えっ、呪術?』
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