39 アロー公爵家の闇(2)
「早まるなサンタナリア」と、お爺様が私にストップを掛ける。
「でもお爺様、アレス君は私の二番目のお兄ちゃんで信頼できる仲間なの。
アレス君だって、お父様が心配でファイト子爵領に行くことなんてできないわ。
だから、せめて2人で、いえ、最速踏破者のメンバーと一緒にイオナの葉を取りに行かせて。
ここで何もしなかったら、アレス君も私も一生後悔する」
私は一歩も譲る気はないと、お爺様の前にずいっと出て反論する。
「ありがとうございますサンタさん。調査隊が来るのは2日後です。
今日か明日の内に【聖なる地】に行けるなら、是非イオナの葉をお願いします。もしも効果があれば、サンタさんはアロー公爵家の恩人です。
アレス君もそれならファイト子爵領に行けるだろう?」
ホッパーさんは、従兄であるアロー公爵やアレス君のお父さんを助けたい。
そしてアレス君も助けたいから、何とかしてファイト子爵領に行かせたいんだ。
「・・・僕は、お父様にお会いできないのなら、せめて、せめてできることをしたいです。でも・・・お爺様にも・・・お会いしたかった」
アレス君は刺客から身を守るためにゲートルの町に来ている。
だから名前だって、アンタレスではなくアレスと名乗っている。
ここのところ、アレス君が狙われている身だと強く意識することはなかったけど、敵は狡猾で毒を使うような卑怯者だ。
アレス君は決して我が儘なんて言わないし、ホッパーさんを困らせることもしなかった。
そんなアレス君が、初めてお父様やお爺様に会いたいと言った。
似たような境遇でも、私はお爺様に毎月会うことができる。
ぽたりと涙を零したアレス君を見て、ずっと我慢していたんだと私は気付いた。
……アレスにいに、ごめんね。にいには絶対、絶対私が守る。
「それなら、私が最速踏破者に緊急で採取依頼を出そう。サンタは留守番だ!」
「お爺様、最速踏破者だけじゃ【聖なる地】に行くのは無理。
他のパーティーと合同だと、2キロまでしか入れない。
お爺様が私を大事に思ってくれるのは嬉しい。でも、私はトレジャーハンターで最速踏破者のメンバーよ。
お爺様は・・・お爺様は、私に嫌われたいの?」
泣くまいと耐えているアレス君の隣に立って、私はぼろぼろと涙を零しながらお爺様を脅す。
必殺泣き脅し! 嘘泣きじゃなくて本気で泣いてるけどね。
言ってることは可愛くもないけど、見た目は立派に可愛い幼女だもん。
「うっ・・・」と、お爺様が後退る。
『えげつないのう』と、サーク爺がお爺様に同情する。
『これは効いてるでサンタさん』と、トキニさんが感心しながら言う。
『まあ、仕方ないですね。男って、女を弱い者扱いしやがりますから』
冒険者をしていたパトリシアさんは、女性というだけで弱いとか生意気だと言われてきたって愚痴ってたから、泣き脅しだろうが負ける必要はないと応援してくれる。
私とアレス君は、泣き脅しに屈したお爺様を連れて、トレジャーハンター協会ゲートル支部にやって来た。
ホッパーさんは、今日は休んでいる最速踏破者のメンバーが借りている拠点に、緊急依頼しに行ってくれた。
『サンタや、何やら面倒ごとのようじゃ、アレスにフードを被せておけ』
「アレス君、中で何か揉めてるみたい。サーク爺がフードを被れって」
私はサーク爺の指示を聞き、直ぐアレス君に伝える。
アレス君は頷きフードを深めに被り、私もフードを被っておく。
お爺様は厳しい表情で、私とアレス君の前に出てドアを開く。
「私は中位・魔術師だ。トレジャーハンターなど居なくても問題ない! 護衛も2人居るんだ」
ドアを開けると、如何にも魔術師でございますってローブを着た男が、受付に居るチーフとサブチーフに向かって大声で文句を言っていた。
ローブを着た男の後ろには、傭兵のような男が2人立っている。
「いいえ、古代遺跡を管理しているトレジャーハンター協会では、トレジャーハンターが魔術師を同行する許可はしていますが、魔術師だけではゲートの先には入れないと決められています。
国法でも、トレジャーハンターの権利は守られています。
どうしてもと仰るなら、本部の許可を取り幹部を同行してください」
対応しているチーフは冷静な表情で、横柄な魔術師に向かって断言する。
私たちは顔を見られないよう、掲示板を見る振りをしながら耳を傾ける。
「なんだと! 私は伯爵家の人間だぞ! それならトレジャーハンターを雇えばいいんだな? 誰か新しく発見された遺跡に付いてこい!」
何だろうこの男・・・口調も態度も尊大で、勝手にハンターに命令してる。
「フッ、伯爵家の人間ともあろう者が、国が決めた法に背き不正を認めろとは・・・魔術師協会の協会長に報告すべき案件ですねチーフ。
それに新しく発見された遺跡は、調査が済むまで立ち入り禁止だ!」
「そうだなサブチーフ。明後日には調査隊を率いて魔術師協会のトップであるアロー公爵がお見えになる。
貴殿の名前と所属を聞いておこう。ハンターたちは、決して同行しないだろう」
領地こそ持っていないが、チーフは子爵家当主だ。伯爵家当主でもない伯爵家の人間なんて恐れることはない。
やましいことがなければ名前や所属を言うはずだけど、男は「クソッ」と吐き捨てチーフを睨み付けて出ていった。
……どこの伯爵家だよ! まさかヒバド伯爵家の息子? あんなバカが?
受付で疲れた顔をしているチーフとサブチーフに、私たちは笑顔で近付き協会員専用部屋に来て欲しいと頼む。
あの怪しい魔術師は、トキニさんが追跡してくれてるけど、300メートルくらいしか様子を確認できない。
「先程のあれは?」
「ああ、見られましたかファイト子爵・・・今日だけで、2回目なんです。
午前にも似たような中位・魔術師が来て、【聖なる地】へ向かう地図を出せとか、自分は魔術師協会の幹部の指示で来たとか・・・まあ、戯言でしょう。
それで本日はどういったご用件でしょう?」
「チーフ、今から私が最速踏破者メンバーに、【聖なる地】のイオナの木の葉を採取する緊急依頼を出します」
お爺様は笑顔から一変、厳しい表情でそう言った。
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