119 2つの受験(4)
私はエルドラ王子の前に跪いてお願いする。
この会場に居る者は、私が王子の友人だなんて誰も思っていない。
だから、ただの受験者の、しかも小さな少女が王子様に対し、身分も弁えず願いごとをするという行いに、『えぇーっ!』て心の中で盛大に叫んでいた。
普通に考えれば有り得ない無礼。
でも少女の前にはもっと無礼で、主審にあるまじき暴言を吐いた男が立っている。
いったい王子は何と答えるのだろうかと、皆はゴクリと唾を飲みながら王子から視線が外せず、耳は王子に向けられ静まり返っている。
「魔術師試験は、如何なる時も公正であり不正を許さないからこそ、合格した資格に価値と信用が得られているのだ。
受験者を、くだらない私怨や権力で不正に扱うことは許されない。
よって、失格を言い渡した主審は、少女が申し出た対戦を受けるのではなく、失格を言い渡した己の言動が正しかったと証明するため、自分から対戦を申し出よ」
ゆっくりと大きな声で、そしてデモンズを指さし王子は対戦命令を出した。
会場内からワーッ!と歓声が上がる。
殆どの者が、アレス君の判定に納得しておらず、私に対する言動も、立派な魔術師が口にするとは思えない口汚さで、品位を欠いていた。
小さな少女を大声で恫喝する姿に、皆は不信感を募らせていた。
「それでは対戦の審判は、王立能力学園魔術師学部の部長教授である私が引き受けましょう」
何処からかエバル教授が現れ、大真面目な顔をして王子の前で礼をとった。
……あれ、エバル教授も来てたの?
エバル教授の登場により、対戦を辞退することなどできない雰囲気ができ上っていく。
王子の命令に渋い顔をしていたデモンズだけど、「フン!」と悪人顔をますます歪めて私を睨んだ。
「王子のご命令をお受けし、この者が神聖なる魔術師試験の受験者に相応しくない無能であることを証明いたします」
絶対に勝てると思っているからか、デモンズは胸を張り王子とエバル教授に向かって宣言した。
「逃げることはできないぞ!」と、私に向かって言うから、「いや、私が先に対戦を申し込んだんだけど?」って言い返してやった。
この試験会場の半分は【中位・魔術師】の試験用になっており、半分は明日行われる予定の【上位・魔術師】用にセットされていた。
【中位・魔術師】試験の方は、【下位・魔術師】の試験が高度になっている程度で、的の距離が遠くなったり、破壊する石の大きさが岩になったりする。
【下位・魔術師】にない試験内容では、自分の持つ属性を使った攻撃か技を披露するというものがある。
因みにアレス君は、最後の属性披露で魔術と魔法を合体させ、破壊した岩を修復するという【高位・魔術師】でも難しい、高難度の技を使い見学者たちを驚かせていた。
壊れた的を取り替える必要があるので、会場内には同じ的や岩のセットが4箇所あるが、試験では1人だけがセットの前に立ち、2人が同時に使用することなどなかった。
王立能力学園では魔術対戦なんかもあるから、数人が同時に競技することもあるとエバル教授から聞いている。
対戦内容は、どちらが早く全ての的に魔術を当てられるかを競うものと、岩を破壊する威力、そして、得意な属性の技を披露すると決まった。
「すみませーん! 対戦前にひとつお聞きしたいのですが、私が無能だったら失格なのは分かりましたが、私が勝利した場合の主審には、どういった処罰が、いえ、どう責任をとっていただけるのでしょうか?」
大事なことを聞き忘れていたので、スタート位置に向かいながら私は右手を上げ、王子とエバル教授に質問した。
その途端、驚愕の視線が私に向けられ、「なんと恐れ知らずな」とか「子供ゆえの発言か」とか「なんだこの子供は?」とか「確かにそこは大事だよな」とか、いろいろな声が上がっていく。
まあ普通の魔術師なら、王子と王立能力学園の部長教授の前で対戦するなんて、緊張して冷や汗ダラダラで足が震えてもおかしくないのかもしれない。
それを、緊張感など感じさせない声と態度で質問したもんだから、だんだん私を見る視線がいつものように奇異の目とか異質な者を見る目に変わっていく。
……フッフッフ、驚くのはこれからよ。
「当然、先程のアンタレス君の判定も含め、審判としての能力不足を認めさせ謝罪させる。また、魔術師協会の最高責任者であるアロー公爵に報告し、処罰されることになるだろう。
でも、まさか負けることなどあり得ないと思うが……なぁ」
「そうですねエバル教授。ですが、魔術師協会の幹部として主審を務める者が、受験資格を勝手に奪うという前代未聞の判定をし、僅か8歳の少女に対戦で負けるのですから、恥ずかしくて魔術師協会には居られないでしょう。
もしも負けた場合は、王宮審議会に掛けると約束しよう」
エバル教授もエルドラ王子も、デモンズが負けるはずはないと言ってはいるけど、どことなく本当に勝てるのかを、疑っている感じが出てしまっている。
王子は私の味方で、エバル教授はどちらの味方なんだろうと見学者は首を捻る。
大多数の者は、間違いなく主審デモンズが勝つと思っているだろう。
それでも万が一ということもあると思ってか気の毒に思ってか、「嬢ちゃん頑張れ!」って声援が何処からか飛んできた。
「相変わらずの大口。子爵の孫程度の身分で生意気なガキだ。女の魔術師など役にも立たない。負けた後で泣いて平伏してもお前は失格なんだ。完膚なきまでに力の差を見せつけてやる。フン!」
「へ~っ、自分より身分が下の者は見下し、女性を役立たずと断言しちゃうんだ。
それが魔術師協会に所属する幹部の常識なら、絶対に就職したくないわね。
毎日毎日、一生懸命に魔術の練習をしてこの場に居るのに、その努力を認めず、実力ではなく気に入らない者を踏みにじると言うのなら、私は負けるわけにはいかない」
片やお偉い魔術師協会の40歳くらいの幹部、片や【中位・魔術師】試験を初めて受ける10歳未満の少女。
勝って当然の対戦なのだが、どう見ても、何を聞いても弱い者いじめにしか思えないと、見学者の意識は変わっていく。
「両者、スタート位置に立ちなさい」と、エバル教授の声が響いた。
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