110 西地区の闇(6)
残酷な流血シーンが含まれています。苦手な方はご注意ください。
私に続きアレス君も、漏れそうだ―って言いながら暴れる。
「煩い、騒ぐな!」って、私を担いでいる男が怒鳴った。
「じゃ、じゃあ、漏らすー!」って、私は半泣きの声で叫ぶ。
「チッ、俺の肩で漏らすんじゃねえ!」
男は怒鳴って、私を乱暴に地面に降ろして袋から出した。
アレス君を担いでいた男もアレス君を地面に降ろし、「顔が見えないよう袋に入れたままヤル予定だったのに」って呟いた。
……危ない危ない、袋に入れたまま刺し殺す気だったんだ。
「見ないでよ!」って文句を言いながら、私はアレス君と一緒に草むらの中に進んでいく。
「それ以上はダメだ、そこでしろ!」って、リーダーらしき男が命令し、他の男たちは逃がさないよう私たちを中心に、円形に広がって見張ろうとする。
「いやーね、少女の御花摘みを覗こうとするなんて、顔? 顔がいいかな?」
「いや、やっぱ太腿だよサンタさん。顔なら得意の目潰しだよ」
「そうだね。しゃがんだ高さなら太腿もイケるね」
草むらにしゃがんで、私たちは小声で敵討ちの打ち合わせをする。
私はウエストポーチから先ず小石を取り出し、ポケットに詰め込んでいく。
アレス君は得意の土魔法を発動し、先の尖った矢じりみたいな物をせっせと量産する。
ニヤリと微笑んだ私とアレス君は、お互いしゃがんだまま最初に攻撃する敵をロックオンした。
「おい、まだか!」という不機嫌そうな声を合図に、「ウインドシュート」と言いながら、私はリーダーらしき男の瞳を目掛けて小石を放ち、アレス君はサブリーダーらしき男の太腿を高速で撃ち抜いていく。
そして立ち上がると、他の男たちにも連続で攻撃をしていく。
何が起ったのか分からない男たちは、「ギャーッ!」とか「攻撃だー!」とか叫んで反撃しようとするけど、私たちに近付くと容赦ないエアーシュートが放たれ、5メートル後方に吹っ飛んでいく。
吹っ飛ばされた男は、アレス君の攻撃が右足に命中していたようで、足を引き摺りながら逃げようとするけど、その進行方向には美しい金色の毛並みのシリスが待っていて、直ぐに飛び掛かって容赦なく腕に噛み付いている。
シリスは体長1.5メートルくらいの大きくなっていて、飛び掛かられたら逃げることなんかできそうにない。
……やっと出番が来て、凄く嬉しそうに男たちに噛み付いている。
上級魔法使いになった私は、狙った的を外すことはないから、ほぼ全員の片目からは血が流れ、太腿や腹にはアレス君の攻撃が命中していた。
「や、やめろー!」とか「止めてくれー!」て叫ぶけど、今までアンタたち、そうやって泣き叫んだ人を助けたりしてないでしょ?
どの口で「殺さないでくれー!」って言ってるの?
いたいけな7歳の少女と9歳の少年を、ためらいもなく殺す気だったくせに!
「人殺しの【闇烏】が、命乞いなんて見苦しい!」
アレス君は、怒りと呆れが混ざった複雑な表情で怒鳴った。
それでも逃げるため這うようにして動けば、大型光猫のシリスにがぶりとヤラレ、頭上からは氷や炎の攻撃が容赦なく降り注ぐ。
完全に戦意を喪失するまで、決して攻撃の手を緩めたりしない。
こいつらは殺し屋で悪党で、アレス君のお母さんを殺した極悪人だ。
「殺すのは簡単。でも、過去に何をしたか吐かせてからでも遅くない」
「そうだねサンタさん。ねえ【闇烏】のおじさん、さっき5歳のガキを殺し損なったって話してたけど、それって4年前の中級学校の教師の家のガキのこと?」
アレス君は右掌の上に炎を浮かべて、右目と左足から血を流しているリーダーらしき男に近付きながら問う。
すると男は、隠し持っていたらしいナイフを取り出し、あろうことかアレス君に向かって投げようとした。
でも残念。素早くシリスが腕に噛み付き、右腕を食い千切った。
「ギャーッ!」とリーダーらしき男は叫び、のたうち回る。
「まあシリス、とっても逞しくなったんだね。助けてくれてありがとうね」
口元に血を付けたシリスの首に抱き付いて、私はワシワシと体中を撫でまくる。
「次は左腕を焼いたら答えてくれるかな?」
既に気を失いそうになっているリーダーらしき男の左腕に炎を近付けて、アレス君は怖い顔をして訊いた。
『サンタさん、最速踏破者の皆が来たわよ』って、パトリシアさんが教えてくれる。
「アレス君、ここから先は大人の仲間に任せよう。こんな奴ら、殺す価値もないよ。何も答えないってことは、アレス君のお母さんを殺した犯人で間違いないね」
化け物を見るような視線を向ける悪党たちを睨み付け、これ以上はダメだってアレス君に言う。
「でも、でも、こいつらが・・・こいつらが母さんを!」
「うん、分かってる。でも、本当の極悪人は他に居る。私たちの手で天誅を下すのは依頼人。【闇烏】は拠点ごと殲滅しなきゃ。コイツらはただの下っ端」
悔しそうに拳を握り、唇を咬んで涙を流しているアレス君は、リーダーらしき男の顔を蹴り飛ばし、「分かった」って頷いてくれた。
『よく我慢したなアレス、サンタ』って、同じように涙を流している私に、サーク爺が声を掛けてくれた。
「大丈夫かサンタさーん!」って言いながら、馬車から降りた最速踏破者の仲間たちが駆け寄ってくる。
「こ、これはまた・・・」って、悲惨な現状を見たサブリーダーが、言葉を詰まらせた。
「た、助けてくれ、このガキどもに襲われたんだ」
比較的傷の浅い男が、まるで被害者のようなことを言って助けを求める。
「こいつらは【闇烏】。可愛い子供の私たちを殺そうとした。そして、こいつらはアレス君のお母さんを殺した犯人だった。
この手で、この手で殺して、こ、殺し・・・うぅ、グスン」
懐かしい仲間の顔を見て、現状を説明しようと思うんだけど、上手く説明できずに涙が溢れてくる。
「なんだと! こいつらがアレス君のお母さんを?」
リーダーは血だらけで怯えている男たちを睨み付け、ボキボキと指を鳴らし始める。
「これまでも散々悪事を働いてきたんだ。一人や二人死んでも罪に問われることはないだろう」
「そうだぜサブリーダー、よくぞ殺してくれたって、王都の住民から感謝されるだろうぜ」
そう言って槍のサバンヤさんは、助けを求めた男の足に槍を突き刺した。
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