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1章 5部

 俺とリザードマンがツリーハウスに戻ってきた頃には、もう日が暮れていた。


(そうだよね……普通に日、暮れるよね……)


 俺は森の中に沈んでいく太陽を見ながら、不思議と安心する気がした。こっちの世界も元の世界と同じだからかもしれない。


(でも……電気無いんだよね……)


 それには不安を覚えざるを得ない。リザードマンに担がれながら、俺はそう思った。


(でも……このヒトが居れば、とりあえず死なずには済みそうだな……)


 広い緑の背中が、それを物語ってる気がする。それに、村の中を回って俺の紹介をしてたっぽいし、今更殺すなんてことはないはずだ。……たぶん。

 リザードマンは俺を家の前で下ろすと、先に家の中に入っていく。もうジェスチャーしなくても分かるだろ? って感じだと思う。


(……それに、もうリザードマンを頼るしか生きていけなさそうだし……。……変な事されたり、奴隷にされたらどうしよ……)


 そう考えると、暗くなってきた家の中に入るのが怖い気がする。それに、草履は脱いだ方がいいのか分からない。エルフさんは脱いでなかった気がするけど……。

 その時、リザードマンが葉っぱの暖簾から、ぬっと顔を出した。俺が入って来ないのを不審に思ったのかもしれない。


(あ……今入ります……)


 俺はリザードマンに手招きされるまま、家の中に土足で入ってく。

 やっぱり、昼間に比べて明らかに暗い。窓が三つあるから、まだ何とか見えるけど、完全に日が沈んだらほぼほぼ見えなくなると思う。


(……トカゲって夜行性なのかな……。いや、それはヘビか……。……何してるんだろ……)


 リザードマンは家に入るなり、棚の中を整理している。一番下の段に入っている焦げ茶色っぽい壺みたいな物を自分の横に置いて、中を確認して並べている。

 棚の中には意外といろんな物が入ってて、灰色の布や大小二つずつの壺がリザードマンの横に並べられている。


(あ……光……? 星だ……!)


 リザードマンの背中を見つめていると、そのすぐ後ろ――部屋の中央付近に淡い光が差し込んできた。明るい……! これなら充分見えそうだ。

 俺は天窓から空を見上げてみた。そこには枝の間からキラキラ光る、まるで木の枝にイルミネーションを付けたような夜空が広がっていた。


(はぁー……! スゴ……綺麗だなぁ……)


 外に出て星空を眺めたい気もするけど、勝手に行くとリザードマンに不審がられちゃうから、じっとしてよう。家の中でも薄っすら明るいから、外はもっと綺麗なんだろうな。だから、この明るさも計算して窓を作ってるのかもしれない。

 そう考えてると、リザードマンがこっちに振り返った。そして、俺との間あたりの床に灰色の布を広げた。


(あ……もしかしたら……ご飯?)


 リザードマンが布の上に壺から取り出した緑色の丸い物を並べていく。明かりに照らされたそれをよく見ると、何かを葉っぱで包≪くる≫み、上の部分を麻みたいな紐で縛っていた。まるで柏餅とかおにぎりを葉っぱで包んでいる様に見える。それが大小二つずつ並んでいるのを見ると、何となくピクニックとかが連想できた。


(……布の上には座んないで……対面に……並んである前に座ればいいのかな……?)


 リザードマンがこっちを見ていたので、俺は布を挟んで反対側に立った。すると、リザードマンは「座れ」のジェスチャーをしている。やっぱり。俺はそう思いながら座った。この恰好で胡坐≪あぐら≫をかくとフンドシが丸見えになっちゃうけど、リザードマンしか居ないからいいか。

 リザードマンは俺が座ると、前屈みになって自分の目の前にある草団子の紐を解き始めた。キツく縛られていそうなのに、リザードマンは四本の指を器用に動かして解いていく。紐も普通に切れそうな鋭い爪で切ったりはしない。


(ッ! ……肉……?)


 包んでいる葉っぱが、ふぁさっと布の上に広がると、中から赤い物が出てきた。ほんのりと鉄臭い気がする。生肉っぽいけど少し乾燥してるみたいで、血は流れてこない。部屋が暗いから赤黒く見えるだけかもしれないから、たぶん……たぶん内臓とかじゃなくて、赤身の部分だと思う。


(……まさか……人肉じゃ……ないよね……? いやっ……そんなことないでしょ……さすがに……)


 草の皿に乗った焼肉の……ハラミとかカルビに見える。でも、何の肉かは判らない。聞けもしない。焼肉とか、スーパーのパックとかでは感じなかった生々しさを、今凄い感じる。正直、ご飯だと思って少し期待していた部分はあるし、お腹も減っていた。でも、今は胃が重い。

 そんな俺の気を知らずに、リザードマンは小さい方の草団子を開けていく。


「うぇっ!?」


 思わず声を上げてしまった。いや、上げずにはいられない……! 小さい草団子の中からコロっと出てきたのは、丸い形のイモムシだった!

 俺はのけぞりながら胡坐を解き、膝を付いた姿勢を取る。いつでも立てるように。

 その状態でイモムシを観察すると、たぶん死んでいて、少し……いや、だいぶ乾燥しているのかもしれない。元々白い皮膚だったのが、たぶん乾燥してシワシワになってる。それで所々黒ずんでるんだと思う。……顎≪あご≫の代わりに髭≪ひげ≫が何本も生えた様なカブトムシの幼虫みたいだ。そう思うと、少しはマシに見える。


(葉っぱの上に転がっても動かないから、たぶん死んでるけど……食べるなんて絶対無理!!)


 生きてようが死んでようが関係ない。口に入れて噛むことを想像するだけで、昼に食べたフルーツが戻ってきそうだ。

 そう、リザードマンはトカゲッ! フルーツも食えば肉も食うし、虫だって食べる! 

 当の本人は俺を見つめた後、何事もなかったかのように俺の目の前に二つの葉っぱの皿を移してくる。


(頷いてる……。食べ物かどうか判らないからビックリした、って思われてるんだ……。判るよ! それぐらいっ! 食べたくないんだよっ!)


 ていうか、このリザードマンは人間に理解があるんじゃなかったの!? 人間は食べないよ! 虫はっ!

 俺は首を振ろうと思ったけど、リザードマンは下を向いて自分の分を開け始めた。


(え? そうだよね? まだ何か出てくるの? でも、包みは二個ずつだし……)


 その通りだった。手慣れた早さで紐が解かれ、中から出てきたのは同じメニューだった。

 そこでリザードマンも胡坐を組んだ。何となく新鮮な気がする。すると次は、手のひらを胸に当てて何かを呟いている。


(え? 何……? 呪文……!?)


 まさか、調理前の食材が良い感じに調理された姿に……ならなかった。

 リザードマンは詠唱が終わると、すぐに自分の分の生肉を摘まんで口に持ってった。そして、モグモグそれを食べながら、俺の方の生肉とイモムシを指差している。


(違うんです! 警戒してるわけでも、待ってるわけでもないんです! 食べられないんですっ!)


 ずっと固まったままの俺を見ながら、リザードマンはイモムシも食べた。ペキッ、パキッという音とモニュモニュという咀嚼音≪そしゃくおん≫が家の中に響いている。

 この音を聴いているだけで済むなら、俺は動かない……! そう思ってたのに、リザードマンは俺を見つめながら再び生肉とイモムシを指している。


(ごめんなさい……食べられないんです……)


 俺は少し上目遣いで、申し訳なさそうにゆっくりと首を横に振る。頼む……伝わってくれ……!

 その時、リザードマンが無言のまま立ち上がった!


(まずいっ! 怒った!? 無理やり食べさせられるっ!?)


 俺はビクッと身構えて立ち上がり、両手で口を覆った。でも、リザードマンはこっちに来ることなく、後ろの棚の方に向かった。そして、四角い何かを持ってきて布の中央にスッと置いた。俺はそれを前のめりになって観察する。

 俺がギリギリ片手で持てるくらいの鉄の箱だ。表面が少しボコボコしてるから持ちやすそうではある。被せ蓋が付いてるということは……中に何か入ってるということだ。


(もしかして……フルーツ!? いや……でもっ、お願いします! そうであってくれぇ!)


 俺の願いに答えるように、リザードマンは蓋を持ち上げた。その中には、何も入っていない。


(いや……水……?)


 じっと見つめると……そうだ! 水面がある。たぶん、水だ!

 俺がリザードマンの方を見つめると、リザードマンは蓋を横に置いた後、頷いて鉄の箱を掴んだ。そしてそれを口の前で静かにクイッと傾け、飲んでいる。まるでお酒のようだ……!

 そうした後は、自分の喉を指差して「ちゃんと飲んだ」アピールをしている。……毒とか、そういう警戒はしてないんだけど……。


(でも……何かは口に入れなきゃ怒られるかもしれないし……。どうせ入れるなら水一択だよな……)


 リザードマンは鉄の器を俺の前に置いている。なので俺は座り直して、とりあえず水の臭いを嗅いでみた。

 無臭。だけど、少しだけ白く濁っている。リザードマンの口から生肉の脂が移ったんだと思う。……このヒト、虫も食ってるんだよなぁ……。


(……水だけなら……。……喉も乾いてるし……。……よし!)


 リザードマンに見つめられながら、俺は決めた。水だけ! 水だけいただきます!

 俺は両手で鉄の器を持って、勢いよく飲むフリをして唇に付いた水を少しだけ飲んだ。


(んっ! ……美味い!)


 生肉の脂っぽさとか、虫の味とか全くしない! むしろ逆で、爽やか! 乾いてた唇が一瞬で潤った気がする。舌先や喉の渇きもなくなっていく……!

 もう一口飲もう。俺はそう思って、今度は普通に飲んだ。

 美味いっ! 冷たくないのにめちゃくちゃサラサラで、勝手に喉に流れていく気がする。それなのに、しっかり口の中に森の味? 匂いが残っていて、まるであの森の中で深呼吸したみたいな感覚がする。しかも、それが口から胃に流れていくのが判る。


(はぁ……落ち着く……。……この水があれば……いや! もしかしたら、見た目がアレなだけで、この世界の食べ物全部美味しいのでは……!?)


 俺は閃いた。そんな気がする……! リザードマンも頷いてる……!


(そうだよ……やっぱりこのヒトは分かってるんだ! こっちの世界の人とか……たぶんエルフも、見た目がグロい物も普通に食べるんだ! 美味しいから!)


 そう思って生肉を見つめると、何だかイケる気がしてきた。この水も、あのフルーツもそうだった。信じてみよう、リザードマンを……!


(それに、せっかく用意してもらったのに食べないのは……流石に失礼だし……もしかしたら……怒って追い出されちゃうかもしれないし……!)


 俺はそう考えながら、草の皿毎生肉を両手で持った。案外ズシッとしている。落とさないように目の前まで持ってきた後は、簡単に嚙み切れそうな所を探す。リザードマンが摘まんだサイズは、ステーキ並みだった。いきなりはそんなに食えない。


(よしっ……ここなら……! ……いきますっ!!)


 俺は筋が入っていて、切れやすそうな所を見つけたので、そこを狙って噛みついた。


「うっ!!」


 狙い通り噛み切れた、その柔らかさ。それに反するような弾力。噛んだ瞬間に拡がってくる生臭さ。血の味。ぐにゃあとした、不味さそのもの。

 俺は生肉を置きつつ、口に含んでいた分を丸呑みした。その次の瞬間には鉄の器を鷲掴んで、一気に水を飲み干した。


「くぁっ! ……はぁ……はぁ……!」


 足りない。半分じゃ足りない……! もっと……もっと水が欲しいぃ……!

 まだ口に生臭い血の臭いが残ってる。あと凄い……嗅いだことないような……動物の肉の臭いが……! 野生動物の肉は臭いって聞いたことあるけど、たぶんまさにこれが……その臭いだ……!!


(お願いします! 水を……水を下さい……!!)


 俺は土下座の様な姿勢で鉄の器を掲げて、水が欲しいとジェスチャーした。お願いしますお願いします……! どうか伝わってください……!!

 そう願った瞬間、鉄の器の重さが消えた。はっ! と顔を上げると、リザードマンは外に出て行った。


(やった! ……伝わった伝わった……!?)


 俺もすぐに外に出た。顔を洗った時の水でいい。雨水でも何でもいいから水が飲みたい! もしくは、あのフルーツが食べたい!

 俺が家の表にある水道の所まで行くと、そこでリザードマンは鉄の器を洗っていた。そしてその後、水道の鉄の受け皿の右側に置いてある、台形の灯油缶の様な鉄の容器の蓋を開けた。そこから、さっきの鉄の器に水を汲んでいる。

 リザードマンはそれを横で見ていた俺の方に、スッと渡してくれた。


(ありがとうございます! ありがとうございますっ!)


 俺は深く頭を下げてから、すぐに鉄の器を受け取って、思いっきり飲んだ。ゴクゴクと、その勢いのまま飲み干した。


(あぁ……だいぶマシになった……! あ、いや! もういいです!)


 俺の飲みっぷりを見て、リザードマンは「もう一杯飲むか?」と手で水を飲むジェスチャーをしている。なので俺は、首を振って断った。

 それにリザードマンは頷いた後、俺から鉄の器を受け取った。それをもう一回洗い、同じ様に台形の容器から水を汲んでいる。


(意外にキレイ好きというか……ちゃんとしてるんだな……)


 俺は一緒に家の中に戻る時に、そう思った。

 戻って、リザードマンが布の前に座った時。俺は布から離れた所――リザードマンと反対側の窓の近くについた。

 リザードマンは手招きで俺を呼んでいる。でも俺はそっちに行かない。目も合わせない。

 意思表示。「もう、いりません」という俺の気持ちを伝える……!

 リザードマンは俺の方に鉄の器を置き、イモムシを指差している。俺はそれに強く首を横に振る。それは人間の食べ物じゃありません。

 リザードマンはもう一度手招きしている。何となくその動きに怒りが込められているような気がして、俺は恐る恐るリザードマンと目を合わせた。

 こっちをジッと見ている。いや、初めて睨まれてる気もする。恐い。ちゃんとしてるヒトだから、食事を粗末にするのは怒るんだ……!


(でも……そんなこといったって……イモムシは無理だよ……! 絶対無理……!! 想像通りの味だよ……水あっても無理だよ……!!)


 何か……何かそれを伝える方法……! 「ダメです」「無理です」首振る以外に……バッテン……。……ッ!


(これしかないっ! ……大丈夫……! このヒトはこんなことで殺しはしないっ! きっと、最悪無理やり食べさせられるだけだっ! 嫌だけど!! ……伝われぇ!!)


 俺はキビキビと膝を付いて座り、そのまま両手を床につけて、その勢いで頭をゴンと床につけた。

 土下座。もう、これしかない。

 おでこが少し痛い。勢いをつけすぎたかもしれない。でも、こうでもしなければ伝わらない。俺はイモムシが食べれません! って。

 ……リザードマンの沈黙が恐い。静かだけど、もしかしたら気配なく俺の前に立ってるかもしれない。


(ん……? あれ……?)


 静かにモニュモニュという咀嚼音が聞こえてきた。まさか、通じた……!?

 俺がゆっくり頭を上げると、リザードマンは布の向こうで座ったまま、自分の分の生肉とイモムシを食べていた。


(よかったぁ……! 許された……!!)


 俺は四つん這いの姿勢になって、リザードマンを見つめた。立つか座り直すか悩んだからだ。

 リザードマンは胡坐をかいたまま、自分の分を食べ進めている。下を向いて、俺の方を見ずに。その姿が、なんだか寂しそうに……虚しそうに見える。

 そして、自分の分を食べ終えた時、こっちを見た。


(その……見られても……)


 俺は何だか申し訳なくなって、下を向いた。すると、リザードマンは俺の分の生肉に手を伸ばした。

 その様子を上目遣いでチラ見すると、リザードマンは俺が齧った生肉だけを食べて、残りは包み直していた。モニュモニュと肉を噛みながら、器用な指使いで葉っぱに紐を掛け、結んでいる。でも、動きは同じでも何となく雰囲気が違う。怒ってる感じじゃなくて、やっぱり悲しそうに見える。


(……そりゃ……リザードマンには美味しいご飯かもしれないけど……俺には食えないし……。……え? もしかして……この世界のエルフとか人間って……普通にああいうの食べるのかな……?)


 俺は何となく正座してリザードマンの様子を窺いながら、そんなことを考えていた。


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