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1章 3部

 村だ……村が見えてきた……!

 足の裏が痛くて立ち止まりたかったけど、ようやく立ち止まれそうだ。

 なんて、安心していられない。森を抜けた先、草が生えてない、なんとなく踏み固められたような道の向こうに見えるのは、リザードマンと同じくらいの大きな石が二つ置かれた門? と、そこから左右に延びる、俺の腰くらいの高さの木の柵だ。

 村の文化レベルは相当低いかもしれない……。でも、まだ判らない。

 きっと魔法があるから、それで便利な生活をしてるかもしれない……!


「あ……」


 リザードマンから歩くよう促されたので、俺はゆっくり歩きだした。

 リザードマンは、こんなキョロキョロいろんな場所を見てる奴を怪しいと思わないのかな? この人はここまで来る間、一切乱暴なことをしてこなかった。たまに目が合っても、今みたいにゆっくり頷くだけだ。

 前を歩いてるエルフの子と狼は、一切こっちを振り返らないで歩いてる。


(なんか……イメージだと逆のような気がするけど……しょうがないか。初めて会った時が真っ裸だし……)


 そんなことを考えながら、草の生えていない道を歩くうちに、村の入り口が近づいてきた。入りたいような、入りたくないような……。でも、入らない選択肢はない。

 なんだか鳥居に似てる。入り口に立つ二つの石柱に近づいた時、一瞬だけそう感じた。


「わぁ……」


 思わず声が漏れた。

 村の門の先には、見たこともない世界が広がっていた。

 ネコやブタのような哺乳類の動物たちが、リザードマンの様に二足歩行で歩いてる!

 子供が作ったような形の赤茶色の人形(もしかしたら土偶とかなのかもしれない)が、木箱を運んでる!

 ツタの様な、触手みたいな、芋虫みたいな生き物が、地面をヘコヘコ歩いてる!

 凄い……! 人間がいない……!!

 本当に異世界に来ちゃったんだ……!

 建ってる家? も、見たことない形の物ばかりだ!

 木で作られた三角形の家。レンガのような石で作られたドーム状の家。大きな茂みを纏めたような、植物がモッサリとした家。

 それに、獣人以外にもちゃんとした動物たちも居る。と思ったら、そういえば目の前に狼がいた。おっきいけど。

 そう、大きい。毛の長い牛みたいな動物が道の脇に居るけど、狼よりも大きい。ゾウ……よりかは小さいから、たぶんゾウとサイの間くらいのサイズだと思う。

 流石、異世界! 日本よりもスケールが大きい!


「あ……はい」


 またリザードマンに歩くよう催促されてしまったので、俺はエルフの子たちに向かって歩き出した。その時だった。


「○○○○○○! ○○○、○○○○○○〇!」


 右斜め前の三角形の家の前で、木の皮っぽい物を干していたネコの獣人が、エルフの子の様な勢いでこっちに迫ってきた。茶色の毛を逆立たせて、牙を剥いた表情が恐い。めちゃくちゃ威嚇されてる気がする。


「○○○○。○○○○○○○○○○、○○○○○○○○」


「……○○○○、○○○○○○○○○○○○○?」


 リザードマンと会話しているうちに、ネコの獣人の毛と表情が普通に戻っていく。いや、怪しんでいるような表情にも見えるけど……。

 というか、気づけば周りに村人? たちが集まってきていた。その表情を見てると、獣人というより妖怪に見えてくる。土偶とか虫とか、明らかに人じゃないのも居るし……。

 武器は持ってないけど、今にも襲い掛かって来て、袋叩きにされそうな感じがする。


「ッ!」


 もしかして、見せしめとかで処刑される!? それか、食べられる!? そうだよ! 食べるつもりなら傷つけたりしないじゃん!


「ひっ!」


 そう考えていたら、リザードマンに肩を掴まれた。ビックリして振り払おうとしたけど、ビクともしない……。


「○○○○○○○○○○○○! ○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○!」


「えっ!? ちょ……待って……!」


 リザードマンの大声の呼びかけに反応して、周囲から歓声が聞こえてくる……気がしただけだった。

 実際は集まっていた人たちが、一人ずつ離れていくだけだった。俺を睨みながら。

 そうして、人だかりが無くなったところで、エルフの子がリザードマンに声をかけている。それに対して、リザードマンは頷きながら応えた後、俺の方を見て大きく頷いた。


(……た……食べない……殺さない……?)


 そう思いながら、俺はリザードマンを見上げて頷いた。

 リザードマンは何も言わずに、そっと俺の背中を押した。それに従って、俺がエルフの子の方を向くと、エルフの子は俺と目を合わせた後、フイと前を向いて歩き出した。

 周囲の視線を見た後に、前後を歩く二人の眼をみたら、何となく二人は俺に同情してくれてるような気がする。村の中を歩いていると、いろんな村人から敵意というか、殺意のような視線を向けられてくる。野生動物の縄張りに入り込んだ感が凄い。


(餌じゃなかったら……犯罪者……奴隷みたいだよね……)


 日差しがあるから寒くはないけど、冷たい……を通り越した視線が痛い。わざわざついてくる人はいないけど、通り過ぎる誰もが視線で刺してくる。


(俺……なんにも悪いことしてないのに……)


 ……いや、エルフの子に露出狂みたいなことした。あ、そうか……。

 この村、人間が……人間っぽい人がエルフの子しか居ない。


(そっか……もしかしたら、人間が嫌われてるのかもしれない……)


 現実でも、そうだ。良い人間なんてほとんどいない。もしかしたら、ここの人たちも人間に追いやられて森の中で暮らしているのかもしれない。


(いや……でも動物なら森で暮らすよな……。ていうか、俺……なんでこんなことになったんだろ……)


 こっちに来てから、たぶん一、二時間くらいしか経ってないけど、もう帰りたい。

 異世界転生なら死んでるから帰れないけど、異世界転移だったら帰れるかもしれない。


(というか、どっちだ? ……死んだのかな……。全然痛みとか感じなかったけど……。いや……なんか……光ったような……。でも、裸だから死んで来たような気も……。いや、まてよ? 俺が気を失ってる間に持ってかれた? とか……。もしかしたら、肉体……有機物だけしか異世界転移できないとか……)


 その時、エルフの子が止まった。そして、横にいる狼に何か話しかけている。

 エルフの子が止まった場所は、とても大きな切り株の前だった。

 根本の一部を切り抜いたような入り口の先には、日の光が差し込んでいて、中の空間が部屋の様になっているのが見える。中に誰が……何が居るかは、ここからじゃ分からない。

 俺が中を横目で覗いていると、リザードマンが俺の横に立って、中を指差した。そして、背中をそっと押している。


(やっぱり入るんだよね……。……大丈夫。このリザードマンは……優しい人な気がする)


 今だって、そうだ。俺を中に入れたいなら、無理やり引っ張っていけばいいだけだ。この人なら簡単にできる。それなのに、俺の様子を窺って、俺に気遣ってくれてる……気がする。

 俺が逃げようとしたり、抵抗しないからかもしれないけど、それだけじゃない気がする。そんな気がする。


「○○、○○○○○○○○○○○」


 リザードマンは入り口をくぐる直前に、何か声をかけた。


(……部屋……? リザードマンの……?)


 切り株の中は大きな空洞になっていた。遊園地とかのアトラクションで、作り物の木の中に入るところを、全部本物の木で作った様な部屋になっている。広さは、リザードマンが暮らすのに充分な程、縦にも横にも広い。


「っ!」


 座ってる? 木の人形? 丸太で作った?

 窓? の様に外が見える四角く切り抜かれた日当たりの良い場所の側に、丸太で作られた様な人形がイスに座ってる。

 もさもさと、まるで草のボールを乗っけた様な緑の頭。丸太の胴体。そこから生えた太い根っこが四本脚の様に見える。手もくっつけたわけじゃなく、人間みたいに丸太の胴体からそのまま左右に一本ずつ、腕の様な太い枝が生えている。その先も、本当の木の枝みたいに緑色の葉っぱが付いている。

 でも、その人形は置かれているんじゃない。そこに座っている。そんな気が――


「ッ!」


 動いたっ! 頭と手をワサつかせ、椅子から立ち上がった! 村の中で土偶とか虫とか見てなかったら、大声を出していたと思う。


「○○、○○○○○○○○○○○○○――」


 その姿を見ながら、リザードマンは何か話し始めた。木の人形は多分それを聞きながら、こっちに近づいてくる。

 恐い。風も吹いてないのに、風が茂みを揺する様なサワサワ、ワサワサといった音を上げながら近寄って来る。

 ……宝石? 空色の――エメラルドグリーンに近い様な、綺麗な宝石が二つ、胴体に付いている。……乳首にしては、中央に寄りすぎてると思うけど……。


「っ!?」


 いつの間にか、エルフの子が俺の左横に来ていて、こっちを見ていた。すると、エルフの子はさっき森の中でやった様に、「座れ」のジェスチャーをしてくる。


「え? ……座るの……? う……」


 俺が姿勢を低くしようとすると、エルフの子はピタっと右手の動きを止めた。咄嗟に俺も、その動きに合わせて中腰のまま止まる。


「ッ!! ……」


 その時、人形から枝が俺の顔目掛けて伸びてきた! 当然それを避けようとしたけど、リザードマンに肩を優しく掴まれ、阻止されてしまう。


(うぅぅ……)


 恐いけど逃げられない。俺は思いっきり目を瞑った。

 葉っぱの束が俺の頭に触れる。


(ッ!? どこっ!?)


 その一瞬で、俺はエメラルドグリーンの空へワープさせられていた! しかも浮いてる! いや、立ってる! 空……湖!?

 エメラルドグリーンの空が映った湖の上に立っているのか、エメラルドグリーンの空に立って湖を見ているのか判らない。


(光? ……光の玉?)


 目の前に、バスケットボールくらいの光の玉がフワフワ浮かんでいる。淡く緑色の輪郭があるから、大きさが解る。


(見られてる……)


 そんな気がした。意識がある。俺にも、光の玉にも。それに見つめられていても、嫌な気持ちに……気持ち悪くも、恐くもならない。


(温かい……)


 そう思った時、目が覚めた。目の前には、俺の頭に手を乗せている木の人の姿があった。


(そっか……眼だったんだ……)


 木の人の空色の宝石を見つめて、俺はぼんやり思った。頭だと思った草の玉は木の葉っぱで、この人は木がそのまま動いてる人なんだと、ぼんやり理解≪わかっ≫た。


「○○○○○○○、○○○○○○○○」


「○○○○」


 木の人がワサワサと話すと、リザードマンが返事をした。

 ん? なんで俺、こんなに一瞬で木の人って――


「魔法!?」


 そうだ! あんまりにも自然に受け入れてたけど、さっき魔法をかけられたんだ!


「あ……すいません……」


 突然大声を出したから、三人から見られている。言葉は通じてないだろうから、俺は反省したように俯いた。


(言葉が通じるようになる魔法とか無いのかな……)


 俺は三人が話し合ってる姿を見ながら、そう思った。

 何を話しているのか解らないので、俺は今のうちに部屋の中を観察した。

 ここはリザードマンの家じゃなくて木の人の家だと仮定すると、家具のサイズなどにも納得がいく。

 木の人が座っていた、丁度良いサイズに切った様な丸太のイスもそうだが、部屋の端に置いてあるテーブルや棚、その上に置かれた茶色のジョウロっぽい物など、全部エルフの子が使って丁度良いサイズだ。それもあって、部屋が広く見えるのかも。


(テーブルとかって使うのかな……。イスも……六つあるし……っ?)


 突然、エルフの子が声を荒げた。明らかに不機嫌そうな声を出してる。

 その様子を横目で見ているのがバレて、エルフの子は俺を睨みながら何かを言ってる。


(言葉解んなくて良かったかも……)


 もしかしたら、とんでもない暴言、誹謗中傷を言われてるかもしれない。そんな様な顔をしている。

 そこで、リザードマンが落ち着いた声で何か言った。すると、エルフの子の声のトーンと表情が元に戻っていく。良かった。良い感じに収まったようだ。

 その後、木の人は窓際のイスの方へと歩いていく。それに気を取られている間に、リザードマンが俺の手の縄を外している。


(と……とりあえず自由になった……?)


 恐る恐るリザードマンの方を向くと、リザードマンはヌッと身を屈めて目線を合わせ、ジッと見つめてくる。

 下手なことしちゃいけない……! そんな気がした俺は、気をつけの姿勢で歯を食いしばった。


「え……?」


 リザードマンは目を合わせながら、自分の右手を胸に当て、その次に俺を指差した。そして、そのまま自分の方へと指差している。


(……抱きつけ……じゃないだろうし……あっ……ついてこい、か……)


 リザードマンは自分を指差した後、ゆっくり出口の方を指している。たぶん、自分について外に出る……「ついてこい」っていうジェスチャーだと思う。

 当たりだ。リザードマンは右手で自分を、左手で俺を指差した後、その指同士が一緒に行動するような、ゲームでいうパーティーの様についていくような動きをしている。


(解りました。……通じてるよね……?)


 俺はリザードマンの顔を見て、頷いた。さっきから何回もやってるから、たぶん通じてるはずだ。リザードマンもしっかりと頷いている。うん、何となく通じてる気がする……!

 すると、エルフの子が木の人に向かって何かを言った後、外に出て行った。それに合わせ、リザードマンもエルフの子の後ろ姿を指差した。


(わかりました。今まで通り、ついていきます)


 俺は頷いて、エルフの子の続いて外に向かう。背後からは、リザードマンが木の人に向かって何か声をかけているのが聞こえた。


(やっぱり……たぶん、ちゃんと挨拶してるのかな……。となると、木の人は偉い人っぽいよね。魔法も使えるし。……あれ? 狼がいない……)


 そういえば、中にも入って来なかった。じゃあ、先に自分の家に帰ったのか、飼い主が迎えに来たのかな。……エルフの子が飼い主だと思ったんだけど。

 そう思ってると、エルフの子がスタスタと歩き出してるので、俺もその後ろについていく。

 気づくと、すぐ後ろにはリザードマンがついてきていた。やっぱり、身体に似合わず静かで素早い……。


(あれ……リザードマンがついてこいって言ったんじゃなかったっけ? ……まぁ、いっか)


 相変わらず村の人たちから物凄く睨まれているから、後ろにリザードマンが居てくれると心強い。それに、目の前に人間の姿をした子がいると落ち着く。

 二人は俺越しに何か話している。声のトーンは森の中で話していた時とそんなに変わらないけど、どこかヒソヒソ話しの様にも聞こえる。もしかして、村の人たちに聞かれたくないような話しをしているのかもしれない。……俺について。

 向かっている方向も、どんどん村はずれに行ってるような気がする。人や家がだんだん減って来て、藁っぽい草が干されてたり、四角く加工された石置き場みたいな、生活スペースというより作業場っぽいところが増えてきた。

 俺がそういうのを見ていると、リザードマンがこっちを見てくる。


(いや、逃げるつもりとかはないです……)


 と思いながら見返すと、リザードマンは頷いていた。

 そんなやり取りを繰り返してると、ついに村の端っぽいところまで来た。雑草が伸びた空き地っぽいところだ。その中央に、背が低くて太い樹――木の人の家の切り株が切られずに、そのまま成長したみたいな樹が立っている。その上の部分、枝の根本は四角いツリーハウスの様な建物が、キッチリと組まれている。


(エルフの子の家なのかな……)


 エルフの子は、そのまま真っすぐツリーハウスに向かっていく。

 少し遠くを見ると、木の柵が広場全体を囲んでいるから、ここも村の中だと思う。


(でも……村の中で人間に何かするのが嫌だから、とか思われて、こっちに連れてこられてたらどーしよ……)


 地面にも、所々掘り返されたり埋め直した様な跡があるから、何となく恐い。いったい、何が埋められているのか……。

 その時、エルフの子が止まった。やっぱり、ここに登るのか……。

 たぶん、四、五メートルくらいの高さの木だ。裸じゃなきゃ、頑張れば登れそうだけど……。

 そんなことを考えながら樹を見ていると、二人は俺の方を見て話しをしている。


(……置いてく、とか……ここで何かする話しをしてるのかな……)


 エルフの子の表情は少しだけ、男子を小馬鹿にする女子の顔をしてる。その表情のまま、エルフの子は納得したような仕草で頷いた。


「あっ……」


 その後、すぐにエルフの子は軽々と木をよじ登っていく。まるでボルダリングの選手の動画を見てるみたいに、スッスッと登っていく……!


(え? あ……登る? 掴まってろ……?)


 リザードマンは俺の方を見て、「自分の左腕を掴め」とジェスチャーしている。たぶん一緒に登るんだろうけど、それなら背負ってもらったほうが――


「うわっ!」


 俺がとりあえず言われた通りにリザードマンの左腕を両手で掴むと、リザードマンはそのまま俺を抱えて木に足を掛けた。

 次の瞬間、トントントンっと三歩足らずで、リザードマンは木を登り切ってしまった。


「はぁぁ……」


 ツリーハウスの台として組まれた丸太の上に足をつけた時、ようやく息ができた。


「ぉぉ……!」


 視線の先に映るのは、村のファンタジーな景色だった。

 実際に近くで見てきてはいたけど、こうして上から俯瞰して見ると、違った感動を覚える。ゲームや小説のビジュアルアートが、リアルスケールで作られた展示場を見ているかのようだ。


(すごい……! 本当にちゃんとした村なんだ……。井戸っぽいところもあるし……森も広いし……てか、やっぱり森の木、デカいな……!)


 村を囲むように……というか、森の中の拓けた場所に村ができた、と言った方が正しいのかもしれない。とにかく、村の周りに立つ木々は大きい。ここで半分いかないくらいの位置だ。


(だから……十メートル以上は余裕であるのか……。普通のビルくらいは……あ、はい……)


 周辺を眺めていた俺の背中を、リザードマンが軽く押した。「中へ入れ」と言っているんだろう。

 俺は頷いて、ツリーハウスと向き合った。エルフの子は先に入ってるっぽいけど、入り口には暖簾≪のれん≫の様な大きな葉っぱが垂れてるから、中が見えない。足先は見えるけど、何をしているかは分からない。

 俺は恐る恐る葉っぱを手で分けて、中を覗いた。

 そこには、ポーチから薄茶色のボールの様な物を取り出しているエルフの子が立っていた。他には誰も居ない。

 俺はそーっと中に入っていって、サッパリした室内の上下左右を確認した。

 全部が木で作られてるけど、隙間なく組まれた頑丈そうなワンルームの部屋だ。天井には日の光を取り込むための天窓の様な穴が開いているから、そこから誰か下りてくるかもしれない。気をつけよう。他にも、窓っぽい四角く切り抜かれた穴が左右の壁に一つずつ開いている。

 そうやって確認していると、後ろからリザードマンが入ってきたので、俺は入り口から左側の窓の近くへと避けた。


(リザードマンが入ってくると、少し狭く感じるけど……入り口とかの大きさを見た感じだと、リザードマンの家っぽいな。……それに……)


 テーブルとかイスじゃなく、台座っぽい棚と武器が置いてある。こっち側に……!

 入り口から台座っぽい棚を挟んで奥側の壁には、刃の部分が長いハルバードみたいな槍が掛かっている。台座には先端がハンマーみたいな形の太い棍棒と、短剣が置かれている。今、リザードマンが腰に下げている剣よりも、長さが半分くらいのタイプだ。そして、入り口側の壁には大剣――バスタードソードが専用の台座っぽいところに置かれている。しかも、バスタードソードというにはあまりにも大きい。エルフの子と同じくらいの身長の、鋭利な鉄の塊……グレートソードに見える。

 こんな武器をエルフの子が使うなんて、想像できない! いや、使いこなしたらカッコ良さそうだけど……エルフの子の武器は弓だ。

 棚の横に置いてある網とか鞭……釣り竿? とかなら使うイメージができるけど……。


(ッ! いやっ! 違います! 何もしません触りません!)


 俺は二人の視線に気づいて「休め」の姿勢を取りながら、壁際から離れて首を振った。

 エルフの子は明らかに、リザードマンもたぶんジト目で俺の方を見ている。疑ってるんだ。武器を持って、何かしようとするんじゃないかと。

 そんなことはしないし、そう思われちゃ、たまったもんじゃない。そもそも、剣一本なんかじゃリザードマンに勝てそうにないし……。


「ッ!」


 リザードマンが、スッと近づいてきた! と思ったら、そのまま通り過ぎて棚の上に置いてある短剣を取り、棚を開けた。

 棚の戸を指二本で襖≪ふすま≫を開けるように動かしたリザードマンは、中から小さなハンマーと鉄板を取り出した。小さく見えただけで、実際には大工作業とかで使うハンマーと変わらないサイズだった。鉄板もB5サイズの紙くらい大きい。

 リザードマンはそれらを四本指の片手で器用に持ちながら、エルフの子の近くに戻り、床に座った。

 俺は窓際に立ったまま、その様子をじっと見ている。


(俺に何かするつもりなら、まず動けなくするはずだ。大丈夫……大丈夫……)


 リザードマンが床に鉄板を置いた後、エルフの子は持っていた薄茶色のボールの様な物を渡した。


(何となく木の実にも見えるけど……ココナッツ? ヤシの実? そんな感じの……)


 ボールの様な物を受け取ったリザードマンは、それをそのまま鉄板の上に置いた。すると、また器用に二本の指でそれを固定し、残った二本の指で短剣の先を挟み、ボールの様な物の上に付けている。


(なるほど、やっぱり木の実なんだ……!)


 リザードマンが右手でハンマーを持った時、俺は完全に理解した。それでコンコンコンと叩いて、上手く亀裂を作って殻を割るんだ。

 コン! コン! コン!

 もっと細かく叩くのかと思ってたけど、リザードマンは素早く三ヶ所を叩いただけで、木の実から手を離した。でも、その手際の良さもちょっと職人っぽい。

 そうしてからリザードマンはガチャのカプセルを開けるように、木の実に力を加えている。すると、パキッという音と共に硬い殻に亀裂が入り、ちょうど二つに割れた。


(え……宝石? いや……)


 違う、柔らかそうだ。やっぱり木の実……果物だ!

 リザードマンがゆっくりと上側の殻を外すと、そこには宝石の様な透き通った緑色に輝く実があった。

 プルプルでとても柔らかそうなのに、リザードマンが下側の殻を外して鉄板の上に転がしても崩れない弾力がある。


(すご……。めちゃくちゃ高級でプルプルなメロン……いや、巨大マスカット? みたいだ……)


 その時、俺のお腹が鳴った。ぐぅぅっと、確かに。

 そーいえば、お昼におにぎり食べてから、何も食べてない……。夕方から昼にワープしたから、時差があって忘れて――

 二人共、こっちを見てる……! エルフの子、笑ってる……!

 リザードマンの表情は分からないけど、エルフの子は確かに笑った! 聞こえたんだ! 恥ずかしい……!


(しょ……しょうがないじゃないか……! せ、生理現象なんだから……!)


 俺は口を結んで唾を飲み込んだ。俯いてれば抑えられる……! 匂いさえしなければ……! 

いや、殻を開けた時から良い匂いするけど……!


(匂いが強くなった……!?)


 俺がチラッとリザードマンの方を見ると、リザードマンは短剣で木の実を二つに切り分けていた。


(くっ……! こんな良い匂いがするのか……!)


 たぶん柑橘系のアロマとか香水の匂いに、マスカットの爽やかな匂いを足した様な、品のある匂いが漂ってくる。お腹が減る匂いじゃないけど、実際に美味そうな木の実を見てしまった後だから、味を想像してヨダレが出てくるっ……!


「え……?」


 一瞬俯いた隙に、エルフの子がこっちに歩いてきていた。その手のひらには二つに切り分けられた木の実が乗っていた。

 エルフの子は俺に向かって手を伸ばしている。まるで、俺の分って言ってるみたいに……。


(この……もう半分は……?)


 俺はリザードマンの方を見ると、鉄板にはもう半分が。リザードマンは薄くスライスされた欠片をつまんでいた。

 そして、リザードマンは俺と目を合わせた後、一つ頷いてから欠片を一口で食べた。


「あっ……は、はい……」


 リザードマンがうんうん頷いてる姿を見ていたら、エルフの子が「ほら! 早く受け取ってよ!」と言わんばかりに手を突き出してきたので、俺は両手を器の様にして受け取った。

 柔らかい……。手のひらに落とされた木の実は、弾力のあるゼリーの様に揺れた。

 それに見とれていると、エルフの子はリザードマンの許≪もと≫に戻っていく。そして、リザードマンから木の実を受け取っている。


(やっぱり……俺にくれた……のかな……)


 エルフの子は受け取った木の実を遠慮なく齧≪かじ≫っている。確かに、半分に切っても元がリンゴと同じくらいの大きさだから、一口では食べれそうにない。それに、切り方が上手いから判りづらいけど、俺の分の手前側が少し欠けてるように見える。本当だったら、エルフの子とリザードマンで半分にする予定だったんだ。

 そう考えていると、リザードマンは俺を見つめながらエルフの子を指差している。


(真似して食べてみろ、って言いたいのかな……。じゃあ……俺も……遠慮なく……)


 聞こえているかは分からないが、また腹が鳴ってる。それを誤魔化すためにも、俺は頭を下げた。


(いただきます……! ……ッ!! 美味いっ!!)


 顔を近づけただけ、口を近づけただけでウマいだろうという予感が漂っていたのに、齧った瞬間に、歯が! 舌が! 口が! 鼻が! 幸せな匂いに包まれた!

 心地良い噛み応え。舌の上でずっと転がしていたくなる柔らかい食感。想像していた高級なフルーツとかジュースの味の更に上をいく、濃い甘みと爽やかさ。

 融けていく。重たかった感じが、全部……。痛みも、恐さも、疲れも。大きな行事をやり切った時のような気持ちの良い疲労感や、キツイ運動をした後に飲む水の美味しさを感じる。

 間違いなく、人生の中で一番美味しい食べ物だ……! 何か食べただけで、こんな経験はしたことない……!


(さすが異世界だ……さすが……)


 今度は普通に齧って食べる。口いっぱいに幸せが広がる。飲み込めば身体中にもそれが伝わってくように、手先足先まで温かくなってくように感じる。


(……よかった……。……よかった……)


 目頭が熱い。視界が滲んでくる。唇が震える。


(……おさえらんない……。また……笑われちゃう……)


 涙が止まらなかった。左手で目を押さえても、次から次へと溢れてくる。


「……ぅぅ……」


 どうして……。……どうして優しくしてくれるんだろ……。

 ……声は抑えたい。俺は残りの木の実を全部口に入れて、両手で顔を覆った。

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