1章 1部
俺――芹澤礼世――は退屈してた。
いや、無気力と言った方が正しいかもしれない。
いつも通りに大学に通って、単位を取るためだけに講義を受ける。その後、バイトがある日はバイトに行く。今日はまさに、そんな日だ。
これといった趣味もなく、サークルに入っているわけでもなく、マンガやアニメ、ゲームや動画、ストリーマーの配信を見たりするだけの毎日。
SNSも、そういう情報を集めるために使っているだけ。あとは話題になってることを、おさえてるくらいだ。
(俺だってサークル入って、女子と仲良くしたいけど……はぁ……)
コール(メッセージアプリ)には、良い大学、良いサークルを選べた勝ち組の奴らの新着メッセージが入っている。
返す気も起きないので、アプリをそっと閉じてスマホをポケットにしまう。
大学に入れば、何かが変わると思ってた。でも、変わったのは向かう学校や、そこにいる友達だけで、高校生活とそんなに大きく変わらない。バイトも一ヶ月を過ぎた頃から慣れてきて、先輩のオジサンオバサンたちと話す機会も減ってきた。
つまり、バイトが増えたくらいで、俺の生活はほとんど何も変わってなかった。
(せめて、もっと同年代のいるバイト先にすれば良かったかな……)
薬局とスーパーが合体したような店がバイト先じゃ、友達も増えない。やっぱり、時給とか自由なシフトとかで選んじゃダメだった気がする。
(つまんないな……)
このままじゃ、いけない気がする。でも、何をしたらいいか分からない。何をしたいのかも判らない。
何にも情熱が湧かない。これだ! って想うものがない。気力が湧かない。
(故に無気力! 貴様は何に対しても、そうなのだッ! ……ってね。……あれ?)
いつの間にか、知らない路地に入り込んでいた。
もうすっかり駅までの道に慣れたと思っていたのに。少し……いや、かなりボーっと歩いていたかもしれない。
(ん? でも、この道……このまま抜ければ駅まで近道になるんじゃ……?)
一回振り返って道と方向を確認して、確信した。
(よし……バイトまで時間もあるし、ちょっと探検してみよう……!)
たぶん元々薄暗いところに、夕日の赤色が差し込んできているので、奥の方ほど暗い路地が少し怖く見える。でも、この前行った東京とかに比べれば、県境のこの街には奇抜な人や怖そうな人は歩いてないので怖くない。
路地に並ぶお店も看板を見れば、喫茶店とか雑貨屋さんが並んでいるだけだ。なので、普通に路地の奥へと歩いていく。俺が店の横を通る時には、店の上に付いている電灯や電飾も点き始めた。
(こういう良い雰囲気のお店でバイト探そうかな……)
喫茶店を横目で覗き見ると、感じの良いランプの淡いオレンジ色の明かりが、薄暗い店内を照らしていた。
テーブルやソファも黒で統一されていて、いかにも落ち着いた大人の空間が広がっていた。きっとレコードでジャズとかの音楽がかかっていると思う。
お客様の入りも少なく、カウンターの向こうにはマスターが一人だけ居る感じだった。
(……仕事は楽だし楽しそうだけど、彼女とか友達はできなさそうだな……)
俺には話しが合いそうな大人な趣味はない。強いて言うなら、ブラックコーヒーが好きくらいだ。それに同年代のウェイターとか、この雰囲気の似合う年上の綺麗なお姉さんも居ない。
その喫茶店の少し先には、雑貨屋があった。ガラス張りの正面と、木のボードが置かれた看板が、右手先に見えてきている。
「ッ!?」
眩しっ! 何かが太陽の光を反射したみたいだ。
危なすぎる。そんな物を店頭に置かないでほしい。
(……? いや、光ってない……。そもそも、太陽が……)
沈みかけた夕陽は雑貨屋の反対側、シャッターが下りている店を照らしている。
「ッ!!」
ゾワッとした! 何かが通り過ぎたような、俺が何かを通り抜けたような気がした。
臍の辺りから体中にゾワゾワと鳥肌が広がっていく。そこで俺は、額から何かに引っ張られるように勢いよく振り返った。でも、そこには何もない。
「!!!」
目の前が真っ暗になった! 目を開けているのに何も見えない!
何かが目の前で光った! 虹色の光!? 目を閉じた状態で太陽を見るような、強力なライトに照らされているような感じだ!
恐い! でも目を閉じられないっ! もしかしたら、何か被せられているのか!?
(違う。そんな嫌な感覚は頭にしない。触って……あれ……? 手……手……どこっ!?)
顔を右手で触ろうとしたのに、手が上がらない。手の感覚がない。上げる手が無い!
「なっ……なに……これ……!」
声を出したのに、声が頭に響く。声を出したのに、口が動いてない。口も! どっかいってる!
不気味、奇妙、恐怖――
――金色の環、虹色の環、白い世界――
「――」
「……あ……え……?」