10.傭兵契約 (1) ☆
ザヅツの執務室は、王城の一角にあった。高さはちょうど城門のあたり。北東向きに開いた窓からは、エンベロペの四角い穴がよく見える。眼下には王城の下層階が山裾のように広がる。庭園の緑が映え、円周状の池の外側には、エンベロペ内部に広がる街並みが一望できる。眺めの良い部屋だった。
ただ、広くはなかった。リリィたちの下宿の部屋ほどか。窓際には彼が執務するための机があり、そのわきには長椅子が配されていた。クッションや毛布が雑に積んである。来客や打ち合わせが当初の目的であろうが、現状はもっぱらザヅツが休んだり、あるいは仮眠をとったりするのに使っているのかもしれない。
そして部屋の中央には、集まって議論するための円テーブルが鎮座していた。机も長椅子もそうだが、それらはさすがに王城にふさわしい高級品だった。金細工の装飾がある椅子はちょうど四脚で、ザヅツはそこに腰掛けるようリリィたちを促した。
ザヅツの指示で、軽い昼食が出された。メニューはパンとスープ、そして干し肉という質素なものだった。「城勤めの役人と言っても、昼はこんなものだよ。食べ過ぎると眠くなってしまうしね」と彼は笑った。ただ新鮮な果物をいくつも混ぜて絞ったジュースは美味で、ハルとシールを喜ばせた。食事中、使いの者が現れ、部屋の外でザヅツと二、三言交わしていた。
昼食後、リリィたちはザヅツが示す書類にサインした。王国に忠誠を尽くす旨の宣誓書だった。下宿の台帳と異なり、さすがに代筆させるわけにはいかないため、リリィは左手でペンを取った。書きながら、「そう言えば、私は王国式の敬礼はできないわね」と言うと、ザヅツは「気にしないでくれたまえ。負傷などで右腕が不自由なものは敬礼を免除されている」と説明した。書類は一枚で、連署できるようになっていた。ハルは、何とか自分の名前を書き切った。その様子をシールが固唾を飲んで見守っていた。ずいぶん時間がかかったが、ザヅツは急かすこともなく待っていた。
書類を片付けると、替わって彼は地図を広げた。一抱えもある大きなものだ。リリィたちが見やすいよう、自分からは反対向きに広げた。文献で見たものがリリィの頭には入っていたが、ハルやシールにとっては、それが生まれて初めて目にする世界の全貌だった。
「王都はどこなんだ?」
彼女が尋ねると、リリィは大平原の中央、やや西よりを指した。そこには円形の城壁と、王城の小さな絵が描かれていた。「ヒャー、ホント野っぱらの真ん中だな!」と彼女は感嘆の声を上げた。そして今度は、「じゃあザカヴァはどこだ?」と聞いた。リリィは東の端の方にある丸印を指した。
「ここよ」
「そんな端っこなのか!?じゃあキシュルは?」
「ここね」
「ええっ、そんなに近いのか!?」
宿場町・キシュルの近郊に住んでいたハルは、リリィに同行するまで、マクベス国――現マクベス公国の首都ザカヴァを訪れたことがなかった。そんな果てしなかった場所が、地図の上では目と鼻の先に並んでいる。
「私たちはこう来たわけね」
リリィが、キシュルから王都までの旅の道のりを示した。シールも興味深そうにその指を追っていた。ハルは「はあー」と、もう言葉も出ないようだった。
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