9.生理かしら? ☆
王城の裏手は、正面からの見た目ほど豪奢ではないが、この国の中枢で働く者たちにとっては重要な場所だ。そこは彼らにとって職場への入口。城の『勝手口』だ。三人は屋外の細い階段を昇った。ザヅツを先頭に、リリィ、シール、ハルの隊列だ。
「おや、ザヅツ、女子を連れてご案内かな」
エンベロペの半分ほどの高さまで上がった時だった。不意に名を呼ばれ、ザヅツが足を止めた。
前面に張り出して円弧を描く、舞台のような特徴的なフロアだった。その舞台の奥には、ラダンダイトの石柱が並ぶ。議場だろうとリリィは察した。
そしてその柱から歩み寄る、ひとりの男。シールよりも背が低い。背中は老婆のように曲がり、杖で体を支えている。白髪に、皺を刻んだ顔。鷲鼻の両側で、吊り上がった眼がギョロリと覗く。不気味な印象にシールが体を固くする。ハルが察してシールの肩に手を置く。
しかしリリィは思った。緑褐色のローブをまとった姿はさながら魔導師だが、この男から魔導の力は感じない。見た目ほど齢も重ねていないのではないか。案の定、ザヅツも柔和にほほ笑むと会釈した。
「これはギュスタンダー卿、お勤めお疲れ様です」
「今日は闘技大会だったはずじゃが……まさか、この女子たちの誰かが優勝者なのかの?」
「はっ、こちらの隻腕の闘士、リリィ殿が優勝者です。今、王国軍への編入手続きのため、案内しているところです」
ザヅツが隣のリリィを指した。『ロッド使い』、『殴り魔導士』と来て今度は闘士か、リリィは苦笑した。ギュスタンダーはリリィの前に立ち止まり、見上げると厭らしげな笑みを浮かべた。薄くくすんだ色の唇が吊り上がる。
「……お前さん、血の匂いがするぞ」
その言葉に、シールの肩が震えるのをハルは手のひらで感じた。ザヅツの笑みも凍り付いた。彼は危惧した。闘技大会で死者を出したことが、もう卿たちに伝わったのか?だが、当のリリィは薄ら笑いを浮かべた。
「あら、生理かしら?」
ハルが噴き出した。ギュスタンダーはカッカッカと声を立てた。
「たわむれを!隠してもわかるぞ……血に飢えた本性は。何人殺した?」
ハルの顔が再び厳しくなる。彼女の懸念はザヅツのそれとは桁が違う。まさか、王国にリリィの過去を知る者がいるのか?
しかし身構えるハルをよそに、リリィは依然何食わぬ顔だ。「さあ、覚えてないわ」と彼女があしらうと、ギュスタンダーは目を糸にして頷いた。
「よいわよいわ!王国のため、せいぜい務めなされ」
そして一瞥を返し、石段を下りていった。カツン、カツンと杖の音が小さくなってゆく。
「失礼したね。気分を害さないでくれ」
きまり悪そうにザヅツが髪を掻くと、リリィは眉を上げて「別に、慣れてるわ」と返した。
「彼はギュスタンダー卿。少々口は悪いが、枢機院に所属していながら傭兵部隊の指揮も執られる。優れたお方だ」
枢機院は、貴族からなる王国議会のさらに上に位置する、ごく少数の卿たちからなる組織だ。王族以外で国王に謁見できるのは、枢機院議長である宰相と、枢機院のメンバーだけだ。それほどの地位の者が傭兵部隊の指揮などといった現場の実務をすることは、通常あり得ない。その背景をザヅツは語る。
「卿は、魔導師たちの力を王国に役立てることを責務としている」
「魔導師を?」
「誰もがおとぎ話と思っていた魔導師たちの素質を見抜き、集め、一小隊まで作り上げた。今なお部隊を拡大するために奮闘なさっている」
その口調にリリィは二心を感じなかった。彼は心底ギュスタンダーを評価しているようだった。崇敬していると言っても差し支えなかろう。
ただ、リリィには疑問が残った。一小隊と言えば、十名を超える。このご時世、それほどの数の魔導師を本当にこの国の中から集められるものか。それに集めた魔導師たちの力も如何ほどのものか。リリィは一年前まで、王国領である辺境の村で過ごしていた。その村の者は召喚士の流れを汲んでいたが、そこの古老ですら、戦闘に役立つレベルの魔法は使えなかった。村の者が王都に連れていかれたなんて話も、自分がいるあいだには聞いていない。
そして何より、彼は本物の魔法使いであるシールに何の興味も示さなかった。気配を感じなかったのか。あるいは小さなつむじ風を起こす程度の魔術は眼中にないのか。
「さ、もう少しですよ」
促すザヅツの声がリリィの思考を遮った。ただ、不思議な男だという印象は拭えなかった。
ギュスタンダーの「何人殺した?」のセリフは、最終話への伏線になっています。覚えておいてくださいね!




