7.闘技大会! (2) ☆
「我が名はマーリック。王国の秩序を乱す無法の輩に天罰を下す」
名乗った赤毛は兜をかぶり、背中の剣を抜いた。得物は幅広の両手剣。対するリリィもロッドを体の前で構えた。その所作。
(両手剣の相手との対戦は経験があるな)
マーリックは半眼で敵を観察した。
(さっきは手ぶらで立ち会った。相手を誘い出すためだろうが今度も手のロッドはフェイントだ。初撃は必ず腰の長剣で来る。まともに突っ込めば、あの大男の二の舞だ)
彼は出方を探った。敵は動かない。動かないが、ビリビリと大気を切り裂く闘争本能は伝わる。
(あの剣のスピード、間合いに入れば回避は難しい。さっきは大雑把に振り回して足首を切断したが、あれは相手の油断があってのこと。本気ならもっと緻密に来るはずだ。どうするか……)
マーリックはわずかに剣を傾けた。リリィの体が反応した。
(今だ!)
彼は一歩突っ込み、すぐさま左にステップした。
「グワッ!」
一瞬の出来事だった。リリィが腰から剣を抜き、マーリックに投げつけたのだ。回転しながら中空を斬る長剣は、肩から上腕部を覆う防具ごと、彼の右腕を切り裂いた。幸い致命傷には至らなかった。踏み出した最初の一歩がフェイントで、左に避けたからだ。そのまま突っ込んでいれば、剣は彼の胴を上下に分けていただろう。
「ハア、ハア……」
瞬きするほどの出来事で、すでにマーリックは肩で息をしている。
(まさか投げつけてくるとは!しかもなんという切れ味だ!……腕をやられたが、女の得物をふたつからひとつにできた。これは大きい。考えるべき選択肢がグッと減る)
リリィはロッドを握っている。片手でどうやってふたつの得物を使ったのか。
(剣を投げる時にロッドを右足の甲に立てた。バランスを保って倒さず、投げたあと握り直した……そしてやはり剣は補助。本命はロッドか)
マーリックは柄に力を込めた。
(傷の痛みで多少パワーは落ちたが……女、初戦で男を殴り殺したのは失敗だったな。あの打撃は手加減なしのフルパワーだった。頭部の潰れ方でお前の腕力は計れた。いくぞ!)
彼が前進した。リリィがロッドを振りかぶった。マーリックはフェイントアクションも計算に入れていたが、相手は真っ向勝負で来た。
(そう来たなら受け止めてやる!)
「ぐっ……!」
耳を聾する金属音。全身全霊を込め、彼はロッドを剣で止めた。
(な、なんて力だ……こんな小娘が片腕で……人間とは思えん……ま、まさか……!)
リリィの脚が動くのが見えた。
(まずい!)
あらん限りの力でリリィを押し返し、再び間合いを取った。
暑さの中……
汗ひとつかかず、息すら切らさず、平然とロッドを構える眼前の少女。一方、自分の鎧の中は蒸れるほどだ。彼は口惜しかった。手にする両手剣。彼女は何の防具も着けていない。自慢の得物の切っ先が、あの体のどこでもいい。かするだけで重傷を与えることができる。ほんの、ほんのわずかでいいのだ。なのにそれができない。衣装にすら届かない。もどかしい。
(鬼神か……)
対峙する少女の姿が、彼には神話の中の荒ぶる神に見えた。隻腕の彼女が、見えぬ幾本もの腕を振るい、何千もの小鬼を従える。そしていつ訪れるとも知れぬ滅びの時まで、無慈悲に殺戮を繰り返す。そんな存在に。彼の眉間に焦りが浮かぶ。
(ダメだ……攻撃にはあと数回耐えられる。だが勝ち筋が見えない)
脳裏に、頭を潰された大男の死体が浮かぶ。自分もそうなるのか。それとも『降参』と言う屈辱に甘んじるしかないのか。
少女が半歩前進する。また半歩。後退する余地はある。だがそうしたところで、敗北までの時をわずかばかり引き延ばすだけだ。距離三ルーテ、二ルーテ……少女がロッドを振りかぶる。
(やられる!)
だが、その時。
「そこまでだ!両者収めよ!」
「!?……」
声はマーリックの背後からだった。リリィの足が止まった。視線を外し、苦虫を噛む。再度響く、音吐朗々たる声色。
「女!理由なき殺人は王都では死罪もあり得ること、知っての行いか!?」
ふん……不満そうに鼻を鳴らしたリリィが腕を開いた。
「あの男の棍棒を食らってたら私が死体になってた!正当防衛よ!」
戦闘態勢を解く。そうしてようやくマーリックの縛めも解かれた。彼は振り返った。奥の扉に姿を現す声の主。上級官吏の衣をまとう長身。理知的な顔には眼鏡。そして人目を惹き付ける、青みがかったウエーブの銀髪。
「あいつ!……」
ハルが叫ぶ。顔を覆っていたシールも両手を降ろす。
「ザヅツ様!」
運営能力を失っていた審判役の役人が目ですがる。
「……………」
現れたのは……
王都に着いた日、案内所で下宿を紹介してくれた男、ザヅツ=デヴォーウトだった。彼は部下の役人にもマーリックにも目をくれず、厳しい視線をリリィに向けた。
「王国としては約束どおり、闘技大会の優勝者を王国軍へ編入し、中隊長の地位を与えねばならん。承諾するか?」
「待ってくれ!!」
遮ったのはマーリックだった。
「勝負はまだついちゃいねぇ!」
「いいや!」
食い下がるマーリックを一喝し、ザヅツはリリィを指さす。官服の裾が開く。闘士の野心を遮るかのように。
「この女が本気を出していたら、お前は二度死んでいる」
「うっ……」
マーリックが言葉を呑み込む。ザヅツが言う『二度』がいつのことかはわからなかったが、自分がこの少女に勝ち目がないことは、彼自身が痛感していた。
そしてリリィも思った。ザヅツはいつから試合を見ていたのか。彼を背にしたマーリックはともかく、自分からは彼が見えていてもおかしくない。だが気付かなかった。勝負に集中していたからか。リリィはザヅツの目を盗んで背後を探った。闘技場の奥に、三階建ての石造りの建物がある。窓はある。だがあそこから見ていたなら、このタイミングで移動してはこれないだろう。近目ゆえわからないが、扉に覗き穴でもあるのか。
そして優男風のザヅツ。体格からして武闘に長けているとは思えない。そんな気配も感じない。だが戦況を的確に把握する能力は持っているようだ。彼が指摘したとおり、リリィは手心を加えていた。第一試合で相手を殺したことにシールが動揺したからだ。最初に投げた剣はわざと外したし、マーリックがロッドを受け止めた時は、押し込まず、あえて組み合うままにした。
(よく見てたわね……)
口には出さなかったが、うつむいたリリィの苦笑いは、その言葉を声より雄弁に語っていた。彼女は足元をサンダルで二、三度ならしたあと、半身になってロッドで後方を指した。そこには、試合の行く末を見守っていたふたりの少女がいた。
「あの子たちも一緒なら!いいかしら?」
「えっ、マジ?」
ハルが目を点にする。ザヅツが一瞥する。
「いいだろう」
「なら承るわ」
「おいおいおいおい!」
ザヅツは大きく息を吐き、咎人を詮議していたような目を緩めた。そして部下に命じた。
「……規則文の改定が必要だな。次までに準備せよ」




