7.闘技大会! (1) ☆
翌日。
道場を暇にした三人は、闘技大会が開かれるという王都調練所を目指した。
目立つ調練所の建物はすぐに見つかった。それはナカの道場から真っ直ぐ南、王都の南西のはずれにあった。三階建ての石造りの施設は、王国の武力を支えるにふさわしい武骨さだった。広い訓練用の敷地は荒野との境目もなく、兵士たちの汗を吸った砂を真夏の太陽が焼いていた。
※
「飛び道具は禁止だ」
先頭で入り口に入ろうとしたハルを、怒気を含んだ男の声が呼び止めた。
脇にある机の向こうに、役人風の男が座っていた。受付係なのだろう。彼は彼女の手にある弓を見咎めたらしい。ハルは憮然として、「あたいは見物だ。出るのはこっちだ」とリリィを指した。男は隻腕の少女に不審の目を向けたが、そこはさすが役人だ。「名前は?」と事務的に質問した。リリィが読みと綴りを答えると、手元の帳面に書き入れ中に進むよう指示した。
建物を抜けると、正方形の闘技場があった。広さはナカの道場ほどだろうか。北と西の二辺には屋根があり、幾本もの柱がそれを支えていた。戦いの舞台は砂が剥き出しだったが、綺麗にならされていた。
屋根の下では、すでに多くの男たちが腰を下ろして控えていた。彼らはリリィたちの姿を認めるとざわついた。
別の役人が中央に進み出て、ルールを説明した。
弓、投石器等、飛び道具は禁止。投げ槍のような、人力のみで放つ武器は使用してよい。勝負は一対一の勝ち抜き戦で、一方が負けを認めた時点で終了。勝負がつかない場合は、審判員が止めて優勢を判定する。優勝者には王国軍の中隊長の地位を与える。事前に周知されていたことではあるが、野心みなぎる参加者たちは、その賞品を耳にするや口々に闘志を表した。参加者は十六名と発表された。そのため一回戦は八試合、二回戦は四試合、準決勝二試合、そして決勝戦、計十五試合行われることになる。闘技場に集う人数はその倍はいるが、半数はハルやシールのような知り合いや見物人だろう。
そして一回戦の第一試合。いきなりリリィの名が呼ばれた。対するのは……
「なんだ~ァ、この娘っ子は~ァ!」
立ち上がったのは、全参加者の中でもひときわ目立っていた大男。身の丈一ルーテ半はあるだろうか。太った巨岩のような体。首はほとんど肩の筋肉に埋まり、ぎょろりとした目の上には、頭頂部だけに茶色の頭髪が残っている。上半身裸のその姿は、牙こそないものの、さながら猪型亜人だ。実際、参加者から「あいつ、オークとのハーフらしいぞ」との忍び声が聞こえる。武器は棍棒。右手に握るそれは、リリィの体ほどもある。
その男の前に、リリィが進み出た。民族衣装に身を包んだ彼女は背中にロッド、腰に長剣を提げているが、まだどちらも構えていない。しかも彼女は隻腕だ。
「オイオイ、勝負になるんかよ」
「あいつ、人間何人もすり潰してるらしいぜ」
「お嬢ちゃんたち、正気か?」
側の男に耳打ちされ、ハルはむくれた。ただ言葉は返せなかった。リリィの実力を知る彼女でも、あの相手を見ると、さすがに固唾を飲む。
「小娘、俺は女を殺したくないんだァ。降参してくれ~ェ」
そう言いながら、大男は舌なめずりする。しかしリリィも気おされない。
「私もあなたを殺したくないわ。降参してくれないかしら?」
「な、何だとォ~!?」
ニヤけた顔が、瞬時に鬼の形相になる。男は棍棒を振りかぶる。そして袈裟に切るように振り下ろす。風圧で大気が鳴り、砂が浮き上がる。
「肉塊にしてくれるわァ!」
大男が突進する。だがリリィは動じない。男の影が覆いかぶさろうとする刹那、リリィの体が沈んだ。
(ふん!)
「ウゴオアァァァ!イデェェェェェェッ!!」
男が絶叫した。
巨体が傾く。斧の最後の一撃を受けた巨木のように。そして大男は地を震わせた。背後に回り込んでいたリリィは、振り向きざま剣を鞘に納め、背中からロッドを抜いた。そして体をねじる勢いのまま、残忍な先端を、横倒しになった大男のこめかみに叩き込んだ。
ズチャッ!
「グウェェ」
嫌な音がした。
「……だから殺したくないって言ったのに」
一瞬の出来事だった。参加者たちは何が起きたのか認識できなかった。ただ仰向けに倒れた男の右足首はその先がなく、ダラダラと血を吹き出しているさまを見てハルは理解した。
襲い掛かった大男。リリィは重心を落とし、右足の前に潜り込んだ。そして腰の長剣を一閃させた。柄は逆手に握ったまま、握り直さず、ダガーのように。彼女の腕力と妖剣『スティグナ=ディ=アクエリア』の切れ味、そしてダッシュの勢いで、男の太い足首を切断したのだ。そのため男は倒れた。そして命乞いもさせぬまま、ロッドで頭部を潰してとどめを刺した。
「……………」
シールが両手で口を押える。
リリィがかつて、戦争で何千もの命を奪ったことを彼女は知っていた。だがそれはあくまで聞いた話に過ぎない。生まれて初めて目の当たりにした、『殺人』と言う行為。その凄惨さに目が潤んでいる。ショックなのだろう。
「シール……おめぇも軍人の娘だろ。血生臭いのには慣れといた方がいいぜ……」
強がるハルの言葉も、語尾は震えていた。シールは落涙した。残酷な光景をもたらしたのが、優しく、姉のように慕っていたリリィだと言う事実が彼女には耐えられなかった。
照り付ける陽光の元の惨劇。闘技場にも動揺が広がった。
「えっ……?」
「マジかよ……」
「コロシあり?」
「お、俺帰るわ……」
格闘技と思い込んでいた参加者や見物人たちは、次々と腰を上げ出ていった。長い平和が続き、殺人など見たことがない王国の審査員も茫然としている。
だが、ただひとり……
屈強な体躯を薄金鎧で包んだ男が残った。燃えるような赤髪。胡坐をかき、腕を組み、まぶたを伏せたまま告げる。
「禁止するルールはないが……警告なしのコロシは感心しないな」
男の声にリリィは苛立つ。ロッドを突き立て男を睨む。
「なら警告するわ。死にたくなかったら立ち去りなさい」
「クックック、俺様も舐められたものよのう」
男が兜を取り、立ち上がった。引き締まった眉の下の双眼を、出し惜しむように薄く開く。
「……その前に、このデカい死体を運び出してくれんかな」
役人が、身分の低そうな男数人を連れてきた。彼らは大男の死体を引きずり、奥の扉の向こうに持ち去った。
そして審査員のアナウンスもなく、決勝戦となってしまった第二試合が始まった。




