6.王国のおふれ ☆
王都の夏は、東国と比べて容赦なかった。
こだわりがあるのか、黒や苔色のドレスばかり着ていたシールだったが、我慢できず夏用の白い物を何着か買った。
「まあ!お人形さんみたいね!」
子供らしいノースリーブのそれらは愛らしく、道場でフローラに絶賛された。
※
ナカが道場を休みにしたある日。
リリィたち三人は、エンベロペの外周路を歩いていた。特に目的もなく、散策だった。リリィは西方の民族衣装を購入してから、外出する時はずっとそれだった。ロッドと右腕は持たず、剣だけを提げていた。
「……………」
エンベロペのきわを歩いていたハルが、不意に立ち止まった。彼女は城壁の石垣に手のひらを押し当てた。熱を含んだ空気が街を覆っていたが、日陰になる北側の壁は、ひんやりとした感触を彼女に伝えた。
その様子を見て、リリィが珍しく自分から口を開いた。
「ハル、知ってる?この円城壁、いつ、誰が造ったか」
「?……そりゃ、城を建てた奴らが造ったんだろ。防御のために」
彼女は素朴に答えた。だがやり取りを隣で聞いていたシールは思った。そんなありきたりな答えなら、リリィはわざわざ質問しない。案の定、彼女は「違うわ」と答え続けた。
「先に円城壁があった。城はあとから中に造った」
「えっ、マジかよ?」
ハルの声は抑え気味だったが、明らかに吃驚していた。
「だって、じゃあ城を造った石とか、全部あの坂道を通して運び込んだのか?中で石は採れんだろ?」
「そうよ。石は北の方で切り出して、川を使って運んだ」
「冗談だろ……ご苦労なこった」
ハルは呆れるのを通り越した様子だった。彼女は拳で、その微動だにせぬ壁をコンコンと叩いた。
「じゃあ、こいつはいつ、誰が造ったんだ?」
それはリリィの最初の質問だ。彼女はひと呼吸置いて言った。
「……わからない」
「わからない?」
「そう。少なくとも文字の記録が残る朱の時代にはすでにあった。今から四千年ほど前ね。それ以前の記録はないから、誰が、いつ造ったかはわからない。伝承もない」
「……………」
再び見上げるハルの目は、石垣を問い詰めていた。だが冷たく固い無生物は何も言い返さなかったか。彼女はフフッと笑った。
「じゃあこうだ。でっかい巨人が造ったんだよ。ひょいひょいってな!」
「案外そうかもしれないわね」
その言葉をハルは冗談と受け取ったようだったが、シールが見上げるリリィの目は笑っていなかった。それほどまでにエンベロペの成り立ちは謎だった。
※
円城壁を巻くように北から西へと歩き、南、すなわち下宿と正反対の位置に差し掛かった時だった。
「何だ?あの人だかりは?」
ハルが気付き、歩み寄った。掲示板に張り紙があり、人々はそれに集まっていた。
掲示板は幅五ルーテはありそうな立派なもので、雨除けの屋根を備えていた。その下には、様々な掲示物がひしめいていた。法律の改定と言ったオフィシャルなものから、汚物の始末方法のような日常生活の注意喚起まで。似顔絵入りの賞金首のポスターも並んでいる。二百万ソリタもの大金がかかっている者もいるが、多くは汚れ、長らく貼りっ放しになっているのが見て取れた。それはすなわち、ポスターが効果を上げていないことを示唆していた。
そして今、市民の注目を集めているのはお尋ね者ではない。いや、この黒山の人だかりを『市民』と呼ぶには語弊がある。集まっているのは男ばかり。しかもみな屈強で、中には軽武装している者までいる。お世辞にもガラが良いとは言えない。
リリィは人混みの後ろで目を細めた。しかし彼女は近目だ。「読める?」と隣のハルに振ったが、彼女もまだ字を全部覚えていない。ハルはさらに横の小さな少女に託した。
「シール、頼む!」
そしてハルはしゃがんだ。思春期前の少女は、恥じらいもなくドレスの裾をまくって肩を跨いだ。ハルが立ち上がると、シールはバランスを取りながら目を細めた。
「もとむ、王こくのまもりびと!とうぎ大会かいさい!」
「闘技大会?」
その続きはシールの言葉を待たずとも、周囲のざわめきで知れた。
「勝者には中隊長の地位を与える……ってあるぜ」
「マジかよ!?」
中隊長と言えば、数十人を率いる軍勢のリーダーだ。庶民の出なら、よほどの才がないと得られない地位だ。収入も良く、またさらに上への出世の目もある。
「リリィ、仕事にいいんじゃね?闘技大会とか、おめぇなら楽勝だろ」
ハルが事もなげに言う。リリィも「そうね」と涼しい顔だ。
「それはいつ、どこであるの?」
「あす、王こくぐん王とちょうれんしょ、って書いてあるよ」
「王国軍王都調練所?どこだそれ?ナカに聞いてみるか?」
「ここからなら、駅の案内所で聞いた方が早いんじゃない?」
「そうだな」
すとん……シールがハルの肩から飛び降りた。遅れて銀髪が背中にふわりと着地した。群衆の後ろを去る三人。そんな少女たちに気付くことなく、人だかりは膨らむ一方だった。




