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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第8話 王都の黄昏
91/228

5.落ちぶれた道場 (3) ☆


 ※


 道場に戻るころ、日はすでに傾いていた。

 生徒は相変わらず子供たちばかりだったが、昼間とは違う顔ぶれだった。入れ替わり立ち替わりしているのだろう。ハルは、年長の少年に手取り足取り型を教えていた。シールは別の少年と雑談をし終えたところのようで、リリィの姿を認めると歩み寄ってきた。「どこに行ってたの?」と聞くので、リリィは先ほど登った丘のことを話した。


 道場を見回したリリィは、立ち会っていたナカに聞いた。

「あなたは読み書き、算術はできないの?」

「できますが……それが何か?」

「生徒が子供ばかりなら、弓だけでなく、それらも教えたらどうかしら」

「えっ……?」

 ナカは言われた意味が解らないようだった。リリィが付け加えた。

「そうすれば、その分授業料を高くできるでしょう。生徒を増やさなくても、収入を増やすことはできるわ」

「なるほど!……その発想はありませんでした」

「よみかきなら、シールもお手つだいできるよ。()()()()()はちょっとにがてだけど」

「あたいは字が読めないからな。一緒に教えてくれると助かるぜ」

「それはいいですね!子供たちの親御さんに相談してみます」



挿絵(By みてみん)

 

 ナカが夕食をごちそうするというので、リリィたちはご相伴にあずかることにした。ナカは既婚者で、妻はフローラという細身の美しい女性だった。両側で三つ編みにした金髪が印象的だった。体が弱いらしく、あまり出歩かないとのことだった。食事は簡素だったが美味で、ハルはバクバクと平らげた。フローラは「まあ、女の子なのにすごい食欲ね」と目をむいた。

 ナカがフローラに夕刻のリリィの提案を話すと、フローラは「それなら私も手伝えます」と賛同した。病気がちで、生活の糧を夫に頼り切っていた彼女にとって、リリィのアイデアは渡りに船だった。


 リリィは、昼間に登った丘のことを聞いてみた。するとフローラは眉をしかめた。『ネボの丘』と呼ばれるその場所は、所以(ゆえん)はわからないものの、不吉な場所と思われているらしい。そのため王都の住民は近寄らないとのこと。言われてみれば、都の周辺では目立つ高台にもかかわらず、頂上にも、山腹にも建造物や碑など、人工的なものが何もなかった。痕跡すらなかった。よほど誰も立ち寄らないのだろう。

「まじない師としては、邪悪なものを感じなかったけど」

 リリィが言うと、フローラは「えっ、そうなんですか」と意外な顔をしつつも、不安を拭えないようだった。『まじない師』は出鱈目としても、実際リリィはあの丘に良からぬ気配を感じなかった。本当にありふれた、何の変哲もないただの丘だった。



 翌日から、休日を除き、ハルは道場に通った。シールも付き添った。リリィは気まぐれで、道場に付き合うこともあれば、王都や近辺をふらついたり、下宿に引きこもったりとその日その日の気分で行動を変えていた。

 下宿にいる日、リリィは日がな一日、窓辺のスツールに腰掛け、エンベロペを眺めていた。おかげで日にどのような人たちがどのくらい出入りするのか、どの程度の物資が円城内に運び込まれるのか、覚えてしまった。夕方には、けばけばしく装った女性たちを乗せた馬車も坂を登っていた。女を買うような者はどこにでもいるらしい。内側の世界の世俗が推し測られた。

 王都に着いた日、駅で案内人が言っていたとおり、下宿には空き部屋が多かった。各階に五部屋あり、一階はうち四部屋が埋まっていたが、二階は誰もおらず、三階もリリィたちだけだった。農作業ができるこの季節、王都に出稼ぎに来る者はわずかだった。そんな状況でも、エレナは掃除に炊事、縫物と、何かと忙しそうにしていた。リリィが一度、「これだけ部屋が空いているのなら、宿でもすればいい」とアドバイスしたが、エレナは「そう言うのはいいよ、面倒だから」と興味を示さなかった。



 ※


 ほどなく月が替わった。(むつ)の月になり、雨期に入った。大平原の雨期は、東国のそれとは異なり、ほとんど雨を降らさなかった。ただ終始空は鈍色(にびいろ)で、しばしば霧が地を覆った。

 霧の日、窓の外は、世界が消えてしまったようになった。だがそんな時間もリリィは嫌いではなかった。晴れていれば直射日光にさらされる窓辺も涼しく、吸い込んだ湿気た空気は喉に優しかった。


 ハルの評判を聞きつけ、道場の門をたたく成人も増え始めた。ハルは「あいつら覚えが悪くてよ」と悪態をつきながらも、師と仰がれ充実した日々を送っていた。

 ナカとフローラは、リリィの助言に従い読み書きと算術を教え始めた。こちらも評判で、学問だけを習わせる親も現れた。達筆のシールは、子供たちの良いお手本となった。ハルも児童と机を並べて字を習った。彼女は母親に手紙を書くんだと張り切っていた。


 そうして六の月が過ぎ、(しち)の月になり、雨期が明けた。ひと月のあいだ平原を覆っていた雲は去り、代って天空の支配者が無慈悲な熱量を降り注ぐ季節となった。夏がやって来たのだ。


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