5.落ちぶれた道場 (2) ☆
※
道場から西向きに歩くと、ほどなく街が終わった。
王都の西は、緑豊かな東側とは別世界、見渡す限りの荒野だった。砂漠と言っても差し支えないほどだ。街道もない。ここから大平原の西端まで数十カロルーテ、人の住む土地がほとんどないことをリリィは知っていた。
王都の東には川が流れ、土地も緩やかにうねっていた。いま眼前に広がる西側も多少の起伏はあるが、東側ほどではない。そんな中で、北の方、すなわち王都の中心から見れば北西になるが、そこに小高い丘が見えた。リリィは登ってみることにした。
踏み渡れるほどの浅い川を越え、丘を目指す。近くに見えたが、歩いてみると意外と距離があった。一カロルーテほどだろうか。丘はなだらかで、登るのに苦労はなかった。ほどなく彼女は頂に着いた。そこは狭く、まばらに草が生えているだけだった。リリィは振り向いた。
「……………」
眼下に広がる大平原、それはまるで、船上で見た大海原だった。その中に、王都プルージャが小島のように浮かぶ。それも、海面に這いつくばり、今にも波間に消え入りそうな有様で。あの、人の手で造られた世界最大の都市も、大平原という海の中ではあまりに心もとない拠り所だった。
ただそんな中、円城壁・エンベロペだけは異彩を放っていた。丘はエンベロペより高く、その全貌を見渡すことができた。真円形のそれは、この距離と高さではひどく潰れて見えるが、それでもその造形は完全だった。壁の高さは一定で、まるで大平原に落ちた巨人の指輪のようだった。
そしてその中央に、王城の尖塔がそびえる。王の間はどのあたりか。そして玉座には、この国を、そして世界を統べる王、ウインガルト十三世がましますに違いない。
リリィは視線を上げた。
大平原の西の果てまでは数十カロルーテだが、南の端、すなわち海までの距離も同じくらいだ。当然、ここからそれを見ることはできない。ちょうど王都を左右に割るかのように、緑と褐色の境界線が南北に走っている。南には街道が伸びており、近郊の町や村もいくつか見える。ヤクトで出会った運び屋・エステッカは、治安を理由にその方面には行かないと言っていた。
リリィは振り返り、丘の反対側を望んだ。北側にも、見渡す限り目立つものはなかった。南側同様、荒野と草原の境目が地平の果てまで続く。北に伸びる街道は、丘の裾野をかすめている。ただ往来はなかった。北側には、見える範囲に町や村はなかった。緩やかに土地は高くなっていて、南側ほど視界が利かないこともあるだろうが、概して人の営みも盛んではないのだろう。
そして……
砂煙にかすむ大平原の西の果てに何があるかは知っていても、それを目の当たりにした者は少ない。リリィも文献でしか知らない。
そこには、人の往来を拒絶する断崖絶壁が海から北の果てまで続く。高さは数百ルーテから一カロルーテにおよぶ。過去、何人もの冒険家が登頂に挑んだが、失敗したか、帰らなかった。だからその上がどうなっているか、どんな土地なのか、人類は知らない。見て、生きて帰ってきた者がいないため、そこは『死者の地』と呼ばれている。
風が吹き上がってきた。照り付ける太陽が熱した、地を走る熱風だ。巻き上がった砂が、リリィの衣装の裾を叩いた。腰の飾り帯がたなびく。目線を王都に戻すと、さっきまでは心細かったその小島が、生まれ住んだ故郷のように見えた。ナカの道場はここからでもわかる。ハルはうまくやっているだろうか。リリィは戻ることにした。
帰りは、登ってきた丘の南斜面ではなく、東に降りた。麓に北行きの街道が通っていたからだ。荒野の中の道は、周辺と区別がつきにくい。砂色の平面に紛れている。
リリィが道を確認していると、王都から行進してくる一団が見えた。百名程度か。騎馬隊を先頭に、重装の歩兵たち、そして物資を積んだ馬車の列。王国の正規軍だ。街道の幅いっぱいに広がって進軍しているため、リリィは道を外れ、再び荒野を歩いて戻ることにした。
※




