4.繁華街での騒ぎ (2) ☆
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隣の店の軒先には弓が並んでいた。ハルが普段手にしているような、小振りなものだ。矢も山積みになっている。横には短剣など、市民が扱えそうなポピュラーなほかの武器も並んでいる。木箱に座った中年の店主が愛想笑いを向けている。
「おっ、武器屋か?ちょっと覗いて行こうぜ」
さっそくハルが反応した。石積みの建物にはガラス窓があり、明かりが漏れていた。中には弓以外の武器も陳列してあるだろう。彼女が入り口の木戸に手を掛けた。その時だった。
「そいつを!捕まえてくれーっ!」
喧騒を突いて男の叫び声が響く。刹那、近くでキャアと女性の悲鳴。
「なんだ!?」
ハルが振り向く。その眼前、並んで歩く若い男女のあいだから、小柄な男が飛び出した。草を分ける獣のように人混みを掻いてゆく。
「ひったくりだ!捕まえてくれ!」
追手か。懇願の声と共に、ドタドタと何名かの足音が近づいてくる。ハルが咄嗟に反応する。
「店主!ちょっと借りるぜ!」
「ちょっ!……」
店主が止める間もなく、ハルは店先に並ぶ一張りの弓と二本の矢を引っつかんだ。彼女は膝を突き、番えると、狙う間もなく放った。
「いでぇぇぇぇッ!」
まさに瞬きするほどの時間だった。彼女の射た二本の矢は、逃げていた小柄な男の左右の太ももに突き立った。男は走る勢いのまま、物のように前方に投げ出された。受け身も取れず、男は顔から地面に突っ込んだ。遅れて王国の捕吏たちが追い付き、折り重なって押さえつけた。そのあとから太った商人風の男が息を切らしてやってきた。被害者だろう。
「えっ?えっ?ハル?すごぉい!」
シールが飛び上がった。彼女がハルの腕を目にしたのは、マクベスの城に侵入した時の一回だけ。しかもその時は火矢を一本放っただけだった。
ハルの技は、必殺の三本撃ちを知るリリィをも驚かせた。人波の中、周囲の人間は傷付けず、二本の矢を左右の脚に命中させる。しかも相手は逃げ去ろうとしている。ほんの少し狙いをつけるだけで、人混みに紛れてしまう。そんなプレッシャーがかかる状況下、一撃で決める技術は常人技ではない。
「すごい、あの女の子が射止めたぞ!」
「二本同時に撃つなんて!」
群衆から称賛の声が上がる。ハルは立ち上がりながら頭を掻く。
「い、いやあ、まあ……」
そして、その神業にひときわ驚嘆の目を向ける存在があった。
「――お願いがございます!!」
「なんだ!?なんだ!?」
突然の声に、ハルは首を回した。いや、声はもっと低い位置から聞こえる。見下ろすと、足元に男がひとり、ひざまずいている。黒い短髪が見える。ハルが困惑していると、男は顔を上げた。生真面目そうな整った顔立ちは、どこか生命力に欠ける。今も、あらん限りの気力を振り絞っている体だ。
「なんだ?どうした?」
「わたくしは、王都のはずれで弓の道場を開いている者でございます!名手だった父亡きあと、道場を継いだものの、凡庸な私の腕にかつての弟子は去り、新たな生徒も集まらず、途方に暮れておりました。しかし!あなた様のような腕達者を師範に迎えることができれば、道場も必ずや再興できるものと思い、お願い申し上げる次第でございます!」
「シハン?サイコウ?なんだそりゃ?」
「つまりハル、あなたに弓の先生になってほしいってこと」
「先生!?あたいが!?」
「報酬は出るんでしょうね」
リリィが訊くと、男は申し訳なさそうに眉を下げた。
「もちろんでございます!ただ……現在は生徒も少なく、十分な額をお出しすることができません。しかしこの方のような名人にお越しいただければ、門弟も増え、報酬も増やすことができるものと存じます!何卒、何卒……」
「ど、どうする……?」とハルが振ると、リリィは「いいんじゃない?」と手のひらを見せた。
「私たちも手持ちはあるとは言え、出ていくばかりじゃそのうち干上がってしまう。お金は稼ぎたいわ」
「そ、そうだな……わかった」
ハルが答えると、男は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!道場はここから北に五筋、西に六筋のところにございます。近所で『サランの道場』とお尋ねいただければお分かりになるかと存じます!わたくしはナカ=サランと申します!」
「北に五筋なら、私たちの下宿の一本北ね」
「あたいはハル。じゃあ、あした行ってみるかな」
「お願いいたします!」
男はさらに額が地に付きそうなほど頭を低くしたあと、去っていった。
「いやあ、お嬢ちゃんすごいね!あんな曲芸撃ち、初めて見たよ!」
ぽかんとしていたハルに、店主が笑顔で声を掛けた。我に返ったハルは、はっはっはと得意げに胸を張った。
「そうだそうだ、返さないと。いい品扱ってるな!」
上機嫌のハルは、ひったくりを仕留めた得物を差し出した。だが商品を褒められたはずの店主はばつが悪そうだ。「ん?どうした?」と彼女が聞くと、店主は苦笑いした。
「実はその弓……子供用のおもちゃだったんだけどね」
「へ?」
リリィが店先のランプを取って近づけ、弓を照らす。言われて見れば、弓も弦もどこかちゃちだ。
「……引いてて分からなかったの?」
リリィに真顔で言われ、ハルは髪を掻きむしった。
「い、いやほら、言うじゃねぇか。『名手弓を選ばず』ってな!」
そしてハルは「夜は品の良しあしが見づらいんだよな」と愚痴りながら、そそくさと店の前を離れていった。




