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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第8話 王都の黄昏
85/228

3.新しい我が家 (1) ☆

 ザヅツの言に従い、リリィたちは三、四、五と数えて、六番目の筋で左に折れた。

 このあたりまで来ると、街の喧騒はずいぶん落ち着く。通りに並ぶのは、住居や職人の作業場。槌音を響かせるのは、金属製品の加工場か。パンや肉を焼く匂いも漂ってくる。


「それにしてもエレナさんだったけ?これまた美人そうな名前だな」

 名前で容姿を想像するハルの感覚にリリィは苦笑した。

「『フローリンシャンテ』も、ずいぶん美人な名前に聞こえるわよ」

 “フローリンシャンテ”は、言うまでもなくハルの苗字だ。彼女は口を尖らせた。

「ちぇっ、美少女のおめぇに言われても腹も立たねぇぜ」


 一本目の筋を過ぎ、二本目の通りに差し掛かる。ザヅツが言っていたのはこのあたりだ。道の向こう、右手に立つ三階建てのメゾネット風の建物の前で、肥えた婦人が道を掃いている。

「あの人に聞いてみましょう」

「そうだな」

 ハルは早足に歩み寄った。



挿絵(By みてみん)


「すまねえ!エレナって人がやってる下宿がこの辺にあるって聞いたんだけど、知らねぇか?」

 婦人が顔を上げる。膨らんだ鼻に頬。肉に埋まりそうな細い目。袖はたくましい上腕部に張り付きはち切れそうだ。エプロンはシミだらけで、頭の白いスカーフも薄茶色にくたびれている。腫れぼったいまぶたが覆い隠しそうな黒目が、不審そうに三人を順になぞる。


「あんたらかい?下宿を探してる娘三人組ってのは?」

 厚い唇が上下する。酒で荒らしたようなガラガラ声だ。

「えっ、知ってんのか!?」

 ハルの反応に、婦人は片眉を上げてにやりとした。リリィには分かった。スロープの入口で、ザヅツに声を掛けられ衛兵がひとり走っていった。きっと先回りしてこの婦人に知らせたのだろう。そして……


「あたいがエレナだよ」


 『美人そうな名前だな』……ハルはきっと、自分のその言葉を反芻しているだろう。ただ、浮かべる笑みにはどこか愛嬌があった。そしてその婦人――エレナは、リリィの右腕に気付くと哀れみを浮かべた。

「あら、お嬢ちゃん、生まれつきかい?それともケガかい?」

 「まあケガね」、リリィは答えた。

「部屋は空いてる?」

 エレナは中に入るよう促した。リリィを先頭に、三人があとに従った。

「この季節は出稼ぎも少ないからね。部屋は選び放題だよ。どこがいい?一階?二階?三階?一階はひと月五万ソリタ、二階は四万、三階は三万」

「上の方が安いんだな」

 ハルが言う。リリィが答える。

「上り下りがあるし、最上階は暑さ寒さも来るからね。でも私は三階がいいわ」

「まあ眺めがいいしね。あと、屋上で洗濯物干すなら三階が近いよ」

 エレナが継ぎ足す。きっと二階なら二階、一階なら一階なりの売り文句を用意しているのだろう。



 ※


 下宿の一階は薄暗く、生活排水の臭いが染み付いていた。

 入って右手にカウンターがあり、その前に古ぼけた丸テーブルが三つ。ちょっとした食事処のようだ。奥は明るくなっていて、裏庭が見える。炊事場も覗く。トイレもその先だろう。手前に見える左手の廊下は、一階の各部屋に続いている。反対の奥には二階へ上る階段が見える。エレナがカウンターの裏に回り、台帳を取り出した。


「ひと部屋でいいんだね。お代はひと月単位の前払い制。日割り計算はしない。そのかわりいつ出て行ってもらってもいいよ。払い戻しはしないからね」

「わかったわ」

「ここに名前を書いとくれ」

 エレナがむくれた指で紙面を指した。リリィが振り返った。

「私が左手で書くより、シールに書いてもらった方がいいわね」

「うん!まかせて()()()()()()!」

 シールは、『リリィの妹』と言う自分の設定を気に入っているようだった。彼女はカウンターの前で背伸びし、台帳と羽根ペン、インクを受け取った。そして丸テーブルの椅子に腰掛け、滑らかにペン先を走らせた。


 リルズエスバーハ=フォン=グレーフェンシュタット

 エルシール=フォン=グレーフェンシュタット

 ハルバーティカ=フローリンシャンテ


 さらさらと流れるようなシールの字は、子供とは思えぬ美しさだった。整った筆記書体は書物の中のそれのようで、ハルは目を見張った。

 そして『リリィの妹』と言うシールの設定は、彼女の正体を隠すのにも好都合だった。彼女の本当の姓『コーリンベル』は、マクベス公国の将軍の名でもある。王国にその名を知る者がいるかもしれない。


 エレナにも字を褒められ、シールは得意げだった。エレナは三人の名前の後ろに、『()の月、三階、五』と書き足した。リリィは腰の巾着から一万ソリタ金貨三枚を取り出して渡した。

「金は持ってんだね」

 今から部屋を借りようとしているのだから当然だとは言え、エレナは少々驚いた様子だった。彼女は下宿の説明を続けた。

「炊事は裏庭の炊事場を使っておくれ。あたいの手料理が食べたけりゃ前日までに言いな。お代は都度清算。住民同士の揉め事にはかかわらないからね」

「了解したわ」

 リリィが返答すると、エレナは太い右腕で奥の階段を示した。



 ※


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