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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第8話 王都の黄昏
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2.王都のイケメン ☆

「王都へいらっしゃい!女の子の三人組とは珍しいね。ご用は何だい?」


 立派な駅の中で、雨露をしのぐだけの木小屋の案内所はみすぼらしく見えた。ただ、中の男は愛想よく、身構えていたリリィは拍子抜けした。暑いのか、上は肌着一枚の適当な身なり。役人ではなく、雇われ者のようだ。

「下宿を斡旋してほしいんだけど」

「下宿ね」

 リリィの依頼を男は復唱する。

「この季節は出稼ぎも少ないし、どこでも空いてるよ。そうだね……」

 声と共に、男の姿が一度消えた。再び現れた時、薄い台帳を手にしていた。そのページを繰っていた時だった。


「下宿なら――」

「!……」


 背後から不意に浴びせられた声。リリィは息を呑んで振り返った。

「……スロープの入口から北に六筋、西に曲がって二筋行ったところにある、エレナって人を尋ねるといい」

 そこに立っていたのは……



挿絵(By みてみん)


「ん?どうしたんだい?」

「……………」


 長身の若い男だった。

 細い顎のライン。引き締まった眉。知性的な顔立ちを、鼻に乗せた眼鏡が際立たせている。

 そして癖のある銀髪。シールの髪は白に近いが、男の銀髪は青みがかっている。目は切れ長で、穏やかな笑みをたたえている。服装は明らかに平民ではない。王国の官吏によく見られる、足首まである白と青の布服を着用している。襟元や前合わせには、リリィもしたような細かな刺繍が施されている。


「おっ、ザヅツさん、いま登城かい?遅いね」

「ゆうべ飲み過ぎてね」

 ザヅツと呼ばれた男は銀髪をボリボリと掻いた。その仕草に、刃物のような印象は一変した。「お役人は気楽でいいねぇ」と返した案内の男は、もはや台帳の存在を忘れたかのようだった。

「あ、下宿ならザヅツさんの言ったとおり、エレナって人がやってるところがいいよ。女の子なら、大家が女性だと何かと気が楽だろうしね」

「王都は初めてかい?スロープの入口までご案内するよ」

 すっと手のひらを上に向けて促す男の仕草は精錬されていた。リリィは従うことにした。



 ※


 男は、名をザヅツ=デヴォーウトと言った。

 案内所の男が『お役人』と呼んだとおり、王城内で官吏をしていて、今は登城の途中らしい。彼は「遅刻だけどね」とまた頭を掻いた。照れ隠しのときの癖だろうとリリィは思った。彼女はザヅツに、自分とふたりの供を紹介した。

「私はリリィ。まじない師としての見聞を広めるため、東国から来たわ。こちらは妹のシールと、幼馴染のハル」

 シールは膝を折って会釈した。そのあたりの仕草は、さすが軍人の娘だ。口から出まかせのリリィの紹介にも、動揺すら見せず演技する。一方ハルは無言で、前方を直視したまま歩き続けていた。まるで脚だけが動く木偶人形だ。彼女の顔は、どういう表情を作ったらいいかわからなくなったようにちぐはぐだった。ザヅツは苦笑いした。

「東国とは、マクベス公国のことだよね。女の子たち三人だけの長旅は大変だったでしょう」

 彼はマクベスの治める国の名を、『公国』という統一後の正式名称で呼んだ。役人だけあって用語には厳格だ。そして彼が見せる労いの表情は自然だった。悪人ではないのだろうとリリィは判断した。



 ほどなく外周坂路(スロープ)が見えた。円城壁を巻く腰布のようなそれは本当に狭く、小型の馬車がギリギリすれ違えるほどの幅しかなった。入口には木製の柵が立ち、槍を手にした数名の重装兵が並んで(まも)っていた。脇の大きな石組みの小屋には、入城の手続きをする役人が控えているのだろう。


 リリィは周囲を観察した。

 エンベロペの外周路は王都の目抜き通りだが、その中でも、スロープの入り口のこの付近は、王国の支配中枢に最も近い場所だ。だから商店など、一般市民向けの施設はむしろ少ない。出店などもない。周辺の建物は、掲げた看板から、円城内にある役所の支所や、ギルドと呼ばれる、同じ職業の者同士が集まった互助集団の詰め所のようだった。朝の賑わいから時間も過ぎ、やや人波がはけた感があった。


「私はこちらなので。ここで失礼するよ。下宿の場所はわかるね」

「ありがとう」

 リリィが目くばせして謝意を表した。ザヅツが右手を上げると、衛兵たちが敬礼した。右腕を真横に伸ばし、それから肘を直角に上げる。左腕は拳を握って胸に当てる。王国式の敬礼だ。すぐに解くと、柵を開けた。ザヅツが何か手続きをする様子はない。案内所では『お役人』と呼ばれていたし、顔パスで入城できることから、それなりの地位なんだろうとリリィは推察した。彼が警備兵のひとりに声をかけると、その若い兵は西の方へ走っていった。ザヅツ自身は、坂を歩いて登っていった。官衣の背中をリリィは見送った。


「さあ、行きましょうか」

 彼女が言うと、シールは「うん!」と返事をしたが、ハルは無言だった。かと言って、唇を固く結んでいるわけでもない。どちらかと言うと、緩んでいる。一筋ほど歩いて、やっとハルが「ぷはぁ!」と息を吐き出した。水にでも潜っていたかのようにはあはあと肩で息をしている。

「……ハル、おかおまっかだよ」

 シールが覗き込む。ハルは両手を広げて力説した。


「いやいやいやいや、だってイケメン過ぎるだろ!王国ってところはオトコのレベルも高いんかよ!」


 「そう?」とそっけないリリィの態度に、ハルは矛先を幼い仲間に向けた。

「シール!おめぇはそう思うだろ!?」

 ハルの剣幕に、シールは首を縦に振るしかなかった。

「う、うん、すごいイケメンさんだったね」

「ほら見ろ!おめぇは男を見る目がねぇんだよ!」

 指さしてなじるハルに、リリィは「そうかもしれないわね」と自嘲した。



 スロープの入口から一本目の筋を過ぎると、周囲の雰囲気がやや変容した。折り目正しい街の態度が和らぐ。二本目の筋では、多くの人影が往来していた。覗くと出店が並び、飲食店や商店が軒を連ねていた。そこそこの規模の街ならどこにでもありそうな、庶民的な光景だ。朝と昼の中間と言う時間からか、混み合ってはないが、それでもそこかしこの店先で客が足を止めている。


「おっ、にぎやかな通りだな」

「私たちにはこういうところの方が似合ってるわね。夜に来てみましょう」

 リリィが言うと、ハルは「おう、そうだな!」と上機嫌だった。



 ※


「ところでさ、リリィ」

 二本目の筋を過ぎ、三本目に差し掛かるころ……ハルがリリィの名を呼んだ。彼女はさっきから、道行く人々の姿を不思議そうに目で追っていた。ハルの背の丸めた毛布にリリィが「何?」と問うと、彼女は疑問を返した。

「さっきのイケメンもしてたけど……鼻の頭に輪っかがふたつ付いたのを乗せている奴、なんなんだあれ?」

 リリィは答えた。

「あれは、『眼鏡』ね」

「メガネ?」

近目(ちかめ)の人が使うと、物が良く見えるらしいわ。去年あたりに王都で発明されたって聞いたことがある」

 近目とは、その名のとおり、遠方の物が見えにくくなる目の疾患だ。暗い場所で文字を読んだり、細かい手作業を長時間したりすると徐々に発症する。一度なると、治癒は難しい。ハルは「へぇ、そうなんだ」と納得の様子だ。

「あたいはアーチャーだからな。遠くが見えなけりゃ話になんねーぜ」

「私はよくランプの下で刺繡をやっていたから近目気味なのよね。買おうかしら」

 リリィが言うと、ハルは笑った。

「おめぇが鼻に輪っか乗っけてるのは想像できねぇな!」

 一方、シールにはヒットしたようだ。彼女は「リリィ、にあうと思うよ!」と喜んだ。


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