1.世界の中心へ ☆
■物語の舞台
王都に着いたリリィたちは、世界の中心たるその街で暮らし始めます。そしてこれからの物語で重要な役割を演じるさまざまな人たちと出逢います。
■登場人物
・リリィ
召喚士の少女。死霊を宿していた右腕と共に召喚能力を失うが、ロッドと剣の腕前は健在。失った『力』を取り戻すため、王都に上った。
・ハル
アーチャーの少女。三本の矢を同時に放つ曲芸撃ちの名手。しもべとして、リリィの旅の伴侶となる。
・シール
たおやかな銀髪をもつ風使いの幼い少女。マクベス国の将軍の娘。リリィ、ハルと行動を共にするようになる。
・ザヅツ=デヴォーウト
王都で働く役人。銀髪長身の美青年。
・エレナ
王都でリリィたちが身を寄せる下宿のおかみ。
・ナカ=サラン
王都で弓の名門道場を相続した若い師範。
・フローラ
ナカの妻。体が弱く、家に引きこもりがち。
・マーリック
武闘大会でリリィと闘う赤髪の戦士。
・ウインガルト十三世
大平原を治める現国王。
・ギュスタンダー
国王に仕える十七名の枢機卿のひとり。ザヅツの良き理解者。
・ケスラン
リリィに中隊長の座を譲ることになる前中隊長。
■その他
・円城壁
王都にて、王城を取り囲む真円形の巨大な城壁。直径1カロルーテ。
・外周坂路
エンベロペ上部に開口する城門に登る坂路。エンベロペの北東、四分の一ほどの外周に設けられている。
・1ルート(複数形『ルーテ』)
距離の単位。約1.8メートル
・1カロルーテ
距離の単位。1カロルーテ=1,000ルーテ≒1.8キロメートル
・1ソータ(複数形『ソリタ』)
通貨の単位。約0.5円。ただし食料や日用品は、我々の世界より概して安価。
王都の駅は、ヤクトの――いやこれまでに見たどの街のそれとも比べものにならなかった。絶え間なく響く車輪の軋み。御者の掛け声。馬のいななき。無数の靴音は音の洪水となり、群衆の交わす言葉がさらに重なる。さながら街全体が咆哮しているようだ。
この街には、ほかにはない多種多様な職業があった。上から下まで細分化された役人。さまざまな分野の学者。彼らは人がもつ知識を整理し体系化し、書物に書き留める。学校と言う、子供を集めて教育する施設もある。その教師たち。医師、薬師から、見上げるような高層建築物を設計する建築士。これら知識人たちが消費する食料や衣服など生活必需品の生産には、その原材料を生み出す者だけでなく、加工する者、運ぶ者、卸す者、売る者、その制度を管理する者が携わる。それらの多くはこの街に暮らすが、近郊に居を構え、毎日都とのあいだを往復する者たちもいる。
全面が石畳に覆われた広大な駅の周囲には、方面ごとに乗り場や待ち合いがある。湯気を上げる屋台も並ぶ。食欲を誘う匂いが胃袋に訴える。人々が買い求めるのは、いま食べる朝食か。あるいは携行する昼食か。売っているのは、さまざまな種類のパンや具の違うミンナ。フルテルという、刻んで味を付けた肉や野菜を穀類で作った皮で包んだもの。無論、日持ちのする干物や菓子類も多種多様にそろっている。
そして何と言っても、すぐ側にそびえるのが――
「クビがいたくなるぜ……」
「二十ルーテはあるでしょうね」
「すごい……」
三人が見上げるのは、円城壁・エンベロペ。水も漏らさぬ石組みは、緩やかな曲面を描いて左右に続いている。王城を取り囲んでいるのだ。
「直径は一カロルーテあるらしいわ」
「マジかよ!」
そしてエンベロペのもうひとつの特徴にハルが気付いた。
「これ、どっから入るんだ?」
そうなのだ。円城壁には、見える範囲に城門がない。見張りのための覗き穴すらはるか上部にあるだけだ。リリィが説明する。
「エンベロペに入り口は一か所だけ。真北の中腹に城門がある。そこに上るためには、城壁に沿って築かれた坂を登る必要がある。もう少し右手に行けば、その登り口があるわ」
「そりゃ、攻められんな」
ハルの言うとおり。この円城を攻め落とすのは不可能に近い。まず城門に押し寄せるには、リリィが言う登り坂、『外周坂路』を登らなければならない。そこは当然、防戦の最重要拠点だ。無軌道に攻め登れば、たちまち頭上から猛攻を浴びることになる。しかも坂は大軍が押し寄せられないよう、狭く造っている。
ならばそれ以外から侵入しようとすると、二十ルーテにもなる石垣が立ちはだかる。攻城の道具には梯子や可動櫓、城壁をよじ登るためのフック付きロープ等種々あるが、どれを使おうと、当然上からの攻撃を受ける。
そしてだからと言って、包囲して兵糧攻めするのも容易ではない。外周は三カロルーテを超える。十万の兵でも包囲網は薄くなる。城壁の中には数ヵ月の籠城に耐え得る食料や武器の備蓄があり、井戸の水は無尽蔵だ。
「シールの風でも無理かな」
ハルの言に、シールは「こんなたかいのムリだよう」と泣きを入れた。
「まあ、私たちが入る方法を心配することはないわ」
「どうして?」
「そもそも、円城内には限られた身分か、王国発行の許可証を持ってないと入れない」
「そりゃそうだよな」
その時ハルは何かひらめいたようだ。
「あっ、でもシールなら風を使わなくても入れるかもな!」
リリィが「そうね」と空笑いした。
「属国の王の関係者なら入れてくれるかもね。まあ、証明するものがないとだけど」
「……………」
シールの表情は複雑だ。母は国王の側女。その娘の自分も、王の関係者ではあるだろう。だがその王の統べる国ですら、大平原の支配者からすれば『属国』なのだ
「あそこに案内所があるわ。下宿を紹介してもらいましょう」
リリィがロッドを手にした左手で駅の一角を指した。
「ゲシュク?宿じゃないのか?」
「しばらくはこの街にとどまりそうだからね」
ハルは「ふーん」と鼻を鳴らし、「ちゃんと駅に案内所があるんだな」と続けた。リリィはため息をついた。
「……と言う話を馬車の中でしてたんだけど。聞いてなかった?」
リリィは馬車に乗り合わせた乗客と会話し、王都の情報を収集していた。案内所のことも聞いていたのだが、ハルの耳には入っていなかったようだ。彼女は頭を掻いた。
「……すまねぇ、多分寝てた」




