7.大平原を越えて ☆
翌朝。
リリィたち一行は、王都プルージャ行きの馬車に乗り込んだ。
駅にはエステッカの姿も、ランバートのそれもなかった。荷ははけ、そこは伽藍洞になっていた。朝の配送の時間は過ぎたのだろうとリリィは思った。
朝日を背に受けながら、馬車は街道を西進した。堆肥の臭いが強くなる。ヤクトの西側は開けた草原で、農地が点在していた。ゆうべ酔いつぶれていたフォズも、このあたりで農作業に励んでいるのだろう。
代り映えしない景色に、ハルは飽きて眠り込んでしまった。いびきをかくと、シールが鼻をつまむ。鬱陶しそうにハルは顔をしかめるが、目を覚ます様子はない。
そして半日ほど進むと、地平の先、北側を中心に山並みが姿を現した。街道も上りに転じる。日が沈むころに到着した、シズルという小さな宿場町で馬と御者を交替し、馬車は本格的に山道に差し掛かった。『スムの森』と呼ばれる山岳地帯だ。気付けば、乗客はリリィたちだけになっていた。
「けっこうのぼってるね」
車輪のリズムがのろくなる。日はとっぷりと暮れ、星明りのもと、街道の両側に森の木々が葬列のように並ぶ。
「大平原と言っても、北東の方はそれなりに起伏があるわ。これが王都に近づくと平らになるんだけどね」
夜が明けても、まだ馬車は山の中だった。小さな宿場に立ち寄り、さらに西に進む。二日目の午後になって、ようやく視界が開けた。
「ひえー、何も見えねぇぜ」
ハルが幌から顔を出した。見渡す限りの大平原。ただ、ヤクト周辺のような真っ平ではない。緑の海のように、大地は緩やかにうねっている。やがてちらほらと耕作地も現れ、村や小さな町を通過するようになった。
アジャンナと言うちょっとした町の先に、ランバートの言っていた税関があった。街道脇に鎮座する、農村の風景には不相応な頑強な石造りの建物。その前で、いかめしい木製の柵が道を遮る。王国軍も駐留している。
役人に御者が通行料を支払うと、柵が開いた。馬車は運行を再開する。街道は王国の主要道だけに、大きな川には立派な橋が架かっていた。そう言った橋は木製で、小さな川なら石橋が多い。小川程度なら、橋はいらない。馬は水面を蹴って踏み渡る。少し高い土手を登る時は、乗客は降りたり、押して手助けする。それを何度か繰り返して三日目が過ぎ、そして四日目の朝がやって来た。
「もうすぐだな」
ハルが背筋を伸ばした。朝露が薫る。沿道にも、人々の姿が目立つようになった。農作業に向かう者たち。手を上げて馬車を止め、乗り込んでくる者もいる。リリィはそう言った乗客と話した。都の情報を仕入れるためだ。
やがて前方に大きな川が立ちはだかった。川幅の狭いところを求め、街道が南に折れる。幌から覗くパノラマが円舞する。
「おーっ、何か見えるぜ!」
ハルが叫ぶ。「ほんとうだ!」、シールも幌から身を乗り出す。地平の先、蜃気楼の向こうに揺らめく、見たこともない規模の街並み。そしてその奥に、ついたてのように建つ灰色の威容。リリィが目を細める。
「あれが王城の城壁、『エンベロペ』ね」
「エンベロペ?」
「そう。王城は、高い円形の城壁に囲まれている。それは巨大で、中に街があるほど。その中心に王城がある。街はいま見えてるように、エンベロペの周りにも広がっている。それら全体で形作られるのが王都・プルージャよ」
「ついに来たか!」
地平のもやに浮かんでいた灰褐色の塊が、近づいた今では石組みの城壁だとはっきりとわかる。いったいどれほどの高さがあるのか。そしてその奥に、さらに高い何本かの尖塔。あれが王城だろう。シールも目を見張った。よく知るマクベスの居城、威厳に満ちたその建物ですら、大平原にそびえるあの城に較べればおもちゃのよう。それほどの威容なのだ。
川は、天然の堀となって街の東を流れていた。その最後の川を木橋で渡り、馬車は市街地に入った。
「す、すげぇ……」
ハルが幌から覗けた顔を忙しなく振る。石畳に覆われた街の装いは、これまで通過したどの街とも違っていた。そこは暮らし、生産し、商いをし、そして何よりも、この広大な大平原を統治するための街だ。そのために法と規則が行き届き、機能的に組み上がっている。雑然と、成り行きで形成された他の街とは違う。にぎわう朝の時間、あふれる人波も身なりには統一感があり、動きはまるで、からくり仕掛けのように規則的だ。
やがて馬車は、エンベロペを目前に望む、大きな円形の駅に滑り込んだ。大平原の王都・プルージャに到着したのだ。宿場町ヤクトを出発してから四日目、リリィたち三人にとっては、東国の首都・ザカヴァ近郊を出発してから、実に十四日間にわたる旅だった。
(第8話に続く)
ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。いよいよリリィたち三人の都での生活が始まります。
さまざまな出逢いや出来事が待ち構える第8話は、少しお休みをいただき、2024/9/28から連載開始の予定です。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。




