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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第3部 第7話 西へ
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6.酒場の出来事 (2)


 気さくなふたりの態度は、リリィにとってもありがたかった。エステッカおすすめの酒は美味で、それでいて飲みやすく、見知らぬ街での緊張をほぐしてくれた。饒舌なふたりは、王国の情報を仕入れるにも都合が良かった。

 商売人のランバートは、概して国に好意的だった。商取引自体は無課税で、武器防具と言った兵器や禁制品でもない限り制約もほぼなく、自由に商いができた。唯一、大平原には数カ所、街道沿いに税関所があり、そこで運搬する商品に応じた通行税を徴収される。通行税はエステッカのような運び屋が支払うが、元手はもちろん運送料に上積みされる。すなわち、ランバートのような輸送を手配する者が負担している。結構バカにならない額になるらしい。数年前、王国がクレアル地方とヤクトとのあいだに新しい税関所を設けようとした時は大反対運動が起こり、彼もそれに参加した。クレアル地方は大平原の中でも随一の豊かな土地であるため、王国は税収増を図ったのだが、結局撤回された。ずいぶん弱腰な王国だなとリリィは思った。武勇伝を語りだすランバートに、もうその話は聞き飽きたよと笑うエステッカ。ふたりには、今の生活に大きな不満はないように見えた。


 だが、ただひとり……途中で目を覚ましたフォズだけは違った。

 彼はヤクト近郊の小作農で、ランバートと子供のころからの知り合いだった。その彼は、収量の半分と言う重い年貢に不満をもっていた。収量に対する割合で決まる年貢は、凶作の年には助かるが、大平原でそのような凶作は珍しく、逆に豊作でも実入りの増加は少なくなる。加えて農民には耕作地を移動する自由がなく、職業を変えるのにも制約が多かった。収穫量が王国の収入に直結するため設けられた制度だが、農民たちは生活だけでなく、人生までも見えない枷に囚われていると言えた。最低限、食うのに困ることはないとはいえ、一生を畑の上に縛り付けられる生活にフォズは鬱憤を募らせていた。


「お嬢ちゃん、まじない師なんかい?」

 フォズが座った眼で空のグラスを振った。

「じゃあちょうどいいや!王国がぶっ潰れるようにまじなってくれ!」

 ランバートが慌てて左右に目を配る。エステッカも驚いた様子だ。ランバートが身を乗り出す。

「おい、声がでかいぞ」

「大丈夫大丈夫、こんなチンケな店に王国の犬なんて来ねぇさ!」

 酔ってくだをまくフォズ。ランバートは困惑している。エステッカも申し訳なさそうに眉を下げる。

「悪いねリリィ。いつもはこんなんじゃないんだけどね。何か嫌なことでもあったんかね」

 だがリリィは不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、フォズの血の気をすぅと引かせた。


「……王国、ぶっ潰してあげようか?」

「えっ……」

「だから王国、ぶっ潰してあげようかって。あなた言ったじゃない。『王国がぶっ潰れるようにまじなってくれ』って。ぶっ潰してほしいんでしょ?」

 エステッカもランバートも、驚いてリリィを見遣る。しかしそれ以上に困惑しているのは、当のフォズだった。

「い、いやまあ、そうだけど……」


 ――リリィは不思議だった。

 自分は別に、訪れたばかりのこの国に何の不満もない。そもそも、不満を耐え忍ぶようなたちでもない。なのに何かが突き動かす。自分の中の何か。宿に置いてきた右腕に棲む者たちでもない。それは――


「……まじない師リリィ、創造(ヤウエー)は好きじゃないけど破壊(デゼラギー)は好きなの」

「ヒッ!……」


 フォズは目をつむった。親に拳を振り上げられた子供のように。そして腕を顔の前で縮こまらせる。その反応に、ふうとリリィは息を吐いた。フォズは恐る恐る腕の間から覗いた。その目が、狩られそうな野うさぎのそれに見えてリリィはくすりと嗤った。「冗談よ」、彼女は言うと立ち上がった。


「いろいろありがとう。お酒も美味しかったわ」

 そして腰の巾着に手を突っ込んだ。コインを取り出し、茫然と見上げるエステッカの前に置く。

「この人醒めちゃったみたいだから、もう一度酔わせてあげて」

 テーブルの木目の上で、揺れるランプの明かりを跳ね返すのは十万ソリタ金貨。彼女は壁に歩み寄り、ロッドを取った。

「マスター、ごちそうさま」

「……………」


 茫然と見送るテーブルの三人。その視線を背に、リリィは悠然と夜の街に溶けていった。


ヤウエー(創造)、デゼラギー(破壊)は古グル語です。「2.契約 (2)」で、契約の文言の中に出てきています。

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