6.酒場の出来事 (1) ☆
町は小さくとも、交通の要衝だけあって宿泊場所の確保に苦労はなかった。宿の食事処でハルご所望の野うさぎ料理を堪能したあと、リリィはふたりを部屋に残し、繁華街に足を運んだ。やって来たばかりの王国、その情勢は文献と伝聞でしか知らない。これから、いつまでかわからぬ時を過ごす国の、活きのいい情報を仕入れておきたかった。
自由な雰囲気のポートランダと異なり、この町にはそれなりに王国の目も届いているようだった。人通りの多い場所では、軽武装の衛兵たちが歩哨に立っていた。また二人組、三人組で巡回している兵士もいた。リリィは大通りを避け、路地を歩いた。ただ、路地と言っても賭場や売春宿が並んでいるわけではなかった。大通りに面した施設は旅人向け、裏通りは地元民向けと住み分けされているように見えた。
街のはずれの通りで、リリィは一軒の酒場を見つけた。薄く扉を引くと、黄色がかった人工的な光と共に、酒と油料理の臭いが噴き出す。
「いらっしゃい!……ん?……」
扉の前に立つ少女を認め、店主の愛想笑いが引いた。右腕と剣は宿に置いてきたが、ロッドを手にした隻腕の少女は、常連客ばかり相手にしている店主には異様に見えただろう。
リリィは店内を見回す。外から見た印象よりずいぶん広い。酔客が数十人はいるだろうか。並んだ丸テーブルが全て埋まるほどの活況だ。
客層は予想どおり。一見さん風の者は見当たらない。一方で、このような店では大抵奥の隅で固まっている、ならず者風の集団もいない。この地域の治安の良さが見て取れる。
「あいにく一杯でねぇ。相席してくれる人がいれば」
店主は、どちらかと言うとその異形の少女を歓迎していないようだった。こんな健全な店じゃ、自分が一番不審だとリリィは内心嗤った。
その時、よく通る女の声が喧噪に混ざって届いた。
「嬢ちゃん、ひとりならこっちに来な!」
聞き覚えのある声だ。手を上げるのは、男連中と頭の高さが負けていない女性。リリィはそれが、夕刻駅で荷下ろしをしていた若い女だとすぐに分かった。
同じテーブルには男性がふたり。ひとりは駅で彼女に声を掛けていた中年の男だ。彼女の右に座っている。反対側には別の男性。テーブルに突っ伏している。そのため彼女の向かいの席が空いている。そこに座れと言うことだろう。
「いいかしら?」
リリィが店主に皮肉っぽい笑みを見せた。客が呼ぶなら断るわけにもいかない。彼の同意も待たず、リリィは女性のテーブルへと向かった。女はその時リリィの腕に気付いたようだった。
「片腕かい?不便だね。あ、杖は壁に掛けときな」
「お気遣いなく」と返してリリィは言った。
「あなたのような力仕事はできないけどね」
「えっ、知ってんのかい?」
「夕方、駅で見かけたわ」
彼女が答えると、女はハハハと目を糸にした。美人ではないが、人好きのする顔だ。
「それなら話が早いや。私はエステッカ。運び屋をやってる。こっちはランバート。この町で世話になってる仲買いさ。で、この出来上がってるのがフォズ」
フォズと呼ばれた男は、テーブルの木目にモジャモジャ頭を載せたまま反応しない。『出来上がってる』は通り越し、酔いつぶれているようにしか見えない。
「私はリリィ。東国からの旅人……と思ってもらって構わないわ」
「東国!?山越えで?っつーか飲み物だよな。ここのおすすめはクレアル産の葡萄で造ったワインだよ。任せてもらえるか?」
リリィは笑みで同意を示した。
「マスター!カラン種の十二年、この子に出してやってくれ!」
マスターの返事が聞こえない。了解したのだろうが、リリィは彼を背にしていたため分からなかった。
「賑わってるわね」
リリィが店内を見回した。
「ここは王国のお役人も使わない気楽な店だからね。あ、食べ物もつまみなよ!」
テーブルの上には食べかけの肉料理や野菜料理、つまみの豆やら菓子やらの皿が所狭しと並ぶ。もっとも所狭いのは、突っ伏したフォズがテーブルの半分を占拠しているからでもあるが。「食事は済ませたからいいわ」とリリィは断った。
彼女――エステッカについては、おおよそ想像どおりだった。
彼女の住まいはクレアル地方の街道沿いの村で、周辺に拠点を置く運送業者の元で運び屋をやっているらしかった。行先は選ばないが、春先から今のような季節は冬に採れる春野菜、夏の始めには小麦。秋にかけては夏野菜や穀物、果物、芋類の出荷で主にこのヤクトとのあいだを往復していた。帰りには、逆にクレアル地方に卸す商品を持ち帰る。その仕入れでランバートには世話になっているようだ。
そして冬は行先不定の単発の仕事を受ける。王都にも時々出向くらしい。「金があれば王都は楽しめるよ」と彼女は言ったが、地方と違って何と言っても国王のおひざ元。堅苦しい雰囲気は好きじゃないようだ。そしてそれより南には行かないようにしているとのこと。治安が悪く、女ひとりではちょっとねと肩をすぼめた。
仕事は重労働だけに実入りは良く、さっき頼んだ酒もそこそこ高いがおごりでいいという。ただ繁忙期と閑散期の差が激しいのは悩みらしい。特に夏の終わりの忙しい時期は、暑さもあってかなり堪えるとのこと。そして今はちょうど春先の繁忙期が終わり、秋まき小麦の出荷が始まるまでの端境期。彼女も懐が温まりつつ、身体を休めることができる頃合いなのだろう。
そして彼女の左で、相槌を打ちながら飲み食いするランバートは四十過ぎの独身。肥満気味の体形に、もみあげから顎まで伸ばした髭は、そこそこの暮らしをしている典型的な中年の風貌だ。ヤクト生まれのヤクト育ち。この町で仲買いをやっている。エステッカのような運び屋から荷を受け取って商店に卸したり、さらに他の街へ転送する手配をする。また彼女らが持ち帰る価値のある品を仕入れ、駅に準備する。彼のような仲買いから見れば、運び屋は流通を担う屋台骨。そしてエステッカのような運び屋にとっての仲買いは、運ぶ荷を生み出すなくてはならない存在だ。持ちつ持たれつの関係が、互いへのリスペクトにつながっているとリリィは感じた。
そのランバートは、リリィを見て「まじない師かい?」と聞いた。ローブこそ羽織ってなかったが、ロッドを手にした姿は彼にはまじない師に見えたのだろう。昨今、庶民にとって魔導はおとぎ話の世界のもの。また彼女のように身体が不自由で、通常の労働ができない者がまじない師をすることも多かった。だから彼がそう思うのも無理なかった。そしてそう思われることは、リリィにとっても都合が良かった。彼女は「ええ」と答えつつ、これからこの国ではまじない師で通そうと思った。
「まじない師リリィ」は、わりと適当な理由で誕生しますw




