5.駅の風景 ☆
幌の中は、左右に四人ずつ掛けられるようになっていて、すでに乗客が出発を待っていた。商人や農夫風の男性。女性もいた。床に子供がふたり座り込んでいる。その女性の子供だろう。
リリィたち三人は、幌の中ではなく、後部に外向きに取り付けられた腰掛けに座った。進行方向には背を向けていて、目の前には馬車に連結した荷車があった。乗客たちの荷物や積み荷、移動中の食料や飲み水で、荷車は満杯だ。リリィは邪魔になるロッドをそこに入れた。そしてハルが担いでいた毛布を広げて座席に敷いた。これで硬い板張りの腰掛けも、多少はましな乗り心地になるだろう。中年の御者が乗り込んで手綱を振るい、馬車は前進を開始した。
街道は、草原を真っ直ぐ北に伸びていた。左手にはマーロン山脈の山並み。右側は中央大平原だ。見渡す限りの草っ原の中に、ぽつぽつと森が点在する。いくつかの村を過ぎ、宿場町では馬と御者を交代した。夜も休まず走り続け、翌日、果てのない西の地平にむくれた夕陽が姿を隠すころ、ようやく乗り換えの町・ヤクトに到着した。
街道は、ここで北と西に分岐する。北に進むとクレアル地方、そして西に別れた街道の果てには、目指す王都・プルージャが待つ。その距離、百五十カロルーテ。先はまだ長い。リリィはこの町で一泊することにした。
町は、人々の営みを凝縮したように活気に満ちていた。リリィたちが降り立った駅では、幾台もの馬車や荷車が積み荷を揚げ降ろししていた。ハルとシールは、興味深そうにその様子に目を遣った。
「見て、あの女のひと、すごい力もちさん!」
シールが声を上げた。深緑の袖が指す方向に目を向けたリリィの表情がわずかに変化した。
そこでは、ひとりの若い女が馬車から荷を降ろしていた。二十歳前後だろうか。薄汚れたズボンに布服。頭に柄物のスカーフを巻いたその女性は、すらっとした長身。まくった袖から覗く腕も多少はたくましいが、筋骨隆々というわけでもない。それでいて、一抱え以上もある大きな麻袋を軽々と持ち上げ、横に停めた荷車に移す。
「おっ、精が出るねシャオリィ……いや、今はエステッカだったかな」
別の荷車で作業をしていた中年の男が彼女を認め、声を掛けた。
「ああ……」
女は止めた手を胸に当てる。はにかんでうつむく襟首に、ネックレスのチェーンが見える。新婚なのか。いや、スカーフの端を三角に折って耳の上で尖らせる巻き方は、未婚で、かつ求婚もされていない女性のそれだ。
(何かの信仰の証かしら……)
そんな印象をリリィは持った。
「春野菜もッ、そろそろ終わりッ、かねッ」
男も荷の積み替えの最中だ。
「ああ、うちのお得意さんの範囲ではこれが最後だね。ヒマだったら荷を探すけど」
どうやら運送業をやっているらしい。この季節にまだ春野菜を出荷しているということは、出発地はかなり北方。クレアル地方の北部だろうとリリィは想像した。
「こんな時間だし、帰りは明日だろ?このあと飲みにいかないかい?」
男が言うと、女はウインクして親指を立てた。
「いいね!帰りの荷も募りたいしね」
「決まりだな。いつもの店で」
「了解!」
「……リリィ、これからどうするの?」
シールの声に、リリィは珍しく慌てた様子を見せた。
「そ、そうね。宿を探しましょう。おいしいものも食べたいわ」
ハルの目が輝いた。
「せっかくだから、ここら辺の名物料理食おうぜ!」
「野うさぎ料理が有名みたいね」
「今度は肉か!いいな!」
重たそうだった背中の毛布と矢籠が、羽に変わったかのように持ち上がる。一方シールは、「えっ、うさぎさん食べちゃうの?」と顔を曇らせた。




