4.トゲトゲ魚 (1) ☆
翌朝、朝食を終え宿を出た三人は駅に向かった。
陸の上で一晩寝て、ハルはずいぶん復活したようだった。船上での四日間を取り戻すかのように朝飯をバカ食いし、ご満悦だ。ゆうべはくたびれていたシールの表情にも笑顔が戻った。
港町は朝から賑わっていた。
磯の香り漂う石畳の目抜き通りは、街の住民だけでなく、商人や、近郊からやって来た買い物客でごった返していた。両側には市が並び、売り買いの声が飛び交う。海の際だけあって、商いの品は魚介類が大半を占める。獲れたての生の魚のほか、保存のきく干物のような加工品も多い。
「うわっ、何だこの真っ赤な魚は!げげ、こっちのはトゲトゲじゃんか!」
お上りさん丸出しのハルの反応に、売り子が失笑した。日焼けした、恰幅のいい婦人だ。
「片腕の魔法使いにアーチャーにかわい子ちゃんの三人組かい?東から来たのかい?」
婦人はにこやかに三人を見並べる。リリィを『魔法使い』と言ったのはおべんちゃらだろう。今の世の中、ロッドを手にしているからと言って、その者を本気で魔法使いだと思う者はまずいない。
(まほうつかいはシールなのにね!)
『かわい子ちゃん』と呼ばれた三人組のマスコットが、誇らしげにリリィに目くばせした。リリィは微笑むと、「しーっ」と立てた人差し指を唇に当てた。
「ザカヴァから来たぜ」
ハルが答えると、婦人は「へぇ!そりゃ陸の中の方だねぇ!」と言ってエプロンで手を拭いた。近くの漁村から、朝獲れた魚を持って来ているらしい。その奇抜な色形の商品は、湖や川の魚しか見たことがないハルを驚かせた。シールも、棚に並ぶグロテスクな様相の生き物を、口に手を当て覗き込んだ。
「お、おいしいのかな……」
「いやそれ以前に食えんのか?こんなん魔物じゃんかよ!」
リリィ自身、文献では知っていたものの、実物を見るのは初めてだ。ハルの大声に、周囲の客たちが失笑した。売り子の婦人も、わっはっはと豪快に口を開けた。
「お嬢ちゃん、食ってみな!頬っぺたが落っこちるほど美味いから」
「いやいやいや、食えってそもそもこいつらどーやって料理すんだよ?」
「どうやっても何も、煮るなり焼くなり、でも一番おいしい食べ方は生だね」
「げえっ!生?海の魚は生で食えんのか?腹壊さねぇか?」
「大丈夫大丈夫。新鮮な海の魚は生で、ちょっと塩を付けて食べるのが一番美味いんだよ」
ハルの素直な反応が婦人のお節介心に火を着けたらしい。彼女はトゲトゲ魚のうち、売れ残りそうな小さなものの頭をナイフで切り落とした。さらに棘とひれを取り、腹を裂いてわたを抜くと、瓶詰の塩を振りかけてハルに渡した。
「皮むいて食べてみな」
「お、おう……」
怯みながらも、この程度でビビっていては名折れと思ったのか。シールが止めるのも間に合わず、ハルは皮ごと口に放り込んだ。そして神妙な顔つきで、四回、五回と咀嚼した。その顔を、制止し損ねたシールが心配そうに見つめた。ゴクッと音がして、ハルの喉がヘビの腹のようにうねった。
「う……」
「う?」
「うめぇぇぇぇーーーーーーっ!!」
まぶたをつむってハルが絶叫する。
「おいしいの?」
「ムチャクソうめぇって!こんなん食ったことねぇよ!いま腹パンパンなんだけどな!それでもうめぇんだよ!」
リリィも興味がわいたようだ。「私たちの分も切って頂戴」と銀貨を差し出した。
「俺が金を払うから、こっちの魚も食ってみな」
「俺も食わしてやるよ!」
いつしか三人の周りには人だかりができ、婦人に金を払って買った魚を次々と三人に食べさせた。一口食べるたび、ハルは感嘆の声を上げ、皆を笑わせた。
「かーっ、こんなにうまいもんが食えるんなら、海も悪くねぇな!」
「旅の途中に食べられる干物を貰いましょう」
「おうおう!」
それからまた婦人と野次馬たちのおすすめ合戦が勃発し、ハルは麻袋いっぱいの食料を持たされることになった。
「とんだ見世物になっちゃったわね」
リリィはシールと顔を見合わせ苦笑した。
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