表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第3部 第7話 西へ
76/228

3.港町の夜 ☆

 日もとっぷりと暮れたころ、船は錨を上げ、カロ=ツトの桟橋を離れた。

 さんざんハルを打ちのめした航海だったが、それでもここまでは『凪の海』と呼ばれる穏やかな海域だった。

 船がマーロン山脈の沖合いに差し掛かると、海は仮面を脱ぎ捨て本性を表す。その夜がハルにとって、これまでの人生で最悪のものになったことは言うまでもないが、シールにも不安で眠れない時間が続いた。世界最大の大型船ですら、木っ端のごとく翻弄する横波。その舳先が波頭を砕くと、不規則な衝撃が船内を襲う。抑えが効かなくなった心臓のように打ち続ける帆のはためき。軋んで悲鳴を上げるロープ。動いた積み荷の衝突音。それらが混ざり、重なり合い、遠く近くから轟いてくる。まるで船中を魔物の群れが暴れているかのようだ。

 だがこれでも、この海域を往来する船乗りたちにとっては日常そのもの。舳先が北を向き、右舷の水平線が白み始めと、海面は次第に凪いでゆく。半島のように突き出したマーロン山脈を回り切り、そして昼前、ついに船は大平原東端の港町・ポートランダに入港した。



 ※


挿絵(By みてみん)


「も、もう、乗らなくていいんだな……」

 港の地面にうつぶせたハル。両腕両脚を潰れたカエルのように広げ、嘔吐で荒れた喉からガラガラ声を絞り出す。

「あたいはフォルフォーセス様に誓うぜ……もう、どんなことがあっても船には乗らねぇ。死ぬか船に乗るかどっちか選べって言われたら、()()

 リリィは苦笑したが、ハルだけでなく、シールもさすがに疲れた様子だ。今のふたりに長旅は耐えられないだろう。

「今夜はこの街で泊まりましょう。王都への出発は明日にするわ」



 ※


 その夜、一行は夕食もそこそこに宿に引きこもった。ベッドに倒れ込んだハルとシールは、早々に寝息を立て始めた。

 夜の帳に覆われた港は、日中の喧騒が嘘のように静まり返っている。ただ、打ち寄せる波の音だけが途絶えることなく続く。



挿絵(By みてみん)


 窓辺の小さなテーブルに置いた麻袋にリリィはそっと触れた。生きた人の体であればぞっとするような生ぬるい弾力が、この上なくいとおしく感じる。


(西へ行くのだ。西の、大きな国)


 ついに自分はその地に立った。人の王が統べる、大平原。その片隅に足を掛けた。麻袋の中の右腕に導かれるまま訪れたこの国に、問いは、そして答えはあるのか。


(……………)

 仄暗い室内にリリィは目を戻した。ベッドの上で、一時の安息を享受するふたりの少女。その寝顔が、ささくれ立った野心を従順にする。飼い馴らされた家畜のように。こんな、穏やかで安らいだ時間以上の何を望むのか。そして思うのだ。それが問いの答えならば……拒む理由がどこにあろうか。

 リリィはもう一度麻袋に触れた。ざらざらとした布の感触からは、何の声も聞こえない。指に伝わる言葉もない。


(自分で探せ、そう言うことよね)


 彼女は自分の弱気を嗤った。

 腕の横に置いた長剣。窓辺に立て掛けたロッド。それで今まで、いったいどれだけの命を屠ったか。そう、自分は家畜なんかじゃない。かつて『悪の大魔導士』とまで呼ばれ、恐れられた存在。


(わかったわ。この大平原、這いずり回ってでも見つけてみせるわ!)


 答えを探す旅は、まだ始まったばかりだ。だから今は休もう。彼女は夜着に包んだ身を横たえた。意識はすぐに、闇の中に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ