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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第3部 第7話 西へ
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2.千の桟橋

 クラナックを出港した『王国の誇り号』は、諸候領南岸を順調に西進した。風も止まず、昼夜航行を丸二日続け、ツォイボヤン山脈の南端を越えた。そして三日目の昼、最初の寄港地である東部辺境の港町・カロ=ツトに到着した。



「何だよ、降りたのにまだ足元がグラグラすんぞ……」

 リリィとシールに両側から抱えられ、ハルはどうにか下船した。だがその声に精気はない。

「ここはまだ浮桟橋の上よ」

「早く、早く(おか)に連れてってくれ……うっ、また吐きそう……」



 ※


 船上から離れたかったハルの希望で、リリィたちは夜の出航まで一時下船することにした。

 彼女たちが上陸した港町・カロ=ツト。その名は『千の桟橋』を意味する。『千』は誇張だが、この街では海岸に沿い、数えきれないほどの浮桟橋が波間に漂っている。しかもそのほとんどが、船舶を接舷させるものではない。



「何だよここは?海の上で暮らしてんのか?」

 やっと地に足を着け、人心地ついたハルは眉をひそめた。それもそのはず。街は海の上に広がっていたのだ。「頭おかしいんじゃねぇかここの奴らは……」とハルは悪態をついたが、船酔いに完膚なきまでに叩きのめされた彼女にしては当然の感想だろう。海上に並べた、筏のような浮桟橋。うねる海面に敷き詰められたその上に、街が形作られている。住居や商店、飲食店、宿屋から、果ては教会や役所と思しき建物まで。およそ街に必要な施設は、海の上にひととおり揃っている。



 ※


 港の片隅の草むらで、ハルは仰向けに倒れた。布服を持ち上げる薄い胸の膨らみに降り注ぐ午後の陽光は、そんな彼女を嗤うようでもあり、いたわるようでもあった。

 サーン、サーンと波が繰り返し砂を洗う。港に漂う匂いは、海の上とはまた違う。打ち上げられた海藻や魚の死骸が発する少々不衛生な臭いも混ざる。


 リリィとシールは、ハルの横で座った。シールは膝を抱え、船を眺めていた。帆を降ろした『王国の誇り号』は、羽を畳んで休む海鳥のようだった。桟橋では、人夫たちが蟻のようにその巨大な鳥に群がり、働いていた。

 

 リリィは片腕だけで伸びをすると、立ち上がって海に背を向けた。東には、木々に遮られ見えないが、ツォイボヤン山脈があるはずだ。その手前に広がるマチャの森に別れを告げ、山を越えてから、まだひと月も経っていないことが彼女には信じがたかった。

 山脈を越えた東の地では、様々なことがあった。運命の巡り会わせか、そばにいるふたりの少女を道連れに加えることになった。孤独とは無縁となった今の自分を、ひと月前の自分に聞かせても信じないだろう。一方、マチャの森にひとり置いてきてしまった命の恩人・アレスはどうしているだろうか。まだ体は動くだろうか。

 反対の西側に目を向けると、すぐ近く、マーロン山脈の険しい山容が海まで張り出していた。先端は断崖絶壁。それが中央大平原まで何カロルーテも続く。だからそこに道はない。あの厳然と立ちはだかる山塊を越えるには、はるか北にある辺境の中心都市・ミルミレニアまで北上し、そこから険しい山道、通称『山越え街道』を行くしかない。

 そして……

 そのさらに北、ミルミレニアから街道を北上し続けると、宿場町ポーシャンと、召喚士の村がある。


(……………)

 リリィの脳裏に、ひとりの姿が浮かぶ。穏やかではあるが、どこか自信なさげな目をした少年。彼はまだ、あの村にいるだろうか。いるのなら、どう過ごしているのだろうか。


「リリィ」

 すぐ足元から呼び声がする。秋の虫のような澄んだ声は、北方に馳せていたリリィの意識を海辺に引き戻した。

「今日はこれからどうするの?」

 シールが見上げている。その笑みに浮かぶのは、自分への信頼。それを感じると、心は凪ぎ、意思には活力が満ちる。

「夕方までは無理せず、ここで休んで、陸上地区で軽く食事をしたら船に戻りましょう」

 「もう、王都だか何だか知らねぇが歩いて行こうぜ……」と死にそうな声でつぶやくハルを、リリィは「あと一晩だから我慢しなさい」と励ます。

「あしたには王国なんだね!」

「まあ、『王国』かどうかって意味ならここももう王国だけどね。いよいよ、中央大平原ね」

「うん!」


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