6.目指すは王都
「わかってたんなら、言ってくれれば寄らなかったのに」
恨めし気に漏らすハル。鞍上のシールも銀髪を掻く。
「もう、はらはらしたよぉ」
「悪かったわね」
午前とは打って変わって人通りの絶えた街道は、南へ緩やかに下っている。
「しかし世間様はよくその剣のこと知ってたな。だって、リリィの姿を知ってる奴はいなかったんだろ?」
「別にグスタフは秘密裏に造ってたわけじゃなかったみたいね。弟子も、娘も知ってた」
「へえ、そんなもんなのか」
ニーナは見た瞬間、その剣を認識していた。
「知ってると思うけど、普通の剣は、鋼に微量の不純物や、ほかの鋼を混ぜて造る。ナローカー鋼もその混ぜ物のひとつ。でもこの剣はナローカー鋼だけで造った。重くなるから刀鍛冶なら誰しもナローカー鋼の量は増やしたいと考えるけど、そうすると硬く、脆くなって鍛えられない。それを克服する方法をグスタフは見付けていた。だから私の依頼に、誰も成功し得なかった、ナローカー鋼だけでの鍛造に挑んだんでしょうね。私の体に合った小ささも都合が良かったのかもしれない。材料だけでもとんでもない金額になるからね」
ハルがリリィの腰の物に目を遣った。先刻、軽い気持ちで「見せてくれよ」と言ったものが、それほどの物とは思わなかった。
「……鍛造は成功し、弟子だけでなく、同業者も大勢見に来たらしいわよ。そのうちのひとりが、この世に唯一無二の剣だからと名前を付けるように勧めた。グスタフは断ったけど、そのしたたり落ちる水のような造形から、誰からともなく一条の水、正確に言うと『水の一条』と呼ばれるようになったらしいわ」
リリィは事もなげに説明する。だがそれを聞くハルの脚は重くなった。
この剣は、いったいどれだけの血と憎しみを吸っているのか―――
自分が生まれ育った諸候領。その統一の美名のもと、数多の命がこの剣によって屠られた。それだけではない。創造主は殺され、代金のために略奪された者の中にはリリィの手にかかった者もいただろう。娘は父を奪われ、弟子は師を失い、仲間の鍛冶たちは尊敬すべき同僚を喪失した。
「……おめぇが剣を抜かない理由がわかったよ」
ハルがつぶやいた。シールも頷く。ふたりの気持ちを察したのか、リリィは言い繕った。
「別に、封印しているわけじゃないわ。片腕じゃ得物は二本使えないからね。ロッドで事足りてるし」
「……まあ、そうだよな」
日が傾きかけてきた。天空の支配者が、輝きを和らげながら西の稜線に近づいていた。
「シールは、お店によってよかったとおもうよ」
彼女は罪のない笑顔で言った。
「でないとお店のおんなのひと、ずっとリリィのことうらんでたとおもう」
「いや今でも恨んでるだろ」
「別に、私はどう思われてもかまわないわ」
「そういう奴だよな。リリィは」
そんな会話を聞きながら、シールの表情はどこか穏やかだった。ロッドを持ち上げ、リリィが伸びをした。
「さあ、東の国でのお話はこれで終わり。船で王都に行くわ」
「王都かー。どんなとこなんだろうな」
「リリィはいったことあるの?」
「ないわ。文献と、人づてで聞いてるだけ」
「そこで何すんだよ?」
ハルの問いに、リリィはふふっと笑った。
同じことを先日も聞かれた。尋ねたのはシールの母だった。その時自分は「答えを探す」と返した。でも探すべきは答えではなかった。それを今、告げるか。
「……わからないわ」
考えて、リリィはそう返した。ハルは笑った。
「出たとこ勝負!嫌いじゃないぜそう言うの。って言うかあたい向きだそれ!」
……探し求める問い。それが何か。わかった時、自分の人生と言う旅はどこへ向かうのか。そしてこのふたりの少女は何を思い、どう判断するだろうか。
(まさに出たとこ勝負……私もハルと同じね)
「あっ、いちばん星!」
リリィの想いを遮るシールの愛らしい声。リリィが西の稜線を見遣る。
「町の灯りも見えてきたぜ」
「今夜は野宿しなくて済みそうね」
「おう!旨いもんもたらふく食うぜ」
「ハルはくいしんぼうさんだね!」
笑い合うハルとシール。リリィも微笑む。
そんな中、シールを乗せたロバだけが、退屈そうに歯茎を晒してあくびをした。
第2部 完
(第3部に続く)
ここまでお読みいただき、大変ありがとうございます。
仲間を得、孤独だったリリィの心境も少し変化してきたように思えます。
この第6話にて第二部は終了です。次の第7話からは、『王都編』となる第三部です。そこで待つさまざまな出会いが、やがて三人を、世界の行く末を左右する出来事へと巻き込んでいきます。そしてリリィは、失った力を取り戻すことができるでしょうか?
少し準備時間をいただきますが、今週中に連載再開の予定です。




