5.伝えたくないもの (2) ☆
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崩れ落ちた商品に埋もれ、うつ伏せで床に転がるニーナ。長い髪は乱れ、泣きわめく顔は崩れている。
「いやぁ、いやぁ……」
それでも彼女の手は、死にかけの蛇のように床を這い得物を求める。ロリアンが彼女に覆いかぶさりなだめる。
シールは横向きにうずくまっていた。ハルが彼女に気付き、抱き起した。幼い顔を苦痛に歪めるが、目立った怪我はない。リリィは跳ね飛ばされ、壁に打ち付けながらもロッドは離さなかったようだ。杖のように突き、ゆらりと立ち上がった。頭を振り、顔にかかった髪を跳ねのける。その姿をロリアンが畏怖の目で見上げる。
「ニーナに聞いたことがある……君が……お義父さんを殺したのか……?」
※
仄暗い小屋の中、剣を研ぐ初老の男。
金擦れの音を、吹き荒れる冬の嵐が掻き消す。粗末な小屋はガタガタと鳴り、次の瞬間にも丸太の山に戻りそうだ。
丸まった背の後ろ、ふた月前と同じように土間に立つのは、幼い日のリリィ。右手にはロッド、そして―――
「集めてきたわよ。約束の五百万ソリタ」
いびつに膨らんだ麻袋。左手を開くと床に落ち、ガシャリと重い音を立てる。形は崩れ、幾枚もの金貨を噴き上げる。
「ずいぶんむごい略奪を繰り返したそうじゃないか。何人殺したのかのう。振るう前から血塗られておるわ」
振り向きもせず男はあざける。リリィが苦々しそうに片眉を吊り上げる。
「ごたくはいいわ。『商品』を渡して頂戴」
「そこにあるだろう」
小屋を見回す。壁に掛かる多数の剣。その中に、ひときわ新しい鞘に納められたひと振りがあった。まわりの長剣に較べれば短い。幅も細く心許ないそれが注文の品であることを、リリィは瞬時に悟った。
「……………」
彼女はそれを取った。重い。同じ長さの通常の剣の倍はある。彼女は右手で剣を抜いた。寸分の狂いもない細身の刀身。透き通る輝き。一点の曇りもない、完璧な作品だった。
「本当に全ナローカー造りでここまで。見事」
「ずいぶん骨が折れたぞ。儂の最高傑作だ」
(剣を造ってほしいの)
(どのような?)
(そうね……最高の。かつて世に在らざる、最高の剣よ)
「注文どおりね」
『彼の前に彼なく、彼の後に彼なし』……史上最高の刀鍛冶、グスタフ=カッシニの最高傑作とあらば、それは字義通り、史上最高の剣。
……………
※
「そいつは……」
抗う精神も尽きたか。力なく伏せて声を絞り出すニーナ。「まさか……」、リリィを見上げるロリアンが声を震わす。
「お義父さんを生かしておけば、それを超える剣を造るかもしれない。だから……」
「……殺した、世間ではそう言われているわね」
「ヒイッ、ヒイッ」
ニーナが喉奥を息で擦る。
「本当なのか!?リリィ!」
「まあ、生き永らえないのならそう思ってもらっておいてもかまわないけどね。ハル、こいつら殺していい?」
「いいわけないだろ!」
「……しょうがないわね」
戦闘態勢を解き、息を吐く。そしてニーナを見下ろす。
「……あなたのお父さんはね、死を望んだのよ」
「う、うそよ!でたらめよ!」
肘を突き、上体を起こしたニーナが激しくかぶりを振る。
「そう思うなら、彼はなぜあなたに一子相伝の秘法を伝えなかったの?」
「……………」
刀鍛冶の技術と知識は、一子相伝で伝えられる。多くの場合、鍛冶たちはできるだけ早くそれを伝えようとする。いつ命を失うかわからない世の中であるし、また子がそれを学ぶのにも時間がかかるからだ。
「それは……私が女だから……」
「過去……いいえ、過去に遡らずとも、今でも女の鍛冶はいくらでもいるわ。あなたは気に病んでいたんでしょう。自分にそれが伝えられないことを」
「!……」
ニーナの目が見開かれる。そんな彼女にリリィは無慈悲に告げる。
「……グスタフはね、途絶えさせたかったのよ。その秘法を」
「!!」
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