5.伝えたくないもの (1) ☆
「いらっしゃい!……おや、ずいぶん可愛らしいお客さんだね!」
武器屋の主人はまだ若い青年だった。あまりに若いので、リリィは最初手伝いの者かと思った。だが白の布服は清潔そうで、皮のベストもしっかりとした作りだった。整った身なりから、店主だと判断した。
「この子が扱えそうな短剣を探してるんだけど」
一瞬、リリィは右肩あたりに視線を感じたが、気付いた時には彼の目はロッドや腰の物に注がれていた。そのあたりは、さすが武器屋と言ったところか。
「あたいは弓とか勝手に見させてもらうぜ」
ハルはひとりで店の奥に進んでいった。アーチャーの求める物がそこにまとまっていたからだ。その向こう、石組みの壁は口を開けていて、日の当らない空間が覗いていた。外観から想像するに、修理や鍛造のための施設だろう。ただ鉄の焼ける臭いも、鋼を打つ音もしない。今は使われていないのか。
ダガーはカウンターに並んでいた。壁には様々な種類の剣。片手剣、両手剣から曲刀、サーベル。そのほか槍、棍棒、斧、はてはさすまたまで、多種多様な武器がところ狭しと掲げられていた。ただ商品は、どれも市場に流通しているありふれたものばかりだった。
「装剣……にしては重そうですね」
若い店主が言った。装剣とは、戦闘に用いることを主眼としない剣のことだ。用途はひとつには城や住居に調度品として飾るため、もうひとつは、剣士でない者が装飾品として身に着けるため。かつてこの世界に存在した魔導師たちの中には、装剣を所持する者も多かったという。もちろん多くの場合純粋な装飾品ではなく、ダガーを強化した護身用武器も兼ねていた。剣技と魔法の両方に長けていた者もいたに違いない。リリィの剣は長剣にしては刀身が短く、また細いため、そう思わせたのだろう。
ただ、「重そう」と言及しているのはよく見ているとリリィは思った。鞘は腰帯の下に巻いた皮のベルトに付けていたが、剣の重さを支えるため、いつもきつめに締めていた。
「見せていただけますか?」
店主は興味津々だ。「いいわよ」、リリィは答えた。
その時だった。店の奥から声がした。
「ロリアン、お客様?私も出るわ」
若い女の声だ。奥の暗がりから顔を覗かせたのは、見目好い女性。店主の妻か。すらっとした体形は、まだ子供をもうけていない印象を受ける。亜麻色の長い髪を後ろで括っている。エプロンは工房で作業するためのものではなく、家事用だ。彼女は客の三人組を認めると相好を崩した。
「あら、女の子のお客さん?珍しいわね!」
「見てよニーナ。この子の剣、珍しくないか?」
ロリアンに促され、ニーナと呼ばれた女性はリリィの腰に目を遣った。ところが、その瞬間―――
「えっ?……」
花のように咲いていた彼女の笑顔が消えた。そばでダガーを眺めていたシールも、離れていたハルも、店内に伝染するただならぬ空気に反応した。
刹那。
「キャアアアアアアアアアアア!!イヤアアアアアアアアアアアアア!!!」
響き渡る絶叫。華奢な体が後方に弾ける。
「どうしたんだい!ニーナ!?」
「そいつ!!」
毒でも食らったような蒼顔。震える指がリリィを指す。
「……お父さんを殺した奴よォ!!」
「えっ?」……ハルがリリィに目を向ける。彼女は険しい顔つきで、微動だにしない。
「何だって!?」
リリィを見遣るロリアンの目も、「信じられない」、そう語っていた。無理もない。板張りの床に立つのは、まだ子供なのだから。
「いやああああああああああ!!」
ニーナは狂乱した。髪を振り乱し、壁から、棚から、手に届く範囲の品物をリリィに投げつける。回転し、あるいは切っ先を真っ直ぐ向け飛んでくる凶刃を、リリィはロッドで防ぐ。
「いやああああ!いやあああ!いやああああああ!!」
投げられる物は投げ尽くし、残った最後の一振りをニーナが構えた。泣き崩れた顔を憤怒にゆがめ、手にするのは売り物の長剣。新品だけに、剣身の輝きは切れ味を感じさせる。だが彼女の細腕は、その重みを支えるだけで精一杯だ。息は荒れ、肩は激しく上下し、切っ先は宙をさまよう。その無様な型で、リリィの無双のロッド捌きと太刀打ちできるなど到底思えない。
「やめるんだニーナ!」
「こ、こ、こ、こ、殺してやるぅぅぅ!!」
切っ先を向けてニーナは突進する。
(まずい!)
ハルは思った。リリィのロッドが反応する。一閃すれば、次の瞬間女は死体になる!
「シール!」
「エンブリーズ!!」
ハルの叫びにシールが呼応した。店内に巻き起こる風圧。渾身の呪文は、先刻街道で見せた力と一味違う。加えて屋内と言う狭い空間で、風はたちまち暴風となった。人も、物も、あらゆるものが吹き飛ばされ、竜巻に襲われたかのようにぐちゃぐちゃに掻き回された。無論、唱えたシールも、ハルも、そしてリリィも。
……………
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