3.見せてくれよ ☆
斜面になった街道わきの草むらで、三人は昼食をとった。
一抱えほどの石に、リリィは腰を落とした。その右で、シールが水筒の水を喉に送り込む。食事を終えていたハルは、シールの反対側で草の中に寝そべった。薄黄色の小さな蝶が鼻に止まると、匂いでも嗅ぐようにふんふんと小鼻を膨らませた。
「どう?疲れは取れた?」
リリィの問いかけにシールは「う、うん」と返答したが、明らかに無理をしていた。リリィは草でくるんでいたラクティスを大きめに裂き、シールに渡した。
「食べなさい。元気が出るから」
「うん!」
『ラクティス』は、家畜の乳を発酵させて固めた一般的な携行食品だ。栄養価も高く、旅人の必需品だ。シールはリリィから受け取ったかけらをさらに裂き、上品に口に運んだ。その様子を眺めながら、午後はロバに座らせようとリリィは思った。
※
「前から気になってたんだけどよ」
ハルが不意に口を開く。「何?」とリリィが訊くと、彼女は身を起こして胡坐をかいた。視線はリリィの左の腰に注がれている。
「おめぇの腰の剣、飾りか?ちゃんと使えるのか?」
そう言えば―――
リリィは思った。ハルと出逢ってから、自分は一度も剣を抜いていない。彼女がそう思うのも無理はない。
「使えるわよ。まあ、あまり使う気はないけど」
「そりゃそうだよな」
「どうして?」
シールが尋ねる。ハルが説明する。
「だって、リリィは左腕しかないんだぜ。左の腰に提げてる剣は抜きにくいし、抜けても握り直さないと構えられない。使う気があるなら、右の腰に提げるってもんよ」
「ふ、ふ~ん……」
その説明はおおむね合っていた。ただ不正確な部分もあった。
「見せてくれよ」
「いいわよ」
リリィが立ち上がり、左手を柄に掛けた。窮屈そうに親指を下にして。ただその握り方が正しい。親指が上なら、ハルが言うように握り直さなければならない。それをしなくて済むよう、訓練した握り方なのだ。
そしてリリィは腕を真っ直ぐに上げた。これも左手で抜くためだ。そうして今、秘められていた業物は、その全身を蒼穹の元に晒した。
「おおお!」
ハルが感嘆の声を上げる。まっすぐな刀身。錆やキズどころか、くすみひとつない見事な輝き。反射する陽光はあまりに強く、あたかもそこにもうひとつの太陽が生まれたかのようだ。
「何かすげぇな……あたいはアーチャーだから剣のことはわかんねぇけど」
一般的な長剣と比べれば、それは短い。刃も薄い。普通の鋼であれば、何とも心もとない厚さだ。だが軍人の娘だったシールは、幼いころから幾振りもの剣を見てきた。それゆえにわかった。それは今まで見たどの剣とも違う。その輝き。硬質感。ただの鋼ではない。草蒸れの大気に千年晒しても、一片の錆も忍び寄ることはできないだろう。そして滴る一条の水のごとき造形は、幼いシールでなくとも、形容する言葉を見失うほどだ。
だがシールは知らなかった。もちろんハルも。
その剣こそが―――
(あれが……)
(そうだ。名匠グスタフ=カッシニ最後にして最高の傑作―――)
かつてマクベスに歯向かう諸候領の民を恐れさせた妖剣、『スティグナ=ディ=アクエリア』だったのだ。
……………




