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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第5話 清算
65/228

10.いってきます ☆

 リリィ、ハル、シール、そしてウラーヌ。初夏の陽気の中、街道を東進する四人の姿があった。シールはロバに乗っていた。そのロバを引くハルは、ザカヴァの街で衣装を新調して上機嫌だった。ブーツもベストも、胸当ても真新しい。


「いやー、金はうなるほどあるからな!うまいもんも食ったし。何万ソリタ使ったかわかんねーぜ!」


 ロバの後ろを、ウラーヌとリリィが従った。リリィも綿の布服(ワンピース)を買い直していた。黒い帯と細い腰垂れは、かつて着ていた西方の民族衣装を思わせた。半袖だったが、隻腕が目立たぬよう、袖は肘まであるものにした。その上に羽織ったケープは、おとついシールに借りたものだ。ウラーヌから譲ってもらった。薄緑を基調としたそれは白のワンピースに合い、リリィは気に入っていた。



 東の地の名残を惜しむかのように、ゆったりと歩を進める四人と一頭。傍らを歩く婦人の香水、その匂いを感じながら、リリィには引っ掛かっていたことを尋ねた。


「ウラーヌ」

「何でしょうか?」

「……あなたのご先祖は力を使えたのよね。ウラーヌのお母さんはどうだったの?」

 彼女は首を横に振った。

「私は母が力を使ったところを見たことがありません。そのような話も聞いたことがありません。ただ、祖母は使えたそうです。私が幼いころ亡くなったため、母に聞いただけですが」

「ウラーヌは、呪文を『フラーム』と教えられたのよね?」

 「そうです」、彼女は短く答えた。本当だろうか?……リリィからそんな疑心を感じ取ったのだろう。彼女は続けた。

「私も魔導師の子孫であることには誇りを持っておりました。当然、子供心に興味も湧きます。でも、そんな私を母は叱りました。もう魔法の時代ではないと悟っていたのでしょう。だから私に、違う呪文を伝えたのだと思います」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 鞍上のシールが放った、何気ない一言―――


 その一言に、場に見えぬ緊張が走った。


「やってみましょうか?」

 その反応をリリィは予想していなかった。いつしかロバの歩みは止まっていた。ハルも振り向いていた。無意識にリリィはウラーヌと距離を取った。


 スッ……


 ウラーヌが、その豊かな胸の前で五組の指先を合わせた。曲面を形作る手のひらが、見えぬ、何か神聖なものを包み込んでいた。腰も、脚も、何気ない立ち姿に見えるがそうではない。同じ魔導の者だからわかる。この(ひと)は……力を使える!


()()()()()()!」


 リリィは止めようとした。しかしそれより早くウラーヌは詠唱してしまった。


「……………」


 一瞬だったはずだ。それがリリィには、ずいぶんと長い時間に感じられた。

 総毛立った。汗が噴き出た気がして思わず首筋を撫でた。べとつく感じはなかった。


 暖かな風が吹き抜けた。それは初夏の、自然の風だった。


挿絵(By みてみん)


「ふふ、私には魔法の才能はないみたいですね」

 糸ほどに目を細め、ウラーヌは笑った。


 ……気のせいだったのか。滑稽なほど殴り打つ鼓動はまだ収まっていない。ただ、眼前の女性から感じた『気』は霧消していた。使えないそぶりをしているようにも見えない。鞍上の娘と微笑み合う姿は、どこにでもいるごく普通の女性だ。


 だが、これだけは間違いない。

 彼女は『本当の呪文』を知っていた。その上で、それを娘に伝えなかった。


 ――認識していたのだろう。魔法を使える不幸を。彼女の祖母が若くして命を落としたのも、それが原因だったのかもしれない。

 幸いなことに、ハルも、そして当のシールもそれに気付いていない。リリィは思った。これで良いのだ。これで。



 ※


 南北に連なるなだらかな丘。その(いただき)に残る石造りの建物は、かつての関所の跡。マクベスが野心を抱く前、ここは彼の領地とその外を隔てる境界だった。


「ここらあたりにするかしらね」

 リリィの目配せに、ハルは腋を支えてシールをロバから降ろした。


「この子をどうかよろしくお願いします」

「わかったわ」

 ロバが何度か首をゆする。手綱を持ったハルが撫でてなだめる。

「マクベスによろしく言っておいて」

「あいさつは、もう十分と思いますけどね」

 「ははは、二度と来んなって思ってるだろうよ」とハルが笑った。

「道中、どうかご無事で」

「いってきます、おかあさん」

 ウラーヌがうなずく。

「乗るか?」

 ハルが尋ねると、シールは首を振った。

「うううん。しばらく歩く」



 緑の丘に描かれた、街道の優しい曲線。それをなぞる三人の姿が、ゆるり、ゆるりと小さくなってゆく。

 ウラーヌは、その彼女らが目指す先を仰いだ。遠く、南へ続く峰が見えた。あの向こうに回り、海を目指すのだろう。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ウラーヌは思った。聞けば、見渡す限り水が溜まり、その水は辛いという。塩を溶かした、果てのない湖のようなものか。そんな、自分も見たことのないものを娘は見に行く。


(大きくなったわね、シール)


 視界の中で小さくなったシールが手を振る。ハルも立ち止まり、腕を上げている。リリィは振り向いただけだが、気持ちは十分に伝わった。ウラーヌは手を振り返した。

 

 ……もう、大丈夫だろう。

 ウラーヌは涙を流した。どれだけしずくをこぼそうとも、あの場所からなら見えない。だから泣いてよいのだ。いくらでも。こみ上げる嗚咽も届かない。そう、大丈夫。


 ウラーヌは丘を戻った。ここなら姿も見られない。彼女はしゃがんだ。そしてうずくまり……号泣した。日が傾き、涙が枯れ果てるまで。

 ……………



 ※


 マクベスとの過去を清算したリリィは、風使いの少女・シールを仲間に加え、新たな旅に出発した。

 目指す王都。その都が位置する中央大平原まで海路を選んだリリィは、諸候領東端の港町・クラナックを次なる目的地として歩を進めた。



         (第6話に続く)


ここまでお読みいただき、大変ありがとうございました。

この第5話で、パーティーのメンバーがそろいました。失った力を取り戻すリリィの冒険が、いよいよ本格化します。


次の第6話では、第5話に引き続き、プロローグの伏線を回収します。成長してからは第3話で一回だけしか抜いていない伝家の宝刀、リリィの腰の物(?)の秘密が明らかになります。少し準備期間をいただいて、連載再開は2024/9/1の予定です。


今後とも、なにとぞよろしくお願いいたします。

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