9.少女の願い
「あたし、リリィたちといっしょにいく!」
王城でのひと騒動ののち、三人は一度シールの家に引き揚げた。
翌日、ウラーヌも帰宅した。旅立ちを宣言するシールの発言は、リリィとハルが出立の準備を整えている最中に飛び出した。
「おいおい、遊びに行くんじゃねぇぞ。それにいつ帰ってこれるかもわかんねぇ」
「それでもいい!」
「……どうする、リリィ?」
リリィはウラーヌとシールを見る。
リリィは考えた―――ウラーヌも、可愛い盛りの娘を手放すのは寂しいだろう。だが事情は複雑だ。娘に大人の情事の一端を覗かれ、ばつが悪いのはあるに違いない。彼女は子の母であると同時に、女でもある。そしてあろうことか、夫であり、シールの父でもある男を謀略により死に追いやった相手を愛してしまった。そのことをシールが受け止めるにはまだ時間がかかる―――すなわちシールが心底ウラーヌを許す日が来るのはまだ先だろう、そう思った。
そしてシールはシールで、そんな母の姿を目の当たりにした出来事は、幼い心に傷を残したに違いない。表面的にはそう見えなくとも、自分たちに付いて行くという申し出は、母との暮らしに対する不安、自信のなさの表れともとれる。
「……いいんじゃない?」
リリィの思考は一瞬だったから、ハルには彼女が即答したように思えた。「まあ、おめぇがそう言うんなら」と、それ以上の反対はしなかった。ウラーヌは複雑な表情だった。寂しさ、不安、そしてわずかな安堵……様々な感情が綱引きをした結果だった。
その日のうちに、ウラーヌは留守中の家屋の管理を任せる者を雇った。そして明日の彼女の登城に合わせ、三人も出発することにした。
その晩は、ウラーヌにより豪華な食事がふるまわれた。彼女は料理好きで、しばしば女中の仕事を奪っていた。シールが料理できるのものその影響だった。メニューは保存食のほか、近隣の市で仕入れた新鮮な魚や肉を使ったもので、テーブルは色鮮やかな皿で敷き詰められた。
シールは、リリィとハルに出会ってからのことをウラーヌに話した。リリィにより風使いとしての能力を開花できたことは、幼い少女の自尊心を回復させ、また旅に出る自信にもつながったようだった。
リリィは、自らの生い立ちを掻い摘まんで話した。右腕に死霊を宿し、強大な能力を有していた彼女は、マクベスに見いだされ彼の傭兵となった。しかしひとりで一国を亡ぼすほどの能力は、次第に彼の恐れの対象となった。結局、三年余りで彼と袂を分かつこととなった。
マクベスの元を離れた彼女はツォイボヤン山脈を越え、辺境でさらに三年暮らした。そこでの暮らしに終止符を打ち、マクベスとの過去を清算すべく、諸候領に戻る途中で右腕を失った。親切な老人に命を救われ、半年間の療養ののち、この地に戻ってきた。そこでハルと出逢い、シールと合流し……あとのことは、ウラーヌも知ってのとおりだった。
「これから出発して……どうするのですか?」
ウラーヌは尋ねた。それは娘の今後でもある。リリィは答えた。
「街道を東へ。旧領境を越えたら南に。クラナックの港町から船に乗って、王都に向かうわ」
「王都、ですか……」
ウラーヌが語尾を伸ばした。
「……そこに何が待っているのですか?」
リリィは食事の手を止めた。
(西へ行くのだ)
(西の、大きな国。人の王が統べるその国に、お前の問いの答えがある)
「答え、を探すわ」
「長い旅になるのですね」
抽象的なリリィの返答に、ウラーヌは疑問を呈さなかった。そして『長い旅』、それは彼女にとって、我が子との別れの時間が長くなることを意味していた。その感情をリリィは汲み取った。
「安心して。いざとなれば、シールは護衛を雇って送り届けるわ。国から迎えを出してもらってもいいでしょう」
「あたしもお手がみかくよ!」
「えっ、おめぇ字書けんのか!?」
「うん!」
「ハル、あなたはシールに字を習ったら?」
「そ、そうだな。そうしたらあたいもおふくろに手紙書けるもんな!」
リリィは思った。ハルの前向きな性格に、自分は少しずつ変えられているのかもしれない。
(悪くない……わね)
彼女は思った。これからの旅……想い描いていたより良いものになるかもしれない、と。




