7.いざ王城へ ☆
再び高木に登っていたハルが降りてきた。彼女は声をひそめた。
(南の見張りが裏手に移動した。もうすぐ北の三人が代わりに南に入る。今だ)
ハルが弓を取る。そして作った矢に焚火の火を移す。首尾よく一本目が十分な炎を上げた。彼女はリリィと目くばせした。準備は完了だ。
三人は前進を開始した。身を屈め、吹き抜ける一陣の風のように。静粛に。そして速やかに。眼前に立ち塞がる城壁。外側に衛兵がいないことは確認済みだ。左手に持った麻袋をリリィがぐるぐると回す。そして速度が最大になったところで指を離す。曇天の夜空に弧を描く布袋。その軌跡を追ってハルが火矢を引く。
(いけっ!)
炎が放たれた。夜空を流れる麻袋とそれが中空で出会い、火球を作る。
(おっしゃあ!)
乾いた麻の袋はたちまち燃焼し、白い煙の塊となって塀の向こうに降り注いだ。
※
「何だ!?」
兵士たちは、矢が風を切る音には敏感だ。戦場でそれは、自らの命を即座に奪いかねない。弾かれたように音の方向を見上げる。視界に飛び込むひと筋の炎。それは流星のように城壁外から飛び込んでくる。
「攻撃か!?」
しかしその声は半信半疑だ。無理もない。石組みの城に火矢での攻撃は有効ではない。しかも矢は一本。城を攻めるなら、雨のように降り注ぐはずだ。
「一本だけか?」
その時、火矢がボンと燃え上がった。そして飛翔を止めた。炎は消え、あとに残ったのは白い煙の塊。それもすぐに拡散し、薄まりながら降りてくる。ありふれた焦げ臭さ。だがその煙を吸い込んだ兵士たちの動きは不自然に止まった。
「うっ……」
呻いた兵士がふらふらと倒れ込む。
「なんだ?……」
「眠い……」
兵士たちは次々と膝を折り、地に伏せた。
※
「静かになったな」
「……行くわよ」
リリィとハルが身を屈める。その肩をシールが両手で抱く。リリィが抑えた声で言う。
「意識を集中させて。魔法の練習をする時みたいに。そして唱えるの。『エンブリーズ』と」
「え、えんぶりーず?」
「ええ。『フラーム』じゃない。あなたが詠唱すべき言葉、それは―――」
シールが眉間に力を寄せる。
「エンブリーズ!」
「うわっ!」
ハルが声を上げる。足元がすくわれ、体重が消失する。風だ。突如巻き起こったつむじ風が三人を包み込む。
「静かに!」
「!……」
※
「……………」
気付いた時、三つの影は居城のバルコニーに立っていた。
「な、何が……」
「あたし、あたし……」
シールが両手を見つめる。動揺しているのが見て取れる。肩が上下し、呼吸が乱れる。心臓はネズミのような速さで脈打っているだろう。
いや、それはハルも同じだった。何が起こったのか。把握できない。めまいがし、足が地に着いていない感じがする。だが間違いなく言えることは、ついさっきまで自分たちは城壁の外にいた。そして今、王城のバルコニーに立っている。リリィに言われた呪文をシールが唱えた瞬間、体が浮き、宙を舞った。
「シールが……風を起こしたのか?」
「そう」
少女の肩に手を置き、リリィは優しく、それでいて力強い口調で告げた。
「あなたは魔法を使える。でも、ただの魔法使いじゃない。あなたは風の精を操る、四精使いなのよ」
「あたしが……」
シールはまだ半信半疑だ。「どうしてわかったんだ?」、ハルが訊くと、リリィは手をシールの首元に遣った。リリィの指が触れるのは、ネックレスの鎖。
「この首飾り……文様は四精使いのモチーフ。だからもしやと思った。そして中央の白い宝石……赤は火、黄色は土、青は水、そして白は風」
「シールは風使いってわけか……」
ハルがまじまじとシールを見下ろす。シールが両手でドレスの中の首飾りを抱く。母から貰った宝物。それにそんな意味があったなんて、夢にも思わなかった。そしてまだ若い母が、なぜ自身で身に付けず、幼い娘に託したのか。その想いは―――
「おかあさん……」
「さ、行くわよ。そのお母さんのところへ!」




